第75話 大魔王

 大魔王の領域であると告げた女は、変わらず腕組みをしたままこちらを見据えている。


 ……見据え続けている。



「ねえ、大魔王っていつ来るの?」


 なんとなく僕は我慢できなくなって、普段の調子で話しかけてしまった。


「うっ。うるさい! もう間もなく来るわよ! 大魔王様の真価が発揮されるのは闇の領域、深夜の時間なのよ! 黙って待ってなさい!」


 なんだかやっぱり理不尽な事を言っている。僕等を全員倒せるだけの力を持った魔物が来るなら、僕等はこんな所で待っていないでさっさと逃げるべきだ。


 それともはったりなのだろうか。


 なんだか心配になってクラリスに目配せをすると、いたって普通だった。このまま料理を再開しそうな雰囲気さえある。


 頼りにしているクラリスがこんな調子であれば、僕は慌てなくてもいいかと判断し心が少し落ち着いてくる。


「アレクは平気? 怪我はない?」


「お前は俺の何を見ているんだ。腕の一本使えないくらいであんな奴に負ける事はない。土埃一つ付いていない」


 なんだかアレクも大言を吐き出した。土埃くらい付いてるだろうに……。



 そんな事を話しながらどれくらい待っただろうか。


 相変わらず腕組みをして仁王立ちしている二人から、激しく強い殺気を感じ、僕等は全員一瞬で身構えた。


「あいつら、あんな力を……」


「違う、その後ろ。森の中だ」


 クラリスの言葉で森の中を凝視する。


 暗くて目の効かない森の中。その中でこちらに向かってゆっくりと向かう蠢くものがある。


 それは、森の出口に近づくにつれてその輪郭をはっきりと浮かび上がらせる。


 暗闇の中でも浮かび上がる真っ白な輪郭。その目は全てを飲み込むかの様に落ち窪み、その奥に濁った赤い光を灯している。

 手には大振りな剣を携え、反対の手には木製の盾を構えている。


 一歩進むごとにガシャ、ガシャと音をたてるその体には、長年使い込まれた事がわかる鎧を全身に纏っていた。


 そんな二体の魔物が、今ゆっくりとこちらへ向かって進んできている。



 ……スケルトンだ。




 アンデッド系の魔物で一番有名な、あのスケルトンだった。

 一体は大柄で兜を被っている。

 もう一体は僕と同じくらいで、二体とも同じ様な装備をしていた。



「あれが、大魔王……?」


 なんだか拍子抜けしてしまったが、クラリスの表情は先程とは変わり、真剣そのものだ。


 そして、僕が目を離した一瞬の隙に、体に激しい衝撃が走る!


 天地が目まぐるしく入れ変わり、そのまま二回目の激しい衝撃を受ける。


「ハクトっ!?」


 どうやら僕は蹴飛ばされて、思い切り木にぶつかったみたいだ。さっきまで僕の立っていた所に小柄な方のスケルトンが僕を蹴ったままの姿勢でこちらを見ていた。


 慌てて駆け寄るクラリス。アレクは左手に剣を持ち、大柄なスケルトンと戦いを既に始めていた。



「大丈夫かい!? 怪我はないかい!?」


「いててて……。クラリス、僕は大丈夫。ちょっと不意を突かれたけど。それより、来るよ!」



 言うが速いか、小柄なスケルトンはその剣を僕とクラリス目掛けて振り回してきた。


 間一髪で剣は避けたが、体勢が悪い! 次の攻撃は避けられない!!




火球フィルス!」


 その時、クラリスの魔術が間近で発動する。


 スケルトンは至近距離でクラリスの魔術を喰らう。だが、その身体は燃える事なく、ただ衝撃で弾き飛ばされただけだった。


 だがこれで距離が空いた。その隙に僕とクラリスも体勢を立て直す。



「クラリス、こいつらが本当に魔王なの!?」


「魔王なんかじゃないはず、だ。だが、普通のアンデッドでもない。何か強い力を感じる」



 小柄なスケルトンは再び剣を振り上げ、僕等に向かって飛び込んでくる。その動きは無駄がなく、隙を突かれたらさっきと同じく吹き飛ばされてしまう。



閃光プラル


 クラリスの杖から放たれた光は、そのまま爆発となりスケルトンを吹き飛ばす。そして、その衝撃でスケルトンはバラバラに砕かれた。


「やった!! 流石クラリス!」


 粉々になった骨を見て、安堵の息を漏らす。早くアレクに加勢しないと。

 僕は腰の刀を抜きながらアレクの元に向き直る。どうやらアレクも優勢の様だ。大柄なスケルトンの左腕と右足が粉砕され、さらにアレクの攻撃が続いている。



 ほっとしたのも束の間、次の瞬間にはクラリスに呼び止められる事になる。


「ハクト! まだだ!」


 クラリスが何の事を言っているかは分からないが、確かに焦っている。

 そしてその視線の先は、バラバラになったスケルトンの破片だった。


「ど、どうしたの……?」



 僕の言葉に反応した訳ではないだろう。だが、言葉を発すると同時にスケルトンの破片はカタカタと音を立てて動きだし、そして一箇所に集まり始める。


 破片の大半が集まった時、遂にその破片達は浮かび上がり一つの形を作り上げていく。

 そうして、僕達が何かをする間も無く、元通りのスケルトンになってしまっていた。


「ほーっほっほっほー! 見たか! これなバーンブ様の再生能力よ! あんた達じゃいつまで経ってもバーンブ様達に勝てないんだから。さっさと降参しなさい!」



 始めに襲ってきた女の方が誇らしげに声を上げる。


 ふとアレクに視線を戻してみると、どうやらアレクの方も同じ状況の様だった。

 アレクの攻撃で粉砕されたはずの四肢が、こちらと同じく元通りになっていた。


「なっ……! これじゃあいつまでも終わらないじゃないか……」




 このまま何度でも復活してしまうのであればいずれは僕達がやられてしまうだろう。


 まずい……。スケルトンだと思って油断していた自分を殴ってやりたい。



 こいつは、こいつらは本当に大魔王なのかも知れない……!!

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