第86話 首都へ

 翌朝、目を覚ました僕達は村の中を見て回った。


 心配していた夜襲等は起こらず、夜のうちは一帯が不気味な程に静まり返っていた。



「……やっぱり血の臭いがするね。勝手に家に入ってもいいんだろうか」


「もう、入るしかないね。ハクト、気を付けて」



 家の造りは簡素なものが多かった。藁で作られた家の、これまた簡素な扉を静かに開ける。


 やはり、というか、想像通り、そこには村人の死体が横たわっていた。


「……一体、何があったんだろう。可哀そうに」



 もう、この村で何かが起こったのは確定だ。僕達は三手に分かれて村を捜索する。一人でも生きていればと希望を抱いて──。


 結果も分かり切っていた。結論だけで言えば、村人は全滅だった。皆殺しだった。


 男も女も、子供も老人も、分け隔てなく殺されていた。


「酷い、ひどすぎるよっ……! 一体誰がこんな事をっ!」


「ハクト、嘆くのは後だ。ちょっと大変かも知れないが、村人の弔いをしよう。死体がそのまま残っていて良い事は一つもない。村の広場に全員を集めておくれ」



 こんな時でもクラリスは冷静だった。多分、色々な経験をしているからなんだろう。

 だけど、僕にはクラリスの冷静さがなんだか人間離れしている様で、少し怖く感じた。



 アレクと二人で村人の遺体を一ヵ所に集める。

 もう既に体は固くなっており、死後何日かは経過していたようだ。中には子供に覆いかぶさっている親の姿もあり、僕の感情は静まる事はなかった。


 一ヵ所に集めた村人達を、クラリスが弔う。

 いつもの様にただ燃やすのではなく、一度浄化するらしい。




 集まった村人全員の身体に光があふれる。

 それは優しく包む、大地の様な温かさがあった。


 温かさはやがて熱に変わり。少しずつ熱さに変わる。純白の光は赤みを帯び、紅蓮の炎となって、村人全員の身体を空へと送り届けた。


 葬送が終わった後、最後に残ったのは真っ白な灰だけだった。








 ◆◆◆◆◆








「今日は、どうして浄化までしたの?」


「ん。この村の人達は恐らく強い恐怖や怨みの念を持って死んでしまっただろうからね。そのままにしておくと、やがて魔物になってしまう可能性もある。……それに、出来れば安らかに眠って欲しい。それだけだよ」


「そっか……」



 そういうクラリスの目元はうっすらと赤くなっており、その瞳は涙で滲んでいた。


 やっぱり、クラリスは優しい。さっき僕が感じた怖さは勘違いだったのだ。


 そんな事に改めて気付くと、なんだかクラリスの事を真っすぐ見つめる事が出来なくなってしまった。



「そ、それで、こんな酷い事は一体誰がしたんだろう。傷口とかを見ると魔物じゃなさそうだけど……」


「おそらく盗賊の類いでもないだろう」



 それまで黙っていたアレクが口を開く。


「それは、どうして?」


「推測に過ぎないが、死体の多さだ。女子供のな」



 アレクが言うには、盗賊が襲ってきたのであれば、女子供は殺さずに売ったりする場合が多いらしい。


 女は娼館に、子供は奴隷に。



 なのにこの村では女子供の死体が多かった。母親が子供を守って死んでいたという事は、そもそも攫うつもりがなかったという事だ。


 食糧は奪われている。なのに女子供は殺されている。ここが普通の盗賊とは違い、アレクが疑問に思っている点らしい。


「つまり、この村は盗賊に襲われたわけではない、という事だね。じゃあ一体誰が、何のために」


「もう一つ気になる事がある。男の死体で武器を持っている者が少なかった。これは何を意味している?」


 武器を持っていない。という事は戦う意思がない。もしくは、戦うべき相手ではない。


 つまり、戦うべき相手ではない人間に襲われた、という事だろうか……




「それって、親しい間柄、すくなくとも敵ではない人にやられたって事だよね……。なんでそんな事……」


「なんとなく想像はつくね」


「えっ!? 何、それは。誰?」


「この村に来る可能性があって、皆殺しをしてでも食糧を奪っていく可能性のある人間達。女子供を攫う余裕のない程に傷ついた者達。あの帝国の兵団に生き残りが居て、そいつらが首都を目指していたとしたら?」


 ……そうか。それならあり得るのかも知れない。


 キュクロプスに襲われて命からがら逃げだした。帝国に入って最初の村に何人たどり着けたのかは分からないが、あの場所に食糧をほとんど置いてきてしまったのだろう。


 生きて辿り着いた人間は腹も減っていただろうし、この先首都に向けての蓄えも必要だ。


 この村は裕福ではなさそうだ。そこに大勢の兵隊がきて、この先の物資もよこせと言われれば当然反発されるだろう。



 その結果、一つの村が滅ぶ事になった。



「そんな。そんなのひどいよ。そこまでしないといけないものなの? どうしてそんな事をするのさ……」


「そうまでしてでも、そいつらは首都に戻らなければならなかったのかも知れない。首都に必ず持って帰らなければならないモノがあったのかも知れない」


「アルタール村の魔術師、ルイスか」


「おそらく、ね。まあ今までの話は全て推測に過ぎない。もしかしたらこの村は狂人の集団に襲われただけかも知れない。どちらにしろ行けば分かるさ。さあ、行こう。帝国の首都へ」



 想像でしかないけど、とても不快だ。同じ国の、それも守るべき民に手をかけてまでもするべき使命なんてある訳がない。


 それでも進まなければ本当かどうかも分からない。


 ここでの結論は一旦お預けにして、僕等は帝国の首都、ハイポネックスへ向かう事にした。






 ◆◆◆◆◆







 帝国の首都へは、比較的穏やかな道だった。


 周囲には何もないが、道は広く、整備され馬車を進めるだけなら問題はなかった。


 見通しが良い為か、魔物の襲撃もなかった。

 途中、野生の狼の群れに一度襲われたが、それだけだ。




 ……それと、村や集落もなかった。正確には一つだけ街道から見える位置にはあったのだが、初めの村の印象が強く、もし、そこでも同じような事があったら僕は心の平衡を保てなくなると思い、アレクとクラリスに頼んで通り過ぎて貰ったのだ。


 あの村は、無事だったのだろうか。

 自分の国の兵団に襲われるなんて事になっていなければ良いけど……








 帝国に入って三日、街道をひたすら真っすぐに進んできた。


 地平線の先には、恐らく首都・トレファノサイドと思われる影が見えている。


 この距離でも分かる、王国とは明らかに違う街。


 街の中心に、天に刺さりそうな程高く伸びた真っ直ぐな塔がある。あれがきっと帝国の本当の中心なんだろう。



 同じ人間が住む国だ。何も恐れるものはない。


 なのに、何故か僕の背中はぞわぞわとして、街に入るまで寒気が収まる事はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る