第4話 探る人
「え、それって誰だろう・・・仕事関係の人?」
もしかすると、須藤の奥さんだろうかと頭をよぎり、血の気の引く思いがしました。あるいは、取引先の誰か・・・?
営業の仕事をしていましたが、他の担当者への急な引継ぎとなってしまったため、取引先に不便をかけている可能性もありました。他にも、何人かの取引先の方達とは個人的に飲んだり食事したこともあったのに、ろくな挨拶もしないままに退職していました。
「・・・吉澤さんという方です。以前もよく会社に電話をもらっていましたけど・・・ユリさんの社用の携帯番号を知っていたけれど、退職後の連絡先を知らされていないので教えて欲しいと言われているんです。」
ああ、貴之か・・・と思いました。勤めていた頃もたまに会ったり食事したりはしましたが、英語の仕事をするようになってからは次第に疎遠になっていました。
「・・・そっか、ごめんね。よく連絡が来るのかな?」
努めて冷静を装って尋ねました。
「正直、けっこう頻繁に来ています。ユリさんが退職したと伝えると、だいぶ驚いていて・・・それで、プライベートの連絡先を教えて欲しいと・・・初めは断っていたのですが、何度も粘られて根負けしちゃって、ユリさんに聞いてみて了承が得られればお知らせしますと伝えました。」
私はしばし沈黙しました。なぜ後になってから、あの人は執着を見せるのだろうと不思議に思いました。
「・・・そうだったんだ。迷惑かけちゃってたね。ほんとにごめんね・・・うん、ちゃんと連絡するから、会社にも電話しないように伝えるね。」
「うーん、っていうかそれも大丈夫なんですか?吉澤さんてユリさんの旦那さんだった方とかじゃないですか?前の名字と同じだし。」
さすがに彼女にはすっかりばれているなぁと思いました。
「・・・うん、そうだね・・・別れてからもたまに会ったりはしてたけどね。会社の携帯に連絡来るようになって、辞める時にちゃんと知らせてなくて。腐れ縁って感じで、恥ずかしいんだけど・・・」
「もしユリさんが嫌でしたら、連絡先を教えることはできかねます、って伝えますよ。私は確認してみると伝えただけで、ユリさんの気持ちがわかればそのまま伝えますから。」
真矢ちゃんの声には心配そうな響きがありました。彼女の気遣いを有難く思いました。
「とりあえず、メールで連絡してみるから大丈夫。真矢ちゃんのこと煩わせちゃったようで申し訳ないね。会社に電話が行くのも恥ずかしいし・・・連絡がつけば、相手も気が済むだろうし・・・」
英語の仕事を始めた頃は心浮かれていましたし、いろいろと順調に運んでいた矢先に須藤との別れや退職などゴタゴタして、貴之のことをすっかり忘れていました。会社や真矢ちゃんに面倒をかけてしまったのは心苦しいことでした。
「ほんとにいいんですか?もしまた電話が来たら、ユリさんから連絡すると言っていた、と伝えますけど・・・でも無理はしないで下さいね。」
案じるような真矢ちゃんの声に、つい忍び笑いをしました。
「いろいろお気遣いいただいて・・・なんか優しいね、真矢ちゃん。残った方達も大変なんでしょう?みんな、元気にしてるのかな?前田さんとか、山村課長とか・・・?」
須藤部長は・・・?と気になったものの、口に出せませんでした。あの人は東京へ転勤になりましたし、真矢ちゃんにも様子はわからないかもしれませんでした。
「ん・・・前田さんはいつものようにしっかりしていますし、山村課長も相変わらずです。もうすぐ冬のボーナス時期だから、“ボーナス出たら、マーボーナス!”って毎日聞かされるし、寒くて死にそうですよ。」
呆れたような真矢ちゃんの口調でしたが、久しぶりの山村課長のおやじギャグに吹き出してしまいました。
「あはは、いいなあ、ボーナス!やっぱり山村課長のダジャレはクォリティー高いね。」
「そういうリアクションしてくれる人がいなくなったから、山村課長も淋しそうですよ。めげずに繰り返してくるけど。メンタル強いんですかね・・・無視しますけど。」
真矢ちゃんは舌打ちしかねない調子でした。
「もう、真矢ちゃんも、山村課長に優しくしてあげてよ・・・」
つい山村課長のことをかばいたくなってしまいました。いつもおやつを貢いでくれたり、昼食をご馳走してくれたり、おやじギャグを聞かせてくれた姿が懐かしく思い出されました。
「私はおやじキラーじゃないので。もうユリさんの転がしぶりを拝めなくて残念です。あ、もうすぐおじさん達帰ってくる時間なので、そろそろデスクに戻ります・・・」
真矢ちゃんは更衣室から電話していたようでした。
「うん、連絡ありがとう。良かったら今度、ご飯でも食べたいね。」
ええ、ぜひ、と弾んだ声で真矢ちゃんは答えてくれました。誰かと話すのは久しぶりだったかもしれません。少し、心に元気が出た気がしました。
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