第93話 イブリス領ダイダル
竜の引く車に乗り、一路魔界の首都を目指す。
ここの事はまったく分からないが、アレクが少しずつゴメスから情報を引き出してくれているので、夜営の時にでも教えて貰おう。
「それでクラリス。僕らはこの魔界で何をすればいいの?」
「……ある探し物をする。大丈夫、探すのは私がやるよ。君とアレクは何もしなくて良い。恐らく、これから向かう先に探し物はあるはずだから」
「え? でも、探し物だったら皆で探した方が早いんじゃないかな。僕もアレクも手伝うよ」
「いや、良いんだ。というか、無理だ。私にしか探せない。気持ちだけ貰っておくよ」
珍しくクラリスが頑ななので、僕もそれ以上は何も言わず黙って馬車の手綱を握るのだった。
その日の夜、ゴメス司祭がすっかり寝息を立てている頃僕たちは夜営として見張りをしていた。
というよりは、夜営という名の打合せだ。
アレクがゴメスから聞いた話では、魔界の首都に辿り着くまでは三日程かかると言う。
そして僕たちが目指しているのは実は首都ではなく、魔界に存在する四盟主のうちの一人、血炎のイブリスという魔族の領地の中心部だった。
正直魔界事情は全く分からない。おぼろげに魔王という存在が居て魔界を統治しているのかと思っていた。
だが実際には魔界も人間界とあまり変わらない様だ。
そのイブリスという魔族が、自領の困窮状況にいてもたってもいられず、人間界と手を組んで食料事情を改善しようと目論んだのが、今回の帝国の魔界進出に繋がっているそうだ。
「なるほど、事情は分かったよ。だけどそんなの納得出来ないよ。食料事情って……。そんなの、人間を餌にするって言ってるのと同じじゃないか。帝国はどうしてそんな非道いことを……」
「考えられる事は多くない。魔界の技術や資源を手に入れた帝国はどうなる? 恐らくは今の人間界では頭ひとつ抜けた存在になるだろう。そうなった時、帝国のとる動きなど想像できる」
つまり、侵略。
帝国は他を圧倒する力を手に入れ、この人間界での覇権を狙っているのだ。
「そんな事はさせない。いや、俺たちの目的は当然エリスの復活だ。だが、それを知ってしまった以上見て見ぬふりは出来ないだろう」
「……だけど、だからと言って僕たちに何が出来るのさ。巨大な帝国が本気でそれを狙っているのであれば、僕らなんかじゃ止められる訳がないよ……。アレクは何か良い案があるの?」
「…………」
この場合の無言は否定だろう。いくらアレクやクラリスが強くても、個人で国という組織を相手にする事なんて不可能だ。人間と虫以上の差があるだろう。
「二人とも、気持ちは良く分かるが、その話はここで一旦やめにしよう。色々考えてしまうと、最初の目標を達成出来なくなるよ。特にアレク。君の正義感が強いところは称賛に値するが、それも時と場合によるね。君にとって一番大切なのは何だい? それを見失っちゃいけないよ」
「……ああ、すまない。だが、エリスの件が無事に済んだら、この事は必ず対処する」
「好きにするといいさ」
それきり僕たちは言葉を交わさなかった。本当はもっと色々と話さなくてはいけない事があったはずなのに、この気まずい雰囲気に引っ張られ僕たちはそれぞれ思考の渦に沈んでしまった。
そうして夜が明け、再び街に向かって馬車を走らせる。
翌日以降も、特に大きな問題は起きなかった。
アレクがゴメスから聞いた事を、休憩の度に色々と教えてくれた。
あの馬車は、馬車ではなく竜車と言うらしい。今目指している街の名前はダイダル。そして天まで届きそうなあの木は魔界樹と言うそうだ。
あの魔界樹周辺は非常に濃密な魔力が溢れ出ていて、そこに住む魔族はごく少量の食事で事足りるとの事。
なので人間への危険性は少なく、帝国兵やゴメスの様な司祭、それに技術士などそれなりの人数がダイダルで暮らしているらしい。
ゴメスの今回の魔界訪問は、魔族と人間による共同実験を行う為に来た。
ゴメスは非常に傲慢な人間だが魔術についてはそれなりに長けていて、クラリスから見てもその実力は高いものだと言えるみたいだ。
実験内容については流石に教えて貰えなかったが、なんでもこの実験が成功したら魔界も人間界も揺るがす程の事が起こる様で、ゴメスは何としてでも実験を成功させるべく息巻いている。
「……どんな実験内容なんだろう」
「ふん。どうせ碌なものではない。出来る事ならこの手で実験を止めてやりたいが、今は他に大切な事がある。いつか必ず……」
アレクはそう言いながら右手を握りしめる。
「あれ? そう言えば、その右手はもう大丈夫なの? 痛みはないけど余り動かないって言ってなかったっけ?」
「ん? ああ、そうだな。毎日クラリスに治療して貰ってるから多少良くなってはいたんだが、言われてみれば確かに。……普通に動くな」
アレクも自身の右手が普通に動く様になっていた事に気づかなかった様だ。ここ何日かは剣を握る事もなかったから気づかなかったのだろう。
「どれ、ちょって見せてくれないか」
そう言ってクラリスがアレクの右手に触れる。
はじめに掌、そして腕を見て少し俯いて考え込んでいるようだ。
「……恐らくだけど、魔界の空気が合っているのかも知れないね。アレクの右手は呪いに侵食されていた。今は呪いの剣がないからその侵食が進むことはないけど、呪いの力の源は魔力だ。人間のものではない、純粋な魔族の魔力。この場所にはその純粋な魔力が豊富にあるから、枯れ木の様になった腕が活性化されているのかも知れない」
「そうなんだ……。喜んでいいのか分からないけど、じゃあまた人間界に戻ったら萎んじゃうの?」
「それはどうだろうか。なんせ呪いに侵食されてから魔界に来るなんて聞いた事もないからね。まぁ元に戻ってしまったらまた地道に浄化していくよ」
とりあえずアレクの腕が今まで通り動くのは助かる。今のままでも充分強いが、元のアレクはもっと強かったはずだ。
何が起こるか分からない魔界では、戦力は少しでも高い方が良いに決まってる。
そして翌日。
イブリスの領地の中心部、ダイダルに着いた僕たちを待ち受けていたのは、けたたましく鳴り響く警報音と、魔族と人間の兵士達の殺気立った視線だった。
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