第41話 鍛治師の正体

 偶然の出来事が重なり、僕はクラリスと共に北の鉱山都市『ノルン』を目指す事にした。


 新しい刀を作る為の素材、破断石ディスパライトを手に入れ、それを元ガルフの武器屋にいた職人の手で刀に仕立てて貰う為だ。


 ただ、現状ではその職人の事を全く分からない。

 方向性だけは決めたので、今後の為にガルフの武器屋へ行き、その職人の事を教えて貰わないとならない。



「ねえ、クラリス。こんな偶然ってあるのかな。僕等が考えた素材の採掘場所がノルン。その職人が向かった先もノルン。そのノルンって街で何かあるんだろうか」


「さあ、どうだろうね。ただの偶然だと私は思うけどな。ノルンは別に破断石ディスパライトだけを採掘している場所じゃない。鉄や他の鉱石も山程取れる。だからこその鉱山都市だからね」


 ……それはそうか、僕の考え過ぎだ。クラリスの言う通り破断石ディスパライトだけ採掘してる訳ないじゃないか。むしろ破断石ディスパライトは採掘のおまけかも知れない。何せ精製に手間が掛かるし、欲しがる人が少ないみたいだ。





 クラリスと歩きながら話していると、あっという間にガルフの武器屋に辿り着く。

 未だに闘技会の熱が冷めていないのか、相変わらずの盛況ぶりだ。


 人を掻き分け店に入る。目についた店員にリガルドを呼んでもらう様に頼むと訝しげな顔をされたが、黙って呼んで来て貰えるみたいでほっとした。


 ヒョイっとリガルドが現れ店の奥に通される。実際に客ではないが、こう繁盛している店で特別扱いされると少しだけ優越感に浸ってしまう。そんな僕はまだまだ子供なんだろうか……。



 応接間に通され、リガルドと相対してソファーに腰掛けると直ぐにリガルドが口を開いて来た。


「旦那、わざわざ来て貰って悪かったな。この間うちの使いを送ったんだが不在みたいだったからな。書き置きを用意しておいて良かったぜ」


「ええ、ありがとうございます。僕は基本的に昼間は酒場で仕事の依頼を受けてるので不在の事の方が多いんですよ。でもリガルドさんの手紙があって助かりました。それを読んでここに参りました」


「そうかい、そいつは良かった。んで、どうするんだい?」


「僕達もノルンに向かって、その職人さんに刀を作って欲しいです。なのでその職人さんの事を教えて貰えればって思って」


「……だよなぁ。残念だ。ハクトの旦那にはここの店の武器を使って貰えればって思ったんだがなぁ」


 肩を落としリガルドは言う。ただ、その表情には悲壮感はなく、半ば分かっていたかの様だった。


「その、すいません。僕はどうしても刀が良くて……。このお店の武器が嫌だって言う訳ではないんです!」


「ああ、ああ。分かってるって。大丈夫、気にしちゃいねえよ。ただうちで扱ってるのは武器だけじゃねえからな。防具なんかは贔屓にしてくれよな?」


 ごっついオッサンが片目をつぶり笑いかけてくる。お茶目な行動だが、異様な迫力で無言の圧力を放つ。プレッシャーに負けた訳ではないが、僕は黙って頷いておいた。



「それで、その職人の名前とか特徴を教えていただけませんか?」


「ああ、そうだったな。そいつの名前はキキ、歳は14だ。一応男だが、線が細いし大体いつも全身ローブを被ってるから女と見間違えるかも知れねえな。背もまだ低いからな」



 ──キキ!


 間違えでなければ闘技会で小太刀を使って僕と戦った相手だ。特徴も似ている。


「そのっ、キキって人は自分でも刀を使うんですか!?」


 慌てて問い掛けて少し大きな声になってしまう。


「なんだ旦那、キキを知ってるのか? そうだな、腕前は知らねえが刀に異常な執着を持ってるからな。使うなら刀しか選ばねえだろうな」


 ……やっぱりだ。恐らく僕と闘技会で戦ったキキで間違いないだろう。まさか刀の鍛治職人をしているとは思わなかったが。


「実は、キキさんは闘技会の二回戦で戦いました。見事な腕前で、キキさんの武器が壊れなければ僕は負けていたでしょう。まさか僕の刀を作った人だとは思いませんでしたが……」


「そうなのか? キキはそんなに良い腕してんのか。確かに刀を作らせたらうちの他の職人じゃ及ばなかったがよ。それで、ハクトの旦那は何かキキに思い入れでもあんのか?」


「あっ、いや……。そういう訳ではないんですけど。ただ、武器が壊れてもまだ戦えたはずなのに、キキさんはさっさとリタイアを宣言してしまって。僕としては腑に落ちないから、少し話をしてみたかっただけです」


「ふーん。まぁ旦那がそう思うのも分かるけどよ、キキは基本的に職人だ。自分で作った武器が戦ってる最中に壊れちまったらよ、やっぱりアイツとしては負けたと思うんじゃねえか? 武器は作った人間に取ってはプライドそのものだからな」


 なるほど、そう言われればそうかも知れない。あの小太刀にどれだけの思い入れがあったか分からないが、もし全身全霊を込めて作った物であれば、壊れた時点で心も折れてしまうのだろう。



「そうですね、その考えに思い至りませんでした。それであればキキさんに悪い事をしてしまいました。ただ、どちらにしても僕はキキさんが作った刀が欲しい。キキさんに刀を作って欲しいんです。だから僕はノルンへ向かいます。色々と情報を頂きありがとうございました」


 リガルドに丁寧に礼を言い席を立つ。出ようとする僕等にリガルドが慌てて声を掛けてくる。


「おう、旦那。ちっと待ってくれや。せっかくだから旦那に見合った防具を見繕わせてくんねえか? 広告料込みでサービスしておくからよ、頼むぜ」


 そう言ってリガルドは引き留めてくる。確かにここの武器防具は折り紙付きの一級品だ。リガルドが見繕ってくれるならば間違いもないだろう。


 客でもない僕等に親切にしてくれたのだ、これくらいしてもらっても良いだろう。クラリスと目を合わせてお互いに頷く。

 客でごった返す店内で、リガルドとの防具選びが終わったのはたっぷりと日が暮れてからだった。




 ◆◆◆◆◆




 クラリスと二人、部屋で摘める物を買って宿に帰る。

 結局リガルドに選んで貰った物は、鉄製の胸当、同じく鉄製の腕甲に肘当と膝当、脚甲だった。


 ガルフの武器屋で買った防具は、どれも薄く軽いのに強度はしっかりと有り、またデザインが統一されていて1ランク上の剣士になった気分だ。これで合わせて5万ギル。本来なら15万程の値札が付いていたので、半額以下だ。


 新しいおもちゃを手に入れた様なワクワク感があり、僕は宿屋についても防具を付けたままにしていた。



「……ハクト。食事の時くらい防具を外したらどうだい?」


「えっ!? ダメかなぁ? 剣士たるものいつ如何なる時も備えなければって、ダメ?」


「まぁ別にダメではないけどね……。でもそんな事言ってると本当に突然襲われちゃうからね。気をつけてね」


 そう言いながらクラリスは既に僕の事は見ておらず、先程買ってきた揚げ物をぽいぽい口に放り込んでいた。



 クラリスの事を見ながら、僕は昨日からの事を振り返る。

 ……良かった、これでまた刀が手に入る。今度は少し特殊な刀になるかも知れない。少し気が早いかも知れないが、でも新しい武器を手に入れられるのは単純に嬉しい。


 明日はノルンに向かう為の準備をしよう。またクラリスは美味しい旅の食事を作ってくれるだろうか。


 そんな事を思いながらクラリスと一緒に食事を摂る。

 新しい刀の事、新しい街の事、そしてクラリスとの旅を考えながら、夜は更けていった。

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