第13話 残されたもの
出かける予定がなければ、顔も洗わずに過ごすような毎日でした。
家事もろくにせず、家の中でもほとんど動かないというのに、いつも奇妙に体がだるく、寝て過ごすことが多くなっていました。
今日こそは部屋を片付けようと思うのに、床いっぱいにものが積まれ、散らかった有様を目にすると力の奪われるような感覚でした。
勤めていた頃は1日のうちの大半の時間が仕事に費やされるので、家のことをする時間はほとんどありませんでした。平日のわずかな時間と週末に、日々の家事を効率よく済ませていたものでした。
それなのに、退職し時間を持てるようになった途端この有様とは、皮肉な話でした。
そんなどうしようもない私にも、わずかながら人とのつながりがありました。
初心者の方向けに教えていた英語講師の仕事は、退職後も続けていました。
会社員だった頃、フルタイム勤務の合間をぬって、夜の時間帯や週末に何人かの生徒さんに教えていました。
レッスンの予定のある日は、私は少しだけまともになれました。
授業の準備をしながら、合間に家の片づけも少しはやる気になれました。
家にいると体が重いのですが、出かける準備をしているうちに、少し元気になれる気がしました。
あの人を失い、職を失い、多くの人間関係も失くしてしまった私はもう、すべて失ったような気持ちでいたものでしたが、そうではありませんでした。
こんな私にも、まだ少しだけ残されていたものがあるのは微かな希望でした。
かつて私は出かける前に、掃除機をかけたり、キッチンまわりを片付けたり、ある程度部屋が整っていないと落ち着かない性質でしたが、この頃の私は気力が乏しくそのようにできませんでした。
荒れた部屋にいると気持ちまで荒むものなのでしょう。私は早々と家をあとにして、仕事場所であるいつものカフェへ向かいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます