第81話 魔術師の秘密

 ラウに案内されて僕等はルイスの家へ向かう。


 ルイスの家は村の端の端、森へと繋がる道の一歩手前にあった。


「どうしてこんなところに家があるんですか?」


「どうしてもこうしても、ルイス爺さん本人がここがいいっていうからさ。別にもっと村の真ん中でも良かったはずなんだが、ここの方が静かで都合がいいんだと」




 静かな場所を求めるのはわかるが、そもそもこの村はそんなに大きくはない。それでもこんな端を選ぶのは何か理由があるんだろうか。


 そんな事を考えながらルイスの家へと入れてもらう。この村では扉に鍵をかけるような習慣がなく、入ろうと思えば誰でも入れる様になっているらしい。


 ラウに続いて入った家は、なんとも殺風景な生活感のない家だった。



「何もない、ですね……」



 部屋には机と椅子が一組あり、その他にはベッドと棚がそれぞれ一つづつあるだけだった。果たしてこんな部屋で世界一と言われるの魔術師は生活していたのだろうか。


 この部屋に何か手がかりがあると期待していた僕達は、肩透かしをくらってしまった。


 だがクラリスはそうでなかったようだ。


 棚の中に無造作に置いてある、一冊の本を見つけると、そっと手に取る。


 クラリスが取り出したその本は、ぱっと見薄汚れた汚い本だった。ただ、よく見ると四隅に装飾が施されており、表紙は裏表革張りだ。



「……凄い」


 僕には正確にその価値は分からないが、これが非常に価値のある物だという事くらいは分かる。そもそも本は、個人で所有している人なんて一握りなのだ。


 それもこんなに立派な本を、だ。


「ちょっと、この本を読ませてもらってもいいかな?」


「ああ、いいと思うぜ。本人がいないからなんとも言えねえけどよ。ただ、読むならできれば持ち出さないで欲しい。その本がきっかけで余計な争いごとが起きないとも言えないしな」


 ラウの言う事はもっともだ。何がきっかけになるかは分からない。ルイスももしかしたらこの本のせいで帝国に狙われた可能性だってある。


 クラリスは黙って頷き、椅子に腰をかけてそっとその本を開く。



 クラリスが本に集中してしまった為、僕とアレクは手持無沙汰だ。ラウに許可を取り、家の中を捜索させてもらう事にした。



 ……とは言っても、一目で見渡せてしまう程の広さしかない。捜索なんてする間もなく一瞬で終わってしまう。


 やはり何もないのかなとちょっとガッカリしていると、アレクが怪訝な顔で声を掛けてきた。


「……ハクト、これを見ろ」



 そう言ってアレクの指さす先には、何の変哲もない暖炉がある。しいていえば、家のサイズの割にはちょっと大きめの暖炉だ。


「暖炉が、どうかしたの?」




 僕の言葉を待たず、アレクが暖炉に近づいていく。暖炉の傍でそっとしゃがむと、おもむろに腕を暖炉に突っ込んだ。そして中にある薪をガサガサと払い、しばらくすると動きが止まった。


「あった……」


 薪と灰の中で、アレクは何かを見つけたらしい。その顔がしっかりと希望を見つけた表情をしている。



 ──カチリ。




 アレクがその手を動かすと、何かが動く音がした。これで何が起こるのかと息を飲んで待ってみるものの、目に見えて何か変化が起こる様子はない。


「……何も起きない?」


「そんなはずはない。……と思う。きっとどこか変化があるはずだ」


 僕とアレクは二人で家の中を再度見回す。僕達の行動を興味深そうに見つめていたラウも一緒になってルイスの家を捜索し始めた。

 そして、辺りを捜索する事30分。僕達は、ルイスが隠していただろうモノをやっと見つける事が出来た。




 それは非常に巧妙だった。


 暖炉の中の仕掛けから始まり、ベッドを動かした先の仕掛け、本棚裏の装置、その三つを解除してやっと、家の裏手に地下室への階段が現れたのだ。




「随分と手の込んだ事をしている……」


 顔を埃にまみれさせ、汗を滲ませたアレクが言う。


「そ、そうだね。でもどうしてアレクはこんな仕掛けがあるってわかったの?」


「……推測でしかなかったがな。こういう隠し部屋や隠し通路は、貴族の家では当たり前にあるものだ。もちろん俺の自宅にもある。ルイスとやらが何か重大な秘密を隠しているのであれば、恐らくそれは誰にも見つからない場所にあるはずだ」


「それはそうだけど。どうしてルイスさんがこんな隠し部屋を持ってるってわかったの?」


「ラウさんが言っていた、長ったらしい名前だ。長ったらしい名前は貴族に多い。地方に行けばそれが顕著になる。もしかしたらルイスとやらは貴族、もしくは元貴族だったんじゃないかと思ってな。それであれば隠し部屋や隠し通路もあるだろうと踏んだのだ。あまりにも部屋が殺風景すぎると思ってな」




 なるほど。アレクはあの短い時間の中で色々な事に頭を回していたようだ。僕も見習わなくては……!


 地下室への階段の前に立ち、覚悟を決め入る直前、本を読んでいたはずのクラリスがひょこっと現れた。


「私を置いていってしまうなんて、君は酷い男だったんだね」


 わざとらしく目を潤ませて、上目遣いで見つめてくる。こんな時に何をしてるんだよ、クラリス。


 でも、こんな事をするクラリスって……。



「さあ、行こう。きっとこの先に求めているものがあるはずだ」


 いつの間にか先頭に立っていたクラリスに言われ、僕とアレクは苦笑いで首をすくめる。そう、そんな事をするクラリスは上機嫌の時だけだ。きっと何か重要な事に気付いたに違いない。


 これだからクラリスには敵わない。だけど、そんなクラリスが『ある』と言っているんだ。それはきっとあるんだろう。




 僕達は逸る気持ちを必死に抑えて、慎重に地下室への階段を下っていった。

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