第59話 北からの帰還
「あー、久々に帰ってきたね。僕はこの街の出身じゃないけど、なんか懐かしい気がするよ」
「もうすっかりハクトもこの街の住人だね。悪い事じゃないと思うよ。自分の心に故郷をもつ事は必要さ」
1ヶ月半の旅を終えて僕達は王都へ戻ってきた。クラリスの言う通りここは本当の故郷ではないけど、もうすっかり僕の生きる街になっていた。
「じゃあ宿に戻ったら色々挨拶に行かなきゃね」
旅を終えたばかりなので本当はゆっくりしたいのだが、そうも言ってられない。闘技会で準優勝して貰ったお金は、この刀を作って貰うのにほとんど使ってしまった。
刀で言えば、キキから刀に名前を付けた方がいいと言われ色々考えた。考えたけど中々良い名前が決まらず、結局シンプルに『
僕の人生の中で岩を斬る事があるなんて思ってもみなかったから、それだけあの出来事は衝撃的だったのだ。
この岩斬を使って明日からの生活の為に、すぐにでも酒場の依頼を受けてお金を稼がないと!
宿に荷物を置いて受付だけ済ますと、僕とクラリスはその足で酒場へ向かう事にした。
酒場への道すがら露店でつまみ食いでもと思ったが、何故だかどの店も活気がない。
というよりは、客がいないようだった。
店の店主達も暇そうにぼけっとしており、仕事そっちのけでお喋りしている者も多かった。
「なんだか人が少ない……? 上手く言えないけど、活気がない様に感じる……」
「同意見だね。街の様子が少し暗い。何かあったのかな」
二人でそう言いながら酒場へ向かう。きっとジルバなら何か知っているだろう。
──ギイッ……
「おや、あんた達無事に帰って来たのかい! 良かった、心配してたんだよ」
酒場に入った僕等を見るなり、ジルバはそう声を掛けてきた。
「ええ、ジルバさん。なんとか無事に戻って来ましたよ。でも、なんでそんな驚いてるんです?」
「そりゃ驚くに決まってるわよ! だって、ノルンの町が滅んだって聞いたからね。あんたらも一緒にダメになったと思ってたよ」
……えっ?
「滅んだ!? 本当ですか? そんな事聞いてないですけど……。僕等が町を出る時は全然そんな様子はなかったですよ……」
「あんた達が今この街についたんだったらそういう事だろうね。ノルンが滅んだって聞いたのは3日前だよ。早馬でその情報が届いたから、ノルンが滅んだのは8日くらい前だろうね」
……僕等がノルンを出てから13日経っている。帰りはゆっくり帰ってきたから少し時間が掛かったのだが、そうすると僕等が町を出てから5日後にノルンは滅んだ事になる。
「……そんな。それは、それはなんでですか!?」
「聞いた話じゃ、魔物の大群が押し寄せてきて、遂に城門を突破されたって話だよ。あんたらはあっちで魔物には会わなかったのかい?」
そう言われれば、僕等がノルンについた時はウルフェンの大群が近くに出たという話だった。それに、ケルベロスなんていう信じられない化物もいた。
アレは魔物が押し寄せてくる前兆だったのだろうか。でも、それだってクラリスが全部倒したんじゃないのだろうか。
「ジルバさん、その魔物の種類はなんだったか聞いているかい?」
「いーや、そこまでは話は入ってこないね。ただ、見たことも無いような魔物もいたって事は聞いた。あたしに分かるのはそんなもんさ。でも、あんた達が無事に帰ってこれたならそれは本当に良かった」
確かに無事には帰ってこれた。だけど、だけど……!
「あそこに、あの町に住んでいた人はどうなったんですか!?」
「……それは分からない。だけど、普通魔物に滅ぼされたって言えば大体は全滅さ……。運良く生き延びた人間が、果たしてどれだけいたんだろうか、あたしには見当もつかないよ」
信じられない。ついこの間行っていた町が突然滅ぶなんて……。
小さな村が滅ぼされたなら分かる。だけどあの町はあれだけ立派な城門もあったし、町には屈強な男達も沢山いた。何も出来ずに滅ぶなんて考えられない。
「……キキはどうなったんだろう」
「さあ、どうだろうね。逃げれていればいいけど」
返事をするクラリスの声は酷く渇いていて、感情を押し殺している様に感じた。
ノルンの事が衝撃的過ぎて半分忘れていたが、この酒場にきた目的を思い出し、僕は再び口を開く。
「ジルバさん、ノルンの事も気になるのですが、僕はこの街の様子も気になるんです。みんな活気がないというか、人が少ないというか……」
「ああ、そうか。あんた達は帰ってきたばかりだったね。実はね、ここ最近王都で猟奇的殺人事件が頻発してるんだよ。だから皆怖がって外を出歩かなくなっちまった。戒厳令だって出てるんだ」
「猟奇的殺人事件ですが。それってどんな……」
「あんまり気持ちのいいもんじゃないけどね。死体が凄いみたいだよ。リンゴの皮を剥いたみたいに、ビロビロに広がった死体が用水路を流れてくるのさ。ああ気持ち悪い」
なんだそれ……。ちょっと想像したくないけど、どうしてそんな事が起きるんだ。
「それが頻発してるんですよね? 何人というか何件くらい……?」
「私も忘れちまったけど、10は絶対に越えてるね。最初の頃は皆気にして話題にしてたけど、今じゃ誰も聞きたくないみたいで口にする人間は少ないよ」
王都でそんな事が起きていたなんて。ノルンの事もそうだし、ここ最近この国では何が起きてるんだろう。なんだか嫌な感じがする。
「あんた達は多分大丈夫だと思うけど、一応気を付けるんだよ。夜の外出は要注意さ」
「はい、分かりました! もうしばらくは出かける用事はないので、明日からはまた依頼を受けたいと思います。僕に出来る事があれば是非やらせて下さい!」
「ああ、また頼むよ」
そう言ってジルバは一杯ずつ果実水をくれた。無事に帰ってきたご褒美だそうだ。それから他愛無い会話をいくつかして、僕達は酒場を後にする。酒場を出た時にはすっかり夕暮れ時だった。
「ハクト、せっかくだから何か美味しい物を食べて帰ろ?」
「……うん、そうだね! せっかく帰って来たんだもんね」
クラリスの提案に悩みつつも乗る事にした。僕らが向かった所はだいぶ馴染みになってきた、こじんまりした店だ。
適当に食事を注文しつつ、ジルバから聞いた話を二人で検討する。
「ノルンの町は、僕等が倒し損ねた魔物にやられてしまったんだろうか」
「その可能性も勿論ある。だけど、そうじゃない事も考えられる」
「っていうと?」
「私達は全部倒した。だけど、その後に別の魔物が押し寄せてきた。どちらかと言えばこの方が可能性が高いかな」
「どうしてそう思うの?」
「……。あの時私達が戦った魔物は、徹底的に潰した。鼠一匹逃げられないくらいに、奴等の根城を破壊した。もしあいつ等が生きていたのであれば、私は二度とあいつ等とは戦わない」
「……じゃあ本当に別の群れが押し寄せて来たのかな。どうしてそんなに魔物が多く来ちゃったんだろう」
「それは分からないね。いつかまた調べてみよう。それよりも私は王都で起きている殺人事件が気になる」
「殺人事件か、そうだね、怖いよね。なんで犯人は捕まらないんだろう」
運ばれてきた鶏肉の炒め物を突きながらクラリスと話し合う。
「うーん、私もこういう事は詳しくないけど、簡単に考えられる事は何個かあるかな」
「というと?」
「たまにはハクトも考えてごらん?」
僕のお皿から鶏肉を奪って口に放り込むクラリス。意地悪な顔でむしゃむしゃと肉を頬張る姿はとても愛らしい。
「うーん。とても素早い犯人で、姿を見つけられない」
「他には?」
「犯行現場をとらえたけど、強すぎて捕まえられなかった」
「ふむふむ、他には?」
「えーっと……。とても頭の良い犯人で、誰にも見つからない様に計画を立てて犯行をしている!」
「うんうん、他には?」
「もうわかんないよ! クラリスはどれが正解だと思うの?」
「ハクトはどれが正解だと思う?」
「僕は、なんとなくだけど凄く強い人が犯人なんじゃないかと思う。死体の……、凄い事になってるって聞くと、やっぱり力が強い人じゃないとできないと思う。クラリスは?」
「……私は、その全部を兼ね備えている人間じゃないかなって思うよ。どの条件も満たさないと、そんな芸当は出来ない。人を切り刻むのに、どれだけ時間がかかるか知ってる? あれはね、結構大変なんだ──」
「わかった、わかったから!! それ以上はなんか聞きたくないよ! ご飯が食べれなくなっちゃう」
ふふふと言いながらクラリスはそれ以上はやめてくれた。なんかクラリスの壮絶な過去を知ってしまったのかも知れない。……宮廷魔術師ってそんな事もするのだろうか。
そんな事を考えながら食事を終える。今日のご飯はなんだか味がしなかったな……。
深夜にはまだ時間のある夜の王都。二人で宿までの道をのんびり歩いて帰る。
こんな当たり前の日常がなんと素晴らしい事か。出来る事ならこのままずっとこうして暮らしていたい。
「キャ―――――ッ!!」
そんな僕の妄想を、闇夜と共に金切り声が切り裂いていった。
慌てて声の聞こえた方へ走っていくと、先ほどから話していたモノ、見たくなかったモノ、いつか人間だったモノが用水路を流れてくるのが見えた。
望んでなんていなかった。だけど、僕達は否応なしに猟奇的殺人事件に巻き込まれる事になってしまった。
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