第68話 秘術

「それはっ……! エリスが生き返るというのは本当なのか、クラリスさん!?」


「……聞いた事があるのは本当だ。だが、蘇生出来るかは分からない。私も聞いた事があるだけだ」


「でも……! それでも……!!」


 アレクはクラリスを見つめながら涙を必死に堪えていた。握った拳に力を込め、身体を小刻みに震わせている。


 アレクにとって大切な人が戻ってくるかも知れない。もしそうなれば、こんなに嬉しい事はないだろう。自分の事ではないけれど、僕も眼の奥が熱く痛くなってくる。


「クラリス。その話が本当だとして、僕等は一体どうすればいい? どうすればエリスさんを生き返らせる事が出来るの?」


「二人とも落ち着いて聞いて欲しい。この話を聞いたのは随分と昔だ。とある村でそういった秘術ばかりを研究している人間がいたそうだ。その人間が作った文献の中に、蘇生の術があったという話だ」


「その人間は……、その村はどこに!?」


「ここからずっと東に向かった森の深くにある、アルタールという村だ。帝国との国境近くにある。知っているかい?」



 アレクと顔を見合わせるが、どうも知らないみたいだ。もちろん僕も知らない。


「その村に、そういう研究をしていた人がいるの?」


「いた、という事を聞いた事があるだけだ。それが本当かは分からない。だけど、魔術師の中では蘇生の術というのは有名な話だよ。誰が開発した、誰が使えるという噂は定期的に流れてくる。そのほとんどが嘘っぱちだけどね」


「でも、この村は違う。そういう訳ですね?」


「私がまだここは調べた事がないというだけさ。過度な期待はしないでおくれよ?」


「それでもいい。それでも、俺はこの先に希望を持って生きる事が出来る。本当は生きている価値なんてないかも知れないが、エリスの為にも……」


「……今はそれでいいさ。今はね。いつか自分の生きる意味と償う方法を見つければいい。じゃあ、私はここについての調べ物をしておく。君達はどうするんだい?」


「僕はクラリスと一緒にその村について調べたい! それと旅の準備もしないとね」


「俺は……。俺はこの街を出る為、けじめをつけてくる。それが俺に必要な事だ」


「あぁ、じゃあそうしよう。それとアレク、あと二つだけ君に言っておかないといけない。まず、その右腕を出してごらん」



 クラリスの突然に言葉にアレクは首を傾げながら素直に従う。右腕の布をまくり、黒くひび割れた右腕を差し出す。


「……浄化シュトラーレ



 アレクの右腕に両手で優しく添えて、クラリスは魔術を使う。クラリスの両手が淡く白い光を放ち、それはアレクの腕全体をゆっくりと包み込んでいった。



「うっ……!」



 クラリスの魔術から害意は感じない。だけどアレクには痛みが走った様だった。顔を少ししかめたが、次第に痛みは和らいだのかいつもの表情に戻る。



 しばらくその様子を見つめていたが、やがて少しずつ光が収まるとそっとクラリスは手を離す。


「これは浄化の魔術だ。アレク、君の腕は呪いによってそんな状態になってしまった。治るかは分からないが、しないよりはマシだろう。これから少しずつ治療していくから、忘れないように。それともう一つ」



 アレクは自分の右腕を見ながらクラリスの話を聞いていた。傍から見た限り大きな変化は見えないが、本人は驚いている様で、しきりに指先を動かしていた。


「ありがとう、クラリスさん。もう一つは何だろうか?」


「もう一つは、エリスの遺体を見させて欲しい。君の家の地下にいるんだろう? 確認しておかなければならない事がある」


「……あぁ、分かった。じゃあ、エリスに会いに来るのは夜にして貰えないか。色々とこちらも準備がある」


「勿論構わない。それまでにこちらも準備しておく。今日の夜でいいだろう? 私達

 はその時間宿にいるから、使いを出してくれると助かる」


「ああ、分かった」



 それだけを話し、僕達とアレクはその場で別れた。


 クラリスはアレクを振り返ることなく倉庫を出ていく。幸いここは貧民街だ。人通りがそもそも少ないし、ボロ切れを纏っている僕達を気に留める人もいなかった。



 ……でも、アレクとあのまま別れてしまっても良かったのだろうか。


 エリスの事で多少なりとも希望が見えたといえ、あの腕や、昨日迄の事を考えたらやっぱり家に帰るくらいまでは一緒にいた方が良かったんじゃないだろうか。


「……ハクト、君は心配性だね。どうせアレクの事を考えていたんだろう? 大丈夫、彼はもう立ち直っている。彼の瞳を見たかい? 彼の瞳には強い意志を感じた。もう世捨て人の様な事はしないさ」



 そう言って僕の右手をそっと手に取り、再び歩き始めるクラリス。


 ああ、もう何でも分かってしまうんだ。

 そんなささやかな喜びを感じながら、僕達は黙って宿への道を進んでいった。








 ◆◆◆◆◆






 宿に戻り、夜の為の準備をする。特に僕はする事はないのだが、アレクとの闘いで服も防具もダメになってしまった。これはまた痛い出費だ……。そんな事を考えていたが、クラリスがじっと僕の腰を見ていた。


 何を見ていたかと思ったが、そこにはこの間手に入れたばかりの岩斬が下がっているだけだ。


「クラリス、どうしたの?」


「いや、たいした話ではないんだが、その刀は呪いの剣に打ち勝ったんだなと思ってね。キキの腕が良かったのか、材料が良かったのかは分からないが、それは立派な事だ。高いお金を出して手に入れたんだからね、大切にしなきゃね」



 そう言って刀の柄頭をポンポンと叩く。なんだか叩かれた岩斬も満足気な感じがするのは、気のせいなのかな?


「ところで、夜エリスさんの遺体を見に行って何をするつもりなの? 昼間話をしたアルタールの村の事もまだ聞いてないや」


「ん。まあ行けば分かる。そのアルタールに行くにも色々準備をしなきゃならないからね。エリスに会いに行くのはまあ、準備の準備ってところだね」


 なんだかあやふやなまま結局クラリスは教えてくれなかった。


 夜までまだ時間があったので、宿の近くの服屋にとりあえずの服を買いに行く。これから旅に出るのであれば、しっかり時間をかけてそれなりの物を揃えたいから、今日のところは着られればいいだけの物だ。


 服を買い宿に戻ると、そこには立派な馬車が止まっていた。髭を蓄えた紳士風な男が何やら店主と話し込んでいる。


「おお、お客さん! ちょうどいい所に戻ってきた。この人があんたらに用事があるってよ」



 宿屋の店主は慌てた様子で僕達に話かける。その話を聞いてか、紳士風の男は僕達に向き直って、丁寧にお辞儀をして話しかけてきた。


「お待ちしておりました。フリューゲル家執事のクルトと申します。アレク様よりお迎えに上がる様にと申し使っております。どうぞ、こちらの馬車へお乗りください」



 予想通りだが、アレクからの迎えだった。


 僕とクラリスは慌てて準備をし、そして馬車へ乗り込む。




 アレクと、そしてエリスを助けるために。

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