第74話 再襲来

 初めて魔物に遭遇してから3日。僕達は変わらず東に進んでいた。


 あの日を境に、魔物の出現頻度が格段に上がった。多い時は朝昼晩と、食後に毎回現れて僕とアレクの修行の一環の様だった。


「本当に魔物って多いんだね。こんなに戦う事になるとは思わなかったよ」


「多分、これでも少ない方だよ。王国内はいくら田舎とは言っても巡回する辺境騎士団もある。他の国ではもっと魔物が多いと思うよ」



 御者台に座りながら僕とクラリスでそんな話をする。

 アレクは馬車の中で腕の包帯を替えているところだ。


 アレクの腕は毎日の浄化魔術によって少しずつ良くなってはきているが、まだまだ全快には程遠いらしい。

 ただ力は入らないが、邪魔にもならないそうなのでとりあえず日常生活には問題ないそうだ。



「強い魔物が出てこないのが救いだね。クラリスがいるとはいえ、強い魔物ばかり戦ってたら流石に疲労がたまっちゃうからね」


「そうか、ハクトはあまり魔物は詳しくないんだったね。たまには魔物の勉強でもしようか」



 そういうとクラリスは魔物について教えてくれた。




 魔物の誕生には諸説あるそうだが、王都の周りに現れたりする奴は、野生の動物が強い魔力を浴びてその姿を変質させたものが多いそうだ。

 狼型の魔物、ウルフェンなどがそれにあたる。


 その他だと、純粋な魔物として生まれるスライムやボストロールなどが僕の知ってる奴だ。



「この間の、ケルベロスなんかはどうやって生まれるの?」


「誰も見た事ある訳じゃないけど、ケルベロスなんかはそのどれにも当てはまらない。魔物は、基本的には魔族から生まれるんだ」


「それは人間みたいに子供として産まれるの!?」


「いや、魔族は子供を産まない。魔族は自分の魔力と生命力を混ぜ合わせて魔物を作る。平たく言えば分身みたいなものか」



 そうなのか……。

 という事は、この間見たケルベロスを生み出した魔族がいると言う事じゃないか。

 あれだけ強い魔物を生み出した魔族なのだ。ケルベロスよりも強いのだろう。






 クラリスから魔物の生態や魔族について色々教わっているうちに今晩の野営地を見つける。日が完全に落ちる前に準備を終わらせなければ。


 アレクと簡易的なテントを張っていると、後ろの林から気配を感じた。

 今日もまた魔物との特訓かなー、なんて軽く考えていたが、隣にいるアレクの様子がおかしい。


 恐れている訳ではないが、少し緊張している様に見える。今のところ林から強い殺気を感じることもない。

 一体どうしたのか。


「……ハクト、魔物ではない。人間だ」


 アレクの口から飛び出したのは、そんな言葉だった。


 その次の瞬間には、僕ら目掛けて特大の火球が飛んでくる!!


 僕とアレクは横っ飛びで火球を避けるが、テントがやられてしまった。


「ちくしょく、テントがっ!」


「そんな事を言ってる場合じゃない! くるぞ!」



 再び林に目を向ければ、今度は巨大な男がこちらに突進してくるのが見える。

 そしてあっという間に僕等の前に立ちはだかると、棍棒の様な物を縦横無尽に振り回しはじめた!


「あぶない!」


 僕は咄嗟にアレクを庇おうと飛びつくが、逆にアレクに跳ね飛ばされてしまった。

 そしてすぐにその場所を棍棒が凄まじい勢いで通り過ぎる。



「ハクト、落ち着け。早いが追える。俺も平気だ。お前はお前の出来ることをしろ」


 アレクがいたって冷静に話しかけてくる。

 そうだ、僕は何を慌てていたんだ。アレクもクラリスも、僕なんかより遥かに強い。それに、僕だってもっとやれる筈だ!

 慌てず対処すれば大丈夫……!


 そう考えると周りの様子も見えてくる。

 大男は最初の一撃を外してからは、遠巻きに様子を見てくるだけだった。

 それよりも、クラリスが見当たらない!

 もしかしてさっきの火球で……!?




炎嵐ファイアストーム!!」


 遠くの方で魔術を詠唱する声が聞こえる。慌てて視線をやると、そこにはクラリスに向かって魔術を放っている女が見えた。


 女が放った特大の火球は、クラリスにぶつかる瞬間に霧消する。


 続け様に放たれる様々な魔術も、クラリスは無言で杖を掲げてそのことごとくを散らしていた。


「あっちは大丈夫そうだね……。はっ、アレクは!?」


 僕が目を離した隙にアレクと大男は交戦状態に移っていた。


 大男の棍棒は確かに速い。だけどアレクはしっかりと見定めてギリギリでかわし続けていた。そして時折蹴りや突きをお見舞いして、確実に大男を弱らせていった。


「……こっちも大丈夫そうだね。なんか僕の出番はなさそう。というか、なんかこいつら見た事がある気がする……」



 先に決着がついたのはクラリスの方だった。

 どうやら相手が放った氷の魔術を極大の炎の魔術で押し返し、丸焼き寸前まで追い込んだ様だ。


 そしてアレクの方もどうやら決着したらしい。

 僕が最後に見たのは、アレクの長い足が相手の顔面を捉えているシーンだった。


 たまらず転げ回る大男。その男の横に女が駆け寄り、どうやら何か文句を言っている様だ。



「ちょっとアンタ、しっかりしなさいよ! アンタがやれるって言ったんじゃない!」


「だ、だってさ! あいつらなんか強いんだよ! ワシの攻撃は当たらないのにあいつらばっかりバシバシ当ててきて、しかも痛いんだよ!」


 なんだか内輪揉めをしているらしい……。

 この辺りで僕等はすっかり戦う気を失くしてたんだけど、どうやらこいつらは違ったみたいだ。


「あ、アンタ達! 私達を倒したからって調子に乗ってたら痛い目見るからね! なんてったってね、ここは大魔王ボン様とその側近、バーンブ様の領域だからね! アンタ達みたいな木っ端なんて一瞬で塵になるわよ!」


 なんだか無茶苦茶な事を言ってるが、気になる事もある。

 大魔王? それに、さっきからのこの既視感……


「ハクト、こいつらはノルンに行く時に襲ってきた奴だ。あの魔術覚えてるかい?」


 クラリスがそっと耳元で呟く。その呟きに、僕は得心がいった。


 そうか、あいつらだ。あの棍棒の男もそうだし、魔術を放ってた女もそうだ。

 クラリスの魔術で消滅したかと思ったけど、本当に生きていたんだ。


「思い出したよクラリス。あいつら生きてたんだね。それより、大魔王って言ってるけど、平気なの?」


「殺してはいないから、生きてて当然さ。大魔王は、さぁ、どうだろうね。本当に大魔王なら私達は生きて明日を迎えられないだろうね」





 クラリスにそうまで言わせる大魔王という存在。勝ち目のない、恐ろしく強い魔物なんだろうか。

 目の前の奴等は腕組みしながら僕等を見下ろしてくる。


 果たして僕等は生きてここを進む事が出来るんだろうか……。

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