第7話 やけ酒

 貴之の思惑に気付いていないわけではありませんでした。ですがいつになく、私はお酒をあおっていました。いろいろな種類のカクテルがあって興味を惹かれたのもありますが、むやみに飲みたい気分でした。


 相手が貴之であろうと、久しぶりに人とゆっくり会えて、話していることに興奮していました。落ちぶれ、足の踏み場も乏しいような汚い部屋で無為に過ごしていた自分に声をかけ、気遣ってくれることはやはり嬉しかったのです。


 普段は酔うまで飲んだりしない私も、この夜はわけがわからなくなるまで酔ってしまえた方が好都合だと思いました。いつになく私はほがらかになってぺらぺらと喋り、だんだん眠気に襲われつつありました。


「・・・優理香、だいぶ酔ってるよね。大丈夫?」


 貴之が気遣うように尋ねました。


「うん・・・ちょっと、眠いけど。」


 私はすでに何も考えられないほどに頭がぼんやりしていましたが、どちらかといえば上機嫌でした。


「だいぶ飲んだね。やっぱり落ち込んでたんじゃないの?家に帰るのなら送っていくし、ここで眠っていきたかったら部屋があるか確認してみるけど。あるいは、久しぶりにこっちのアパートに帰ってみる?」


酩酊めいていぎみの私に比べて貴之は変わらない様子に見えました。彼も何杯も飲んでいましたし、多少は酔っていたのかもしれませんが、お酒は強い人でした。


「・・・いや、まだ帰らない・・・まだ飲めるし、大丈夫・・・」


かつて彼と住んでいた家には戻りたくありませんでした。ですが、散らかりきった自宅にも帰りたくはない気分でした。


「優理香、ダメだよ。もうやめた方がいいね。」


 たしなめるような口調でした。やはりこの日の私はどこか違っていました。飲みすぎてしまってどうなってもいいような、投げやりな心持でもありました。


 その後の記憶はやや断片的でした。私は少しふらふらして、当然のように貴之の腕に自分の腕を絡ませていました。彼はホテルの部屋を取り、一緒にそこへ向かいました。部屋へ入るなり私は靴を脱ぎ、ベッドへ倒れ込みました。


 意識もうつろな私に貴之が覆いかぶさるのがわかりました。彼の顔がすぐそばにあり、暗い眼差しで私を見つめていました。その視線を受け止めた私は静かに彼を見返しました。そうなることはもちろんわかっていたことでした。もとより覚悟はできていたのです。

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