第85話 迎える夜
僕の刀は無事にキュクロプスの頭を両断したようだ。
一体のキュクロプスを倒して地面に降り立った時、既に残りの二体はクラリスの風魔術により体から首が離れていた。
「やるじゃないか、ハクト。君はやれば出来る。そう思っていたよ」
「ちょっ、クラリス! そんなに簡単に倒せるならどうして最初から──」
「それじゃ君とアレクの成長にならないだろう? 私は勝てると言ったんだ。勝つと信じていない者はどんな戦いにも勝てなくなるよ」
今まで以上の冷たい目線でクラリスが言い放つ。いや、冷たいんじゃない。クラリスは本気なんだ。本気で僕に言い聞かせてるんだ。
「……そっか、そうだよね。ごめん。戦う者としての気概を忘れていた気がする。ありがとう、思い出させてくれて」
「ふふ、わかればいいんだ。じゃあほら、準備して先に進もう」
先程までの冷たい視線はもうそこにはなく、いつも通りのクラリスに戻っていた。
僕もアレクも戦いの汚れや血を洗い流し、荷物を確認して出発の準備をする。
クラリスが見当たらないので辺りを見回すと、何やら帝国兵の遺体の周りでごそごそしていた。
「クラリス、どうしたんだ?」
「何、彼等はこのままだと魔物や野生動物の餌になってしまうからね。最低限葬ってあげたないと」
そう言いながら遺体から服や鎧を脱がすクラリス。
「……? どうして服とか脱がすの?」
「そうだクラリス。金は俺が持ってきている。そんな追い剥ぎみたいな事しなくたって平気だ」
「ん。まあ色々あるかなと思ってね。金の為じゃないさ。……二人とも、手伝ってくれないのかい?」
少し潤んだ瞳で、上目遣いでこちらを見てくる。それが嘘だと分かっていても、こんな表情をされては正面から断ることなんて出来ない。
渋々ではあるが僕とアレクはクラリスに従うのだった。
◆◆◆◆◆
「気を取り直して、さあ出発だ!」
御者台に座ってクラリスはご機嫌に手綱を取る。そんなに帝国兵の持ち物は良かったのだろうか。
「ねえクラリス。クラリスはキュクロプスと戦った事あったの? 異常に落ち着いてたし、結局残り二体はクラリスが一瞬で倒しちゃったし」
「そうだね、大昔に戦った事はあるよ。その時は私の師匠が倒したけど、やっぱり一瞬だった。奴等は図体こそ大きいが、実はそんなに強くない。ただ目立つだけで御伽噺に出てくる哀れな魔物さ」
「えっ? そうなの? まあ確かに僕やアレクでも勝てたんだから、びっくりするくらい強いって事はないんだろうけどさ。それでも帝国の兵団を壊滅させてるんだ。弱いって事もないんじゃないかな」
「うん、もちろん弱くはない。だけどそれ以上に見た目の衝撃が大きいだろう? 強い弱い、良い悪いよりも先に見た目の怖さだけで大々的に世間に認知されている。ハクトがアイツを見て恐怖を感じたのは、それは一つの正解なんだよ」
なるほど、そう考えるとあのキュクロプス達が突然可哀そうに思えてくるから不思議だ。
だけど奴等が人間を襲ったのも事実だし、放っておけば他の人への危険もある。
退治しておくのが正解だったはずだ。
「キュクロプスってさ、そんなに良く現れるような魔物なの? 僕は初めてみたけど……」
「俺もだ。俺も初めてみた。そもそも王国内では魔物の数が少なかったからな。世界ではあれが普通なのか?」
「普通な訳がない。私だってキュクロプスを見たのは久方ぶりだった。何かが変わった、もしくは誰かが何かをしたのでなければあんな魔物は現れないさ。さて、何があったのやら……」
クラリスが分からないのであれば現状僕達に答えを知るすべはない。だけれど、この世界で何かが起きている事は事実なのだろう。
この先もっと強い魔物が現れないとも限らない。
帝国領に入るまで、いや、目的地にたどり着くまで気の抜けない厳しい旅になりそうだ。
◆◆◆◆◆
馬車一台通るのがやっとの山道を抜けると、そこは初めて見る帝国領だった。
同じ地面が続いているはずなのに。同じ空が続いているはずなのに。そこで見た景色は、何故か全く違うものに見えた。
「ここが帝国、なんだよね」
「そうだね。でも帝国の端のはし。まだその領土に入っただけに過ぎない。帝国の首都はここから更に三日くらいかかるよ」
やっぱりそうなんだ。こうなるとアルタールの村で沢山貰った食糧が役に立つ。この間の帝国兵団からも、申し訳ないけど貰ってきたしね。
少しづつ広くなっていく山道を下り、いよいよ僕達は帝国の平原へと降り立った。
いざ帝国に入ったからといって、別に特別な事は何もなかった。
検問がある訳でもないし、関所がある訳でもない。ただ山を境に王国と帝国と分かれているだけだ。
だけれど、キュクロプスの事もある。いつ魔物が出てきてもおかしくない場所なんだ。
僕達は注意を怠らぬように馬車を進め続けた。
馬車を進め続けてどれくらいたっただろうか。
平坦な道は意外なほどに走りやすく、心配していた魔物が出る事もなかった。
完全に日が落ちる前に、今日の寝床を確保しなくてはと考え、三人で辺りを見ながら進み続けていた。
夕日が山の頂をかすめ始めた頃、道の先に一つの集落が見えた。恐らくは村だろう。
余り大きくない村だろうから、よそ者には厳しいかも知れない。
だけど、村の片隅でも寝床を作らせて貰えれば野宿よりもよっぽど安全だ。
僕等は村人を刺激しない様に静かに馬車を進める。
やがて村の入り口が細かに見える様になった頃、なんとなく違和感を覚えた。
「そろそろ、日が沈むよね」
「うん、そうだね」
「夜になるとさ、村の真ん中にかがり火って、焚かないのかな?」
「まあ、村だと普通焚くだろうね」
「……どうしてあの村は火を焚いてないんだろう。村毎にやり方とか違うのかな」
間も無く日が沈む。王国だって大きな街でない限り、日が沈めば真っ暗になる。
それなのに、あの村はかがり火が焚かれていない。いや、むしろ人の気配が感じられない。
嫌な予感が背中を冷たくする。
もう馬車をゆっくり進める必要なんてないかも知れない。
馬を走らせ、急いで村に近づいていく。
暗くなる景色と共に、濃厚な死の気配が漂って来る。
勘違いかも知れない。だけど、鼻を突く血の臭いがそれを裏付けてくる。
無作法だとは知りながらも馬車でそのまま村に入る。
やはりそこには人の気配は一つもなかった。村の外まで漂っていた血の臭いは、中に入るとより強烈にまとわりついてくる。
「す、すいませーん! 誰かいませんかー!?」
大声で誰何するが、予想通り返事はない。
「……クラリス、どうしようか」
「さて、この村で何かあったのは間違いないが、当面はここが安全かどうかの方が問題だね。この暗さじゃ捜索もできないし、この村で襲われたら逃げ場もない。アレク、君はどう思う?」
「俺は……。俺は、この村で一晩過ごそうと思う。但し、村の入り口でだ。そこで大きな火を焚いて夜営をする。村の住人がいるかも知れないし、そうでない場合も遺体を無下にはできない。どうだろうか」
「うん、私もそれでいいと思う。下手に動くのも危険だ。ゆっくりは寝れないかも知れないが、何もないところで野宿よりはいいだろう」
こうして、僕等の帝国での初日は薄気味悪い中で一晩を過ごす所から始まった。
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