第80話 老魔術師
村人達の治療は問題なく終わった。彼女が魔術にて治療を施している間、僕とアレクは水を汲んだり瓦礫を片付けたりと、雑多な事で村の手伝いをしていた。
クラリスには村に着いて早々苦労を掛けたが、村人達と打ち解けるという意味では一番良い方法だったのかも知れない。
「客人達よ。本当に感謝する。見ての通り何もない村だが、我らで出来る事は何でもしよう。私達は貴方達を歓迎する」
村長宅へ案内をしてくれた男が、村代表の言葉として僕達にお礼を伝える。
彼は村長の補佐で、村のまとめ役だった。名前をラウと言うそうだ。
「村の皆の怪我が治った、元気になった。あまり派手な事は出来ないが、夜には宴を開こう。それまでゆっくりしていて欲しい。他に何かあるか?」
「私達はここまで人を訪ねて来たんだが、その件について話を出来る人はいるかい?」
「わかった、それなら俺が聞こう。ここじゃなんだから、場所を移そう」
ラウは僕等を連れてラウの自宅に案内をしてくれた。
村長宅程ではないが、ラウの家も立派な木造の建物で、普通の家庭なら二つ三つは入りそうだった。
「さて、色々煩わせて申し訳なかった。あそこじゃ人が多くて、出来る話も出来なくなってしまう。……あなた方は、一体誰を探してこの村に来たんだい?」
そう言うラウの目つきが鋭くなる。何があったかは分からないが、この村にはそれだけ気を付けなくてはならない人物がいるという事なんだろうか。
「名前は分からない。だが、この村に魔術の研究をしている人がいると聞いている。古今東西ありとあらゆる魔術を知っているとの事だ。心当たりはあるか?」
「……あんた達もか。あんた達もなのか!? あの人を狙って! あんた達もこの村を襲いにきたのか!?」
「ちょ、ちょっと待って下さいラウさん! 落ち着いて!」
突如声を荒げだし、席を立つラウに驚いたが、僕とアレクで両腕を抑え、ラウが落ち着くまで根気よく話し続けた。
「ラウさん、何があったのかは分からないですけど、僕達はこの村を襲いに来たんじゃありません。それだけは分かって下さい」
「…………。あぁ、そうだよな。襲うつもりならわざわざ怪我人の治療なんてしないよな。すまない、俺が悪かった。ちょっと敏感になってしまっていた」
ようやく落ち着きを取り戻し椅子に再び座りなおすラウ。
そして改めて話を聞けば、その人間を探しに帝国の軍人がこの村を訪れ、先ほどの惨状を作り上げたのだという。
「あんた達の探していた人は、帝国に連れ去られちまったよ。長老が必死で止めようと体張ってとめようとしたら、奴等容赦なく長老を斬りやがった」
「そんなっ……!」
僕達の目的の人物が帝国にさらわれたと聞いて唖然とした。帝国の目的は僕達と同じだったのだ。でもなんで帝国が。
「なんだってみんなあの人にそんな執着するんだ。あんたらはまともみたいだけどよ、帝国の奴等はまともじゃなかった。あの人はそんなに凄い人なのか?」
「……正直、凄いかどうかはわからない。私達も風の噂を頼りに尋ねただけなのだ。それこそ、藁にも縋る思いでね。その人、名前はなんて言うんだい?」
「なんだあんたら。名前も知らないでこんな遠くまで訪ねてきたのか。あの人はルイス。本当はその下に長ったらしい名前もあるらしいんだが、この村ではルイス爺さんで通ってたよ。ルイス爺さんはそんなに凄いのか?」
「ルイス……。その人の漏れ伝わる噂は色々あるが、要約すると魔術の全てを知っている究極の人間だ、という事だ。違うのか?」
「なんだかなぁ。そんな爺さんには見えなかったけどよ。確かに魔術関連の本なんかも持ってたみたいだけど、それだって一冊か二冊だ。それに魔術が使えるとは言っても、多少のもんだと思うぜ? 治癒魔術は使えたけど、あんたみたいな凄い魔術じゃない。ちょっとした怪我や擦り傷を治せるくらいだった。帝国の奴等にも言ったが、何かの間違いじゃねえのか?」
ラウは落ち着きを取り戻したようで、饒舌にルイスという男の事を語る。
その話を聞く限り、確かにそんな噂されるような凄い人物には思えない。クラリスが聞いたという話は、尾ひれはひれのついた、あくまでも噂程度のものだったのだろうか。
隣でアレクが青い顔をしている。
無理もない。自分の希望が潰えるか否かの話なのだ。他の誰よりも真剣な眼差しでラウを見つめながら叫んだ。
「ほ、本当にそのルイスとやらはその程度なのか? その程度の魔術の実力しか持ち合わせていないのか? そんなはずはないだろう!? 一夜で大軍を滅ぼしたり、人を生き返らせたりできるんだろう!? なぁ、そうだろう!?」
今度はアレクが激高してしまった。絶望の淵に立たされた様な表情でアレクは震えている。まだ決まったわけじゃない、とアレクを諭し、皆でそのルイスと言われる人の事をもう少し深く知ろうと提案する。
ただ、ラウはもうそれ以上の事は知らないそうだ。そもそもルイスがそんな凄い人間だなんて思っている人はいないのかも知れない。
「参考になるか分からないが、ルイス爺さんの家でも見てみるか? 勝手に人んちに入るのは気が引けるが、あんたらには恩がある。これくらいはいいだろう」
そうしてラウの提案で僕達はルイスの家を訪れる事になった。
願わくば、ルイスが噂通りの人間で、僕達の希望がどうか途絶える事のありませんように。
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