第60話 犯人探し
流れてきた死体は、ジルバに聞いた通りの様子だった。
見たくない。でも見ないといけない。
最初に悲鳴を上げた女性は、気付いたらどこかへ行ってしまっていた様だ。周りには僕とクラリスしかいない。
「クラリス、どうしよう……」
「ハクト、落ち着いて。まずは騎士団に声を掛けてみて。私はとりあえずこの遺体をどうにかする」
「どうにかするって──」
「早くっ!」
クラリスに強い剣幕で急かされ、僕はその場を後にする。あの死体をどうするというのか。
少し走った所で、幸いにも警ら中の騎士団員達を見つける事が出来た。事情を説明し、現場へと同行する。
死体の発見現場では、クラリスが立ち竦んでいた。用水路の中を覗くと、なんと死体を包み込む様に水が凍っており、それ以上の損壊や流される事を防いでいる様だ。
「貴方が第一発見者ですか?」
「違う、その前に女性が見つけた。ただ、その人はどこかへ行ってしまった。その後に私と彼で駆け付けた」
なるほどと相槌を打ち、騎士団員達は死体を見つめる。既に見慣れたものなのか、あまり驚きの様子は見られなかった。
だが、僕は違う。こんな惨状見たくなかった。ただ、暫定的な第一発見者となってしまった以上、ある程度は検分に付き合わなくてはならない。
見たくはないが、仕方なく死体を確認する。ジルバから聞いていた通り、体中がほぼ全て切り刻まれており、ギリギリ皮一枚で繋がっている様な状況だ。
体の状況も酷かったが、もっと気になる所があった。
それは顔だ。
男の死体は、死後どれだけ経っているのかは分からないが顔面が恐怖と苦痛に歪んだまま死んでいる。
一体どれだけの恐怖を感じれば、苦痛を与えればこんな顔で死ぬのだろうか。
実況検分は直ぐに終わったが、僕は死体の顔がしばらく頭から離れなかった。
◆◆◆◆◆
宿に帰り部屋に戻る。普段なら僕とクラリスは別々の部屋に戻るのだが、今日だけはクラリスが僕の部屋に入ってくる。
「どうしたの? クラリスも、怖いの?」
「そう、私も怖いんだ」
クラリスがそんな答えをするとは意外だった。冗談かと思いまじまじとクラリスの顔を見つめるが、その顔は真面目そのものだった。だが、そこからの言葉は僕の予想を越えて行く。
「ハクト、あれは本当に怖い。あの死体は人の悪意だけを純粋に固めてぶつけられた様な死に方だった。それが何か分かるかい?あんな殺し方をするなんて、もうその犯人は既に人ではなくなっている可能性がある」
「……それって、どういうこと?」
「あれは呪いだ。呪術の類いだ。殺した人間なのか、はたまたその道具なのかは分からないが、あの死体には呪いの残滓が見て取れた。相当な強い恨みを持ってあの男を殺している。呪いの対象が果たしてどれだけいるのか、それが分からないと被害はどんどん拡大するだろう」
呪いって……。僕は呪いなんてほとんど聞いた事がない。御伽噺の魔女が恨みを募らせて死んだとか、それが呪いになるとか、そんな話しか知らない。
その呪いが現代の世界にあるなんて……。
「呪いと言うのは、存外身近に存在するものさ。ほとんどが八百長だが、中には本物の呪いの道具なんかもある。私も実際にはほとんど見たことなんてないけどね」
「呪いの道具って、どうしてそんな物が存在するの?」
「所説あってどれが正解かは分からないが、私が一度実物を見て研究した時に分かったのは、呪いとは一種の魔術の様なものだという事だ」
「魔術……」
「そう、魔術。魔術は魔術式を組み、そこに魔力を流し込む事で発動する。魔術式により発動する魔術が変わる。火、風、水等だ。じゃあそこに呪いの魔術を組み込む事が出来れば?」
「それは魔力を流し込む事で呪いが発動する……」
「その通り。だけど、この世には呪いの魔術なんて存在しない。だからどうやってそれが出来上がったのか分からない。それは果たして人の恨みなのか、悪魔の嫌がらせなのか。ただ、呪いの道具や魔術は確かに実在する。そしてそれはその使用者をも蝕む。呪いが身体と心を侵食し、やがて使用者は人でなくなる。それだけは忘れないで」
クラリスは、あの死体を怖がったわけではなかった。あの死体を作り上げた原因。それが呪いにまつわる何かだという事を恐れていた。そしてその呪いはやがて使用者を蝕む。その使用者はいずれ人ではなくなり、本当に恨むべき対象を見失い、無差別に悪意と死を撒き散らすと言う。
そうなればこの王都は……。
「ねぇクラリス、これってなんとか出来ないのかな」
「……ふふ、君はそう言うんじゃないかと思っていたよ。これは本当に危険だよ?」
「そんなの分かってるよ。今までも危険じゃない事なんて少なかった。ただ、これは放置して置いたらこの王都がいずれ危険に晒される。いや、もう晒されているかも知れない。僕達で何か出来るんだったら、少しでも役に立てるなら、僕等に出来る事をしたい」
「……危ない事はしないって約束してくれるかい? もう、死ぬ様な真似はしないって」
「もちろんだよ。僕は死なないし、クラリスも死なせない。そしてこの事件を早く終わらせよう」
僕の顔を見て、クラリスが優しく微笑む。
……うん、わかってた。多分クラリスも僕の事を分かっていた。二人で頷きあい、しっかりと準備をして、再び夜の街へと戻って行った。
◆◆◆◆◆
勇み足で夜の街に出たものの、僕とクラリスにはあてがない。どこで事件が起きたのか、被害者の共通点はなんなのか、犯人の目星はついているのか。
何一つ分からないまま出てきてしまったので、まずは情報収集だ。
「どこで情報を集めればいいかな? 騎士団の人にでも聞いてみる?」
「ハクト……、君は本当に学ばないね。街で一番情報が集まる場所、それはどこだと思う?」
こういう質問が来る時は、大体が答えが分かっている時だ。最近この質問をされたのは……。ノルンの町に行った時だ。その時の答え、それは──
「……酒場だよね?」
ニコっと軽く笑うと、そのままクラリスは僕の前を酒場に向けて歩き出した。
酒場の重厚な扉を押し開けると、この時間なのに人が少なかった。
やはり皆王都で起きている殺人事件を気にしてなのか、外出を控えている人が多いのだろう。
「いらっしゃいって、あんた達かい。この時間に来るのは珍しいね」
「ええ、ジルバさん。こんばんは。依頼ではないですが、ちょっと伺いたい事がありまして」
ジルバは無言で席を示すと注文を取りにやってくる。
「何にするんだい?」
「果実水で」
「私も」
僕等の注文に顔をしかめながらも言われた通りに二つのグラスを持ってくる。頼んでいないおつまみが来たのは、これから聞く事をジルバも分かっているからかも知れなかった。
「ジルバさん、それで──」
「今日もまた被害者が出たんだろ? 嫌だねぇ、怖いねぇ」
「……っ! どうしてそれを?」
「何年酒場の店主をしてると思ってるんだい。私が捌くのは別に依頼だけじゃないのさ」
流石の貫禄で視線を向けてくるジルバ。僕等の考えは間違っていなかったのだろう。
「じゃあ、ジルバさんははん──」
「たまにはいい場所に案内しようじゃないか。いつもこんなむさ苦しい所は嫌だろう?」
またしても僕の言葉を遮りジルバは言葉を続けてくる。そして有無を言わさず店の奥へと連れていかれた。
そこは歴とした応接室になっており、この酒場にはまるで似合わない。だが、奥のソファーに腰掛けるジルバは、その振る舞いでこの部屋の主である事を物語っていた。
「あんた達も帰ってきてから色々と調べたんだろう? この話はあんな所でするもんじゃあない。それで、何が聞きたいんだい?」
「ええ、その通りです。調べたというか、勝手にあっちからやってきたんですが……」
「今日、食事の帰りに用水路を死体が流れてきた。たまたま私達はその現場に居合わせたんだ。……アレはまずいぞ」
「そりゃまあ、なんというか不運だったね。それで、まずいって一体何がまずいんだい? まさかこの事件がまずいなんて言わないだろうね」
「当たり前だ。ジルバさん、今回の事件は呪いの力で被害が大きくなっている可能性がある」
「呪いってあんた、まさかそんな──」
「事実だ。現場を見て私が確認した。信じられないならそれで構わないが、被害はもっと大きく、無差別になるぞ。だから、知っている事を教えて欲しい」
「……あんたが言うなら間違いないんだろうね。わかった、私も覚悟を決めよう。二人とも、この話は誰にも言うんじゃないよ」
そうしてジルバが重い口を開いたのは、驚くべき事実だった。
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