第9話 翌朝

 そっとベッドから降りるとバスルームへ向かいました。熱いシャワーを浴び、できれば貴之が目覚める前に、そそくさと帰りたいような気持ちでいました。


 バスルームから出たとき、貴之は起きていました。おはよう、と声をかけられ返事をしましたが、どこかやるせなく心苦い思いがありました。


「シャワー浴びてたんだ。俺も浴びるかな・・・」


 そう告げた彼の目に、欲望が見て取れた気がしました。


「昨日はいろいろありがとう・・・私、すぐ帰るから・・・」


 私は彼から顔を逸らし、短く伝えました。


「・・・どうしたの?そんな急ぐことないじゃない。なにか用事でもあった?」


 いぶかしげに尋ねられ、私は曖昧な返事をしました。貴之と寝ることは想定の範囲内ではありましたが、やはり私には後味の悪さも残していました。そんな私のよそよそしさが、彼には腑に落ちない様子でした。


「・・・優理香、俺たちいろいろあったけど、また会えたわけだし、もう過去のことは水に流さないか?俺はまた優理香と一緒にやっていきたいと思ってる。優理香は違うの?俺はずっと、本当に別れたとは信じきれないままでいた。俺はずっと、戻りたいと思ってたよ。」


 私は黙りこみ、うつむいていました。貴之の気持ちは知っていましたし、その彼と寝たわけですから、彼を受け入れたと見なされても仕方のないことでしたが・・・


「・・・ずっと、優理香がいなくて淋しかった。家に帰っても優理香のいないことが・・・優理香の料理も食べられなくなって、なんて馬鹿なことしたんだとわかった。優理香の作ったスパゲッティが食べたくて仕方なかった。」


 彼の言葉は本音だったのかもしれませんが、空しく響きました。むしろ面倒な、苛立った気持ちになりました。私の料理だとか、スパゲッティとか、そんなものは外食したほうがよほどおいしい物が食べられそうなものなのに。あいにく料理など、退職してからはほとんどしていませんでした。私だって人の手料理が食べたいぐらいだと言いそうになりました。


 黙りこむままの私に貴之は続けました。


「仕事を辞めてしまって、収入もないんでしょ?優理香の生活だって心配になるじゃない。意地張ってないで帰ってきたらいいよ。やっぱり優理香が働きたいと言った時、許さなければ良かった。でももう気は済んだはずだよね。外で苦労しただろうし、社会に出る大変さもわかったでしょ。俺もひとりでいる辛さをさんざん味わったし、お互い勉強のための期間だったと思ってやり直せばいいんだと思う。」


 貴之の言い草はいちいち不快でした。意地を張っているなどと決めつけられ、そのうえ私が働きに出るのを許さなければ良かったとは、一体何様なのか。私が人生を切り開くのにも彼の許可が必要だったと言うつもりなのか。


・・・この人は何も変わっていない。


 戻ったりすれば、今度こそ私を家に閉じ込めて彼のためだけに生きることを求められるのかもしれない。結局は、彼に対して従順で、家事炊事をしてくれる都合の良い存在が欲しいだけなのかとも思えました。

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