第92話 魔界の扉

 馬車の後をつけ、見つからない様森に入る。

 恐らくこの場所は帝国でも重要なものであり、そうなれば自ずと入れる者も限られる。

 その分警備は厳しいと予想されるので、三人で気配を消しながら森を進んだ。


 クラリスは女性だが、鎧を着込んでしまえば性別は分からない。男性にしては小柄かも知れないがそもそも僕も背が高いわけでもない。帝国兵と話さなければいけなくなったら、アレクに対応して貰うのが良いだろう。


 そうして気配を消して進む事20分。馬車はどうやら目的の場所に着いた様だ。

 馬車からは司祭の様な服を纏った者、それと僕たちと同じ帝国騎士の鎧を着た者が三名降りてきた。


「(あの騎士達と代わろうか?)」


「(……やってみるか)」


 アレクと小声で話す。

 馬車から降りてきた四人を監視していると、ちょうどよく騎士達が司祭から離れるところで、どうやら用を足しに行くようだ。

 アレクと二人で先回りして待つ。


「ご苦労さん、長旅おつかれだったな」


「ん? ああ、おつかれ。まぁ本番はこれからだけどな。お前らも小便か?」


「ああ、ちょっと冷えてきたからな。どうだ、調子は?」


「絶好調だ……って言いたいところだけどよ、あの司祭が面倒なんだよなぁ。細かいし、偉そうだし。あーあ、ついてねえな。なんであんな奴と一緒に魔界なんて行かなきゃなんねーんだよなぁ」


 運良くこいつらは魔界に旅立つ予定の様だ。恐らく、あの司祭の護衛なんだろう。僕とアレクは軽く頷くと、無防備な騎士達を後ろから気絶させる。



 大した物音もさせず三人の騎士達を縛り上げると、森の深く、人目に付きにくい所に隠した。

 彼らの装備と自分達の装備を見比べて差はないか確認する。

 ほとんど変わりはない事を確認して、クラリスを含め三人で司祭の元に集まった。



「お待たせ致しました」


「遅いっ! お前たちはいつまで私を一人にするつもりなのですか! 私が襲われたらどう責任を取るつもりですか!」


 ここは帝国領であり、その中でも重要拠点だ。万が一にも襲われる事なんてないだろうに。先程の兵達が言っていた面倒くさいとはこう言う事なんだろう。


「申し訳ありません、司祭殿。以後注意致します」


 恭しく頭を下げるアレク。僕とクラリスもそれに倣って頭を下げる。


「ふんっ、分かれば良いのです! 今後もその様な殊勝な態度でいて頂く事を望みます! ただでさえ魔界は危険な所なんですからね! ほら、いきますよっ!」


 司祭はプンプン怒りながら進んでいく。とりあえず第一関門は突破出来た様だ。この司祭に着いていけば、恐らく魔界までは辿り着けるだろう。



 司祭は一人湖まで歩いて行く。僕たちも司祭の後に付き従う。途中何人かとすれ違ったが、司祭と話をするのみで僕たちには目も向けなかった。帝国での兵への扱いはそういう事なんだろう。



 そして、魔界への扉である湖に辿り着いた。

 一見すると何の変哲もない湖だ。石を投げれば向こう岸まで届くくらいの大きさだろう。


 だが、その湖には四箇所に大型の魔導具の様な物が設置されていた。湖の岸にかかるように、直径1メートル程の赤銅色した物があり、その後ろにそれぞれ魔術師が立っていた。


「ゴメス司祭、お待ちしておりました。早速取り掛かっても宜しいでしょうか?」


「もちろんです。その為に来たのですからね。さあ、始めましょう」


 魔術師の一人が司祭に声をかけ、何かしらの儀式が始まる。どうやらこの司祭はゴメスと言うようだ。


 大型魔導具の後ろに立つ四人の魔術師が、一斉に詠唱を始めた。それは普通の魔術の詠唱とは違うもので、腹の底を震わす様な低い声が周囲に響き渡った。

 その声に反応してか、大型魔導具の中心にある透明の球がゆっくりと光り輝く。

 そしてその光は左右に伸びていき、他の魔導具から伸びた光と繋がった。湖を一周囲う様に伸びた光は、最後にそのまま湖一面を光の鏡のように塗り替えた。



「……さあ、準備は整いました。どうぞ、お気をつけて……」


 魔術師が慇懃な声でゴメスに告げる。どうやら魔界への扉は繋がったようだ。ゴメスは小さく頷き、口を笑いの形に歪めると、ゴメスは僕達に振り返りながら話しかけてくる。


「行きますよ、皆さん。私には毛筋程の傷も付けないようにしっかりと護衛してください」


 そう言って一人でさっさと湖の中心まで歩いて行ってしまった。

 あっという間の出来事だったが、僕たちも遅れぬようゴメスについていく。そして、遂に目的の魔界へ突入を果たす。








 ハクト達が魔界への扉を潜ってしばらくした頃、魔術師達にも動きがあった。


「……さあ、私達も早くこの場を去るぞ。早くしないとこの扉を通って強力な魔物が来てしまう。そうなったら私たちだって無事では済まないぞ」


「はっ!」


「まったく……。国の命令だから仕方なくこの扉を開いているが、せめてこの身の安全くらいは保障してくれても良かろうに。これでは命がいくつあっても足らんわい」



 そう言って魔術師達はそれぞれ護衛の騎士を連れてその場から足速に立ち去る。魔界の扉が開く度、そこから強力な魔物が人界へ飛び出して来るのだ。既に近隣の村々はことごとく滅んでいるので、魔物達は餌である人間を求めて更に遠くの地へと向かうだろう。


 帝国は魔界の技術と資源を得る為だと言っているが、さて、この国が滅びるのとどちらが早いのであろうか。


 扉を開いた魔術師はそんな事を考えながら馬車に乗り込むのであった。



 ◆◆◆◆◆




 ゴメスと共に魔界の扉を潜った僕たちだったが、その余りの景色の違いに息を呑んだ。


 全ての景色は赤で染められており、生えている木は対照的に黒しか表していない。そこにあるはずであろう葉は存在しなかったのだ。


 夕暮れの荒野の様な景色が何処までも続いており、その遥か彼方。天まで届きそうな程高く伸びた木が一際異彩を放つ。


「どうしました、貴方達。さあ、行きますよ」


 ゴメスにはこの景色は当たり前になっている様だ。戸惑う素振りなど微塵も見せず、魔界の扉の脇に用意されていた馬車に乗り込む。但し、馬車を引くのは馬ではなく大きなトカゲの様な魔物だったので、馬車と言っていいかは不明だ。


 僕らはゴメスに言われるがまま馬車に乗り込み、僕とクラリスで御者台に、アレクはゴメスの隣に乗り、目的地へと向かったのだった。

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