第6話 心の隙間

 その当時、私の心は空虚で、淋しかったのは確かです。


 少し前までは勤め先の待遇や収入に満足していて、英語の副業も順調で、須藤との関係も落ち着いていました。一時期、心が乱れていた頃は貴之やその他の男性達と飲み歩くこともありましたが、私はだんだん彼らの誘いを断るようになっていました。


 他の男性と会うには会っても、惹かれることはありませんでした。私はやはり須藤のことが好きだったのだと思います。須藤との関係に不安になると、心を紛らわせるため親しくもない彼らと遊ぶこともありましたが、英語の仕事を始め、その人間関係が魅力的だったことで私の精神は落ち着くようになっていました。


 ですが青天の霹靂へきれきのように、突然、急な流れにのまれるように、本業であった職場と須藤を同時に失ってから、私はひどく無気力に陥っていました。辛うじて私に残されていた初心者向けの英語講師の仕事だけは、細々と続けている状態でした。


 そんな私の心もとない状況や不安定さを貴之は見逃さなかったのかもしれません。かつての夫に惹かれることなどないと感じていたものの、彼が私に連絡を寄越すことを、有難く感じてもいました。


 ある金曜の晩、貴之と出かける約束をしました。待ち合わせをして向かったのは、中心部にある彼の職場近くのホテルでした。以前は古い雑居ビルとか、大衆居酒屋みたいなお店を好んでいたので意外に思いました。


「なんだか今日は貴之っぽくないお店だね・・・ホテルのバーなんて来たことなかったし。」


 市内でも人気のあるシティホテルで、ランチビュッフェも評判でしたがこのレストランバーは別の階にあるので来たことはありませんでした。


「俺は居酒屋の方が好きだけど、優理香が会社辞めたって聞いて心配してたからね・・・ちょっと小奇麗な店の方が、優理香は喜ぶんじゃないかと思って。」


 久しぶりに会う貴之は微かに緊張したかのような面持ちで、少し照れた風にも見えました。


「そうなんだ・・・焼き鳥とかも好きだったけど、ここも素敵なお店だね。昔、貴之とこういうお店に来たいと思っていたかも。」


 なんとなく皮肉な思いで感想を述べました。


「別に、昔じゃなくたって、これからも行けるだろうし。俺も、小洒落た店が嫌いなわけでもないし。まあ、とりあえず・・・」


 貴之は飲み物のメニューを手渡してきました。


「俺はふつうにビールだけどね。優理香は、好きなもの選んで。」


 ドリンクメニューは種類豊富で選ぶのに時間を要しました。聞いたことのないカクテルもあれこれ並んでいました。よくわからず、とりあえずスパークリングワインを注文しました。


「じゃあ、退職おめでとう、でもいいのかな?」


 運ばれてきた飲み物を手に、貴之に尋ねられました。


 おめでとうと言われるのは複雑でしたが、彼に事情を話すつもりもありませんでした。


「うん、いいよ、なんでも・・・じゃあ、乾杯。」


 苦笑いしつつ、私達は乾杯しました。

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