第89話 ルイスの望み

 ルイス・フロイス。


 僕等が帝国まで来た目的の人間。古今東西ありとあらゆる魔術に精通し、更にそこから独自の魔術を研究しているという。


 そんな男が、すぐ目の前にいる。


 姿は見えないが、その言葉で既に僕達の意識は掴まれてしまっている。

 今の所害意はないようだけど、いつ気持ちが変わるのかは分からない。


 僕は希望の源に会えた事よりも、計り知れない人間に出会ったという事に、喜びよりも焦りを感じていた。


「る、ルイスさんは、どうしてここに?」


「んお? 聞いてくれるか、兄ちゃんよ! 俺様はよ、とある村の片隅でひっそりと暮らしてたんだけどよ、突然帝国の奴らが大勢で来たんだよ、俺様を攫いに。ありゃひでえもんだったぜ。止めさせようとしてくれた村長をさ、問答無用でぶった切りやがった」


 それはやっぱりアルタール村の事だろう。僕等がルイスさんを目指して辿り着いた村。帝国に蹂躙された村。でも、魔術を使えるのであればどうして帝国兵を倒さなかったんだろうか。


「あいつらはそのまま俺様をふん縛って馬車に突っ込んだ。乗り心地の悪い馬車でな、しばらく乗ってると気持ち悪くて俺様は気を失ったんだ」


 なるほど、手を出す間も無く帝国の手中に収まってしまったのだ。


「次に目を覚ましたのは、大勢の悲鳴が聞こえたからだ。悲鳴は帝国の兵士達があげていた。手足が縛られてたからよ、すぐには動けなかったが、良く見りゃ一つ目巨人が大勢来てて帝国兵をボロ雑巾みたいにしてたんだよ。ありゃ痛快だったな!」


「よく無事でしたね……」


「俺様も最初驚いたがよ、帝国の奴等はもっと驚いて、仲間を見捨てて逃げ出したんだよ。俺様の馬車は偉い奴が乗ってたんだろうな。下っ端が戦ってる間にあっという間にオサラバさ」



 そしてこの牢屋に閉じ込められたという訳か。ここに連れて来られたのはお互い不本意だっただろう。だけど、僕達はそのおかげでルイスに出会う事が出来た。


 だったらその幸運を最大限に活用しなくては。



「さて、ルイス殿。実は私達はアルタール村から貴方を追ってここまで来たのだ。牢屋に入れられるのは全くの想定外だったがね。だが幸運な事にこうしてルイス殿に出会う事が出来たんだ。良かったら話を聞きたいんだが、どうだい?」



 ルイスの言葉に動じることなくクラリスが淡々と話しかける、クラリスもここを最大の好機と見たのだろう。だが果たしてルイスはそれに乗ってくれるんだろうか。



「んお? 姉ちゃんは俺様に用事があってきたのかい。嬉しいねえ。若い女の子は大好きだぜ。話を聞かせてやってもいい。だが、それで、俺様から話を聞く代わりにあんたらは俺様に何をくれるんだい?」


「──金ならある。手持ちで足りなければ追加で出す事も出来る。望むだけの金を渡そう」



 ルイスの言葉に食い気味にアレクが言葉を続ける。その目は今にも牢屋を飛び出していきそうな程必死な物だった。



「おう、兄ちゃん。いくらでも払うとは景気がいいなあ。だがな、金だけじゃこの世は生きていけねえ。兄ちゃんにはまだ経験と、勘が足らん見たいだな。もう一人の兄ちゃんよ。俺様は金を求めちゃいない。じゃあ何が欲しいと思う?」



 ルイスの言葉は突然僕に降りかかってきた。


 緊張はしていない。だけど成り行きを見守っていた僕にとっては予想だにしない出来であり、返事をすることは出来なかった。



「……そっちの兄ちゃんは考えてもいねえみたいだな。じゃあ俺様と話しをするに値するのは、姉ちゃんだけってことかい」


「ああ、そうかも知れないね。それで構わないよ。どうせ彼等では理解できないだろうからね」


「ふんっ、私は違うってか。じゃあよ、姉ちゃん、姉ちゃんなら俺様が求めているものは分かるかい? 姉ちゃんは自分が知りたい物の代価に、何を渡せるんだい?」


「ふふっ。ルイス殿が求めているものなんか分からないさ。だけど、そうだね。『魔法』の話に二人で華を咲かせてみたいが、どうだろうか」


「……! はーん、どうやらただの姉ちゃんじゃあないみたいだな。てっきり私自身なんて言うのかと思ったが、よりにもよって『魔法』ときたか。いだろう、乗ってやるよ。詰まらん話なら承知しないからな」


「ああ、ありがとう。お手柔らかに頼むよ。それで、どこで話をする?」


「ちょっと待ってろ」




 ルイスはそう言うと、カチャカチャと音を立て、次の瞬間には僕等の前に姿を現した。


 なんで、どうやってという疑問も浮かんだが、それよりも突如現れたルイスの風貌に僕等は固唾を飲んだ。



 茶色い、擦り切れたローブを纏ってはいたが、その目の輝きは老人なんてものじゃない。まさに戦士の目をしていた。


 但しその輝きは一つだけだった。片目は眼帯をしており、おそらく潰れているのだろう。それを裏付けるかの様に顔中、いや、肌が露出している部分は全て傷で覆われていた。


 そしてその体躯は、高身長のアレクをもってしても見上げなければならない程の大きさで、彼が老魔術師といって信じる人間がどれだけいるだろうか。



「なんだお前ら、そんな呆けた顔をしてよ。俺様の顔に何かついてるか?」


「えっ、いや……、あの……」


「まあ構わんさ。そういう反応は慣れっこだ。で、姉ちゃん、どうする?」


「じゃあ私がそちらの部屋に行こう。一度ここを開けて貰えるか?」



 ルイスはニヤっと笑うと、僕等の牢屋の錠前に手をかけて先程と同じようにカチャカチャと音を立て始めた。


 ルイスの手元は青く光っており、何かしらの魔術を使っているのはわかる。だけどどうやって……。



 ──カチャ




 何秒もしないうちに、静かに錠前が役目を終えた。


「さあ、どうぞお嬢ちゃん」


 ゆっくりと開く鉄格子の扉にクラリスが吸い込まれて行く。僕達はその姿を黙って見送る事しか出来なかった。



「……変わった魔術だね。どうやったんだい?」


「姉ちゃんがちゃんと魔術が使えるんだったら出来るさ、大した話じゃない」



 ルイスとクラリス。二人は、この短い間でもう既に何かお互いの事を掴んでいるのだろうか。


 親愛ともけん制とも取れる笑顔を浮かべながら、二人は隣の部屋に消えていった。

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