第88話 遭遇

 帝国の牢屋は、思ったよりも暗くなく、湿っぽくもなかった。

 まあ王国でも牢屋に入った事がある訳じゃないけどね。



 僕等は手を縄で縛られ、腰も縄で括られ、三人一組となって牢屋に入れられた。


 ……牢屋なのかな?


 僕の勝手な想像では、地下にあって石造りのジメジメした場所が牢屋だと思っている。

 ここは、まず地下じゃない。造りも木造だし。内装だけみれば普通の家のように見えた。



(ここって牢屋なのかな?)


 クラリスだけに聞こえる様に言うと、クラリスは無言で首を横に振る。つまりここは牢屋ではない。


 じゃあどこなんだろうと思っていると、僕等は建物の広間のような場所に通された。

 そこは百人くらいがいっぺんに集まれる様な広さの場所で、僕等の他にも手に縄をかけられた人達がちらほら見えた。



 僕達三人はその広間の一角に座らされ、待っている様に指示される。




 しばらくすると、目の吊り上がった男が紙を片手に広場へ入ってきた。そして次々を

 名前を読み上げる。


「ブルック・クリーフト。四号棟三号室へ。次、ローンツ・ヒルデン。八号棟の二号室へ」


 そうして名前を呼ばれた者は、衛兵に腕を引かれ無理矢理連れていかれた。

 そうか、ここは振り分ける為の部屋だ。ここから牢屋に連れて行かれるんだ。


 眼の吊り上がった男は、変わらず紙に目を落としながら僕等の前に歩いてくる。


「ハクト・キサラギ、クラリス・フルール、アレク=フォン=フリューゲル。お前達は両替商に剣を向けたのか。ダメな奴等だ。処分は近々に決まる。それまで頭を冷やしておくんだな。十号棟の十号室へ」



 衛兵が短く「はっ!」と返事をして、僕等の脇へ駆け寄ってくる。触られたくもないので、急いで立ち上がり目で威嚇するが、おかまいなしに僕等の腕を掴むと、乱暴に引っ張りそのままどこかへと連れていかれた。



 恐らくさっき言っていた十号棟十号室なのだろう。

 どんなところかは知らないが、碌なところではないだろう。一体何故こんな事になってしまったのか。両替商に剣を向けるという事はそんなにも罪の重い事なのか。



 憮然としたまま連れてこられたのは、今度こそ牢屋と呼べるようなところだった。


 但しここは地下じゃない。地上から何階分上らされただろうか。

 ちょっと飛び降りる、なんて気軽に言えないくらいの高さの牢屋に僕達は連れて来られた。



「ほらっ、ここで大人しくしてんだぞ! 変な気を起こすと、後悔するからな!」


 そう言い残して衛兵は消えていった。後に残ったのは僕達三人だけで、同じ階の他の牢屋からは人の気配はしなかった。




「ねえ、そんなに僕達悪い事をしたんだろうか。確かに剣を抜いたのは悪い事だと思うけど、街中のケンカだって激しくなれば斬り合いもするんじゃないかな。なんで僕達は……」


 僕の言葉にアレクは俯いてしまった。責めてるわけではない、僕だって頭に来ていたし、アレクが剣を取らなければ僕が刀を抜いていた。


 そんなアレクを気遣うように、クラリスが考えを言う。


「帝国には初めてきたから何がどれだけ罪が重いかは分からない。だけど両替商の話を考えると、この国では両替商はそれなりに高い地位にあって、その判断を覆すような事は認められないって事だろう。いうなれば自国に貨幣価値を決める仕事だ。おいそれと覆るようじゃ信用だって覆ってしまうさ」


 果たしてクラリスは誰に対して説明をしたんだろうか。なんだか僕達だけじゃない誰かに話をしている様に聞こえた気がする。


「なるほどね、クラリスの言ってる事はわかった、気がするよ。じゃあ僕達にはこれからどんな罰が与えられるんだろうか……」


「んー、なんだろうねぇ。強制労働か、晒し者か、百叩きか。殺されはしないだろうけど、あんまり気持ちのいいものじゃなさそうだね」


 クラリスはそう言って、それきりそっぽを向いてしまった。


 何か気に障る様な事を言ってしまったんだろうか。なんだか僕の方がそわそわしてしまう。


 そんな時だった。



「おう、なんだお前たち。どこか余所の国からきたんかよ」




 突然の声に僕とアレクは固まる。人の気配なんて全くなかったはずなのに。一体声の主はどこにいるんだ。


 辺りを見回すが、生憎僕達が連れて来られた所は石造りの牢屋だ。見えるのは正面の鉄格子の限られた部分だけ。そしてそこからは無機質な石が見える以外何も映らなかった。



「騒がしくして悪かったね、ご老人。ちょっと隣の国から来たんだが、いざこざに巻き込まれてしまってね。私達は無事に出られるかね」



 またしてもクラリスだ。クラリスはそこに人がいるのが当たり前の様に話し始めた。


 そもそもアレクですら気配に気付けなかったのに、どうして気付く事が出来たのか。



「さあ、どうだろうな! お前さんたちの行い次第じゃないのか? 袖の下たーっぷり渡せば解放してくれんだろうよ、がーはっはっはー!」



 近くにいる人間は、豪快なおっさんだという事だけは分かった。だけどそこで何をしているんだ。


「すみません、こちらからはそちらの姿が確認できませんが、そちらからは見えてるんですか?」


「おっ? んや、見えてないぜ! あんたがどんな姿なりした兄ちゃんか分かんねえけどよ、あんたの気配は良く分かる。もう一人いる兄ちゃんもな。お前さんたち、剣士だろう?」



 突然僕達の正体を当てられて、もう僕達はこの人間が只者ではないと考えざるを得ない。少しだけ緊張が走るが、クラリスが普段通りにしているので害意はないのだろう。


「……ええ、いかにも僕は剣士です。まだ駆け出しですが。失礼ですけど、貴方はどちら様ですか?」


「おぉ? 人に物を尋ねる時はまず自分からって、父ちゃん母ちゃんに教わんなかったか? 最近の若者は無礼極まりないねえ」


「そっ、それはその通りです! すいませんでした。僕はハクト・キサラギと言います。見習いですが、剣士のつもりです!」


「俺はアレク=フォン=フリューゲルだ。同じく剣士、見習いだ」


「私はクラリス。彼らの保護者、ってところかね。錬金術師だよ」


「ははっ、そうかそうか! なんとも面白そうな面子だな! お前さん達がしっかり名乗ったんだ。俺様が名乗らねえ訳にはいかねえな。俺様はルイス。ルイス・フロスト。まぁ本当はなげー名前があるんだが、もう自分でも忘れちまったぜ! 顔も見えねえけど宜しくな、お前さんらよ!」




 何気なく名乗られた、ルイスという名前。


 それは僕達が帝国までやってきた目的そのものの名前だった。

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