第10話 暴露

 どう言葉を返したものか考えあぐねているうちに、貴之は再び口を開きました。


「優理香が戻ったら、子供をつくろう。以前は時期がよく見えなかったけど、いまはふたりの子供が欲しい。子供がいたなら、あんな風に簡単に別れたりしなかったはずだから。俺は優理香と家庭を作りたいと思ってる。」


 何を言い出すのかと思えば、またしても突飛な彼の言い分にめまいのする思いでした。何をこの人は、飛躍して先走っているのだろうかと呆れました。


 かつては、私だって望んでいました。いずれは貴之との子供を持つのだろうと想像していたのに。普通の温かい家庭に、私だって憧れなかったわけではないのです。ですがそもそもセックスレスだったことや、当時の彼の私に対する無関心、傲慢さ、支配的な態度にひどく追い詰められていたのです。そのくせ今は、別れないために子供を作ろうなどと。


 貴之は正直な人なのかもしれません。ですがいつも自己中心で安易にものを考えすぎるきらいがありました。


・・・この人とは、絶対に戻らない。復縁なんてやはりあり得ない。私を求めているというよりも身勝手な理由ばかり並べられ、そのいびつさに気付きもしないこんな人と、決して。


 貴之が何か話すほど、むしろ彼に対して怒りがこみ上げてくるばかりでした。


「・・・淋しいからとか、料理する人が欲しいとか、そんな理由で呼び戻されるのもね・・・昨日はたまたま貴之と寝てしまったけど、そんな重い意味なんてなかったの。だから勘違いしないで欲しいんだけど。」


 私は呆れた響きを隠さずに告げました。


「・・・確かに、私はちょっと落ち込んでたかな。だから拒まなかったけど・・・ちょっと元気がなくなってただけ。貴之のところに戻りたいと思ったわけでもないし。せっかく自由になれたのに、また牢獄に戻るようなものだしね。貴之との結婚生活で良い思い出なんて、ないんだよね・・・」


 それなりにきつい言葉を投げつけていましたが、まだ止めることはできませんでした。


 私は無情な女だと思います。その頃の私はしかばねのごとく日々を過ごし、無意識のうちに誰かから生気を注いでもらうことを欲していました。一瞬であっても生きている感覚を味わいたく、かつての夫へ身を任せたのは私です。


 昨夜、確かに自分はこの人に抱かれたのに。彼の腕の中で喘ぎ、彼から力をかすめ取っておきながら、まさにこの時が仕返しの機会とばかりにとらえていたのです。


 もっと、この人に思い知らせるには、幻想を打ち砕くには効果的な材料が私にはありました。


「・・・それと、私ね、お金持ちの愛人になったの。だいぶ年上の人だったけど、時々会うだけでたくさんお金もくれて、欲しい物も、高価なものでも、なんでも買ってくれて。結婚してた頃よりすごく快適だった。とても優しくしてくれた。」


 あてつけのごとく、貴之にとって愉快ではないであろう事実を並べたてました。私はまだ止まりませんでした。


「家庭や家事に縛り付けられることもなくて、裕福な、寛大な人で、頼りがいもあって大人だった。その人と寝るのも好きだった。だから私、そういう付き合いじゃないとやっていけないと思うの・・・貴之との生活じゃ、経済的にもきつくて、自由にできるお金もなかったし、モラハラばかりで精神もやられたし、浮気されるし、心荒むばかりだったよね・・・」


 やっと、と思いました。


 とうとう吐き出してやった。


 貴之との結婚生活で、どれほど私が絶望していたのか。結婚など、二度とごめんだと思うようになったか。愛人のほうがよほどましだと思ったことを。もう貴之しか知らなかった優理香ではないのだと。貴之が、私に付き合っている男性がいないものかと考えたかはわかりませんが、おめでたい彼のことですから、いまだ勘違いしている可能性もありました。

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