第四部 新たなる武器

第40話 新たなる武器を求めて


 結局、僕はアレクの申し出を受け入れて当面の間の武器を借りる事になった。


 食事会の後にアレクの家に招かれ、そこでいくつかの武器を試して見て借りる事にしたのだ。


 その際に初めてエリスと手合わせをした。エリスは女性とは思えない力強さで剣を振るい、僕は防ぐだけで精一杯だったのは内緒だ。


 最終的に僕は短めのロングソードを借りる事にした。

 騎士を目指す者として一度は使って見たかった物だが、普通のロングソードは刀を使っていた僕には違和感が大きく、結果として少し小さい剣にしたのだ。


「その剣はハクトに譲っても良いのだが。本当に良いのか?」


「ええ、僕は刀を使える様になりたいので。それまでの間貸して貰いますね。ありがとうございます」


「いや、そんな事は気にしなくていいのだ。それより……」


 言いかけてアレクはもじもじし始めた。一体どうしたんだろう?


「もうっ、アレクったら。何恥ずかしがってるのさ! ハクト君、またここに遊びに来てね。それで一緒に剣の稽古しようね! って、アレクは言いたいみたいよ。ねっ、アレク」


「いやっ、まぁ、そのだな……。ま、また遊びに来るといい。剣の鍛錬は一緒に行う相手がいるとより効果的だからな」


 この何時間かの短い間で分かった。アレクは恥ずかしがり屋で、カッコつけだった。それでも何かと理由を付けても否定しないのは、少なからず僕と仲良くしたいと言う事なんだと思う。ありがたい話だ。


「ええ、そうですね。僕も一緒に剣の稽古が出来る人がいると嬉しいです。これからも宜しくお願いしますね」



 そう言ってアレクと手を握ってから別れた。クラリスもエリスと何か言葉を交わしていたみたいだ。何を話したか聞いても教えてくれなかったけど。



 ◆◆◆◆◆◆



「ハクト、友達が出来て良かったね。これで私も安心出来るよ」


 宿に帰るなりクラリスはそう言ってきた。


「何に安心出来るの? 確かにアレクさんもエリスさんも良い人だけど、安心の意味が分からないよ」


「なんでもないよ。ただ、ハクトくらいの年頃には友達は少しでも多い方がいい。それこそハクトが良い人と言えるくらいだ。そんな彼らと仲良くなれたのは重畳だよ」


 クラリスは良く分からない事を言ってくる。でも、確かにアレク達と友達になれたのは良かった。二人とも貴族だから多少溝は感じるけど、だけど剣への情熱は多分本物だった。


 とりあえずの剣も借りれたし、これで明日からはまた酒場の仕事もこなせる様になるだろう。仕事をして、アレクと剣の稽古をして、たまに皆んなでご飯を食べたり。そんな当たり前の様な生活が、実は一番大切だったのかも知れない。


「そうだね、アレクさんとかとはこれからもちゃんとした関係を続けていけたらいいね。それで、僕達は明日からまた酒場の依頼を受けるんだよね? それでお金を貯めて、またみんなで食事にいきたいね」


「ああ、そうだね。それで、ハクトよ。私は明日から暫く酒場には行けない。ちょっと用事があるからね」


 クラリスの意外な言葉に思わず聞き返す。


「なんで? 用事って何?」


「ふふ、ハクト君。君は私の本業を忘れているね。私はこれでも錬金術師だ。ちょっと本業の方で用事があってね。君は闘技会で準優勝した腕前だ、もう一人でも依頼くらい受けられるだろう?」


 そう言ってウインクをしてくるクラリス。確かに簡単な依頼なら受けられない事もないだろう。だけど……、なんとなく不安だ。


「何、私の用事もそんなには掛からないさ。精々今週一杯で済むよ。その間別に依頼を受けなくたっていい、それはハクトの自由だ。でも、そろそろ一人でなんでも出来る様になったって悪くないんじゃないか?」


 クラリスの言う事ももっともだろう。いつまでもクラリスが居なければ依頼も受けられないなんて、そんな恥ずかしい事はない。

 自分では実感はないけど、闘技会で準優勝だってしたのだ。それなりに強くなっているはずだ。


「わかった、クラリスの言う通りだね。依頼くらい僕一人だってこなせるさ。明日酒場に行ってジルバさんに相談してみるよ」


 クラリスは満足気に頷くと、自分の部屋に帰って行った。


「よし、明日から改めての出発だ、頑張ろう」



 そう一人で呟いて、僕は明日からの依頼の準備をして早めに床に着いた。




 ◆◆◆◆◆◆



 そうして一人で依頼を受け始めて3日経った。


 相談しながら受けた依頼は、ジルバの配慮で危険性の低い物ばかりであり、なんとか一人でも無事に達成する事が出来た。


 ただ、一件だけ受けた討伐依頼で小型の狼を討伐したのだが、ここで剣と刀の違いが浮彫りなった。


 狼を倒す事は出来たのだが、一振りでは切り捨てる事が出来なかったのだ。剣の切れ味の問題なのかも知れないが、アレクの家に品質の悪い物があるとも思えない。やはり刀の反りがあの抜群の切れ味を生んでいるのだろう。

 僕は、より刀が恋しくなった。



 その日の夜、いつも通りクラリスと食事を取る。クラリスは自分の仕事の内容は教えてはくれないが、僕の受けた依頼の内容は聞いてくる。

 ただ、その日はクラリスの方から話があるみたいだった。



「ハクトよ、この何日かで私なりに色々調べた事がある。君は刀についてどこまで知ってるかな?」


 唐突の質問に僕は答えられなかった。


「僕は刀はこの街に来てから知ったよ。クラリスと一緒に武器屋に行って、初めて見たんだ。遠い異国の地で生まれた物で、大切に扱えばその切れ味は騎士の剣をも凌ぐ。クラリスからそう教わった。それ以上の事は分からないな」


 クラリスは一つ頷くと、刀についての説明を始める。



 刀と言う物は、このフライハイト王国から大陸を遥か東に向かい、海を越え、更にその先にある小さな島国で生まれたらしい。

 その島国は名をジスパニアと言い、大陸の国とは違う独自の進化を遂げた国であるそうだ。


 刀はその独自の進化の中で生まれた。

 特に際立って異なるのはその製法で、ジスパニア鋼、もしくは神鉄と呼ばれる鉄を元に作られる。

 そのジスパニア鋼を幾度となく鍛錬し、何億の層を作り、その結果剃刀の様な切れ味と、折れず曲がらない強靭な刀身を作り上げる事が出来るそうだ。


「そうなんだ……。凄いね、クラリスは良くそんな事を知っているね」


「何、大した事ではないよ。私も王立図書館で調べただけだ」


 なんとなくガッカリだ。ただ、多分クラリスは僕の為に調べてくれた事は間違いない。


「それで、その刀の成り立ちと僕には何か関係があるの? まさかそのジスパニアへ刀を買いに行くっていう話じゃ……」


「まさか。ジスパニアは本当に遠い所だ。刀一振りの為に行くなんて狂気の沙汰だね。それにジスパニアでもその製法、あるいはジスパニア鋼で作られた刀は手に入らないかも知れない」


「それなら、今の話は何の為に……」


「話は最後まで聞いて欲しいな。刀と言う物は本来ならジスパニア鋼とその製法で作られた物を指す。その作り方はガルフの武器屋の居なくなった職人は知っていた、もしくはそれでハクトの刀を作っていた。ただしここではジスパニア鋼は手に入らない。ただ、それに代わる材料を見つけたよ」


「えっ!? 凄いね! じゃあ、もしかして刀が手に入る……?」


「かも知れない。ハクトは破断石ディスパライトを知っているかい?」


破断石ディスパライト……。分からないな。その石が刀の材料になるの?」


「現状では可能性の話だけどね。破断石ディスパライトは特別な力を持っているんだ。ミスリルに負けないくらいのね」


「じゃあ値段も高いんじゃないの? それに、それだけの効果があるなら何で破断石ディスパライトで作られた武器は見ないんだろう?」


「それにも理由があるのさ。破断石ディスパライトの特別な力、それは魔力を通すという事だ。それはミスリルと同じ。ただ……」


「ただ?」


破断石ディスパライトに魔力を通すと、その名の通り物体を破断する。ミスリルであれば、魔力を高度に操れば様々な効果を発揮出来る。浄化の光、癒しの水、渦巻く炎なんかね。ただ、破断石ディスパライトは破断のみだ。だから使い道が非常に限られている」


「そっか。でも、それなら武器にすれば問題無いじゃないか」


「その通り。ただ、武器にするのが難しい。破断石ディスパライトは石だ。これを精製する事で破断鋼ディスポートダイトになり、この破断鋼ディスポートダイトで武器を作る事になる。そして、その精製が非常に手間だ。何せ精製には魔力を使うからね」


「あっ」


 ……そうか、ここに来てクラリスの言う事をやっと理解した。鉄であれ何であれ、原石を精製してその中の僅かな成分を取り出す。取り出した成分を集めて鉄なりの金属を作り、そこから必要な物を創り出す。


 そして、精製の段階で魔力を使うと、破断石ディスパライトの特性で物体を破断してしまう。それでは工房がいくつあっても足りないだろう。

 精製に魔力が使えないとなると、全て人力で行うしかなくなる。詳しくは分からないが、それには相当な労力が掛かるだろう。流通していないのはそういう理由だ。



「それともう二つ。一つは金属としての特性。破断鋼ディスポートダイトは鉄より強いが、例えば天狼鋼シリウダイトよりは弱い。天狼鋼シリウダイトはミスリルの上位互換だ。

 対して破断鋼ディスポートダイトはミスリルと同等くらいだろうね。だったらミスリルの方が欲しがる人が多い」


「なるほど。それともう一つは?」


「簡単さ。掘る人がいない。採掘されないんだ。理由は色々あるだろうけど、さっきも言った通り破断石ディスパライトを欲しがる人が少ない。だから出回らないんだ」


「じゃあ、なんでそれで刀の材料になるのさ」


破断石ディスパライトは需要がないから供給もない。ないのだったら自分で用意すればいい。自分で掘ればいい。自分で掘れば費用も掛からない。そして、破断石ディスパライトが埋まっているその場所が分かったからこれに目を付けたんだ」


「自分で用意するのか……。……なるほど。うん、うん。それはいいかも! それで、その場所って……」



 クラリスが口を開きかけた時、不意に部屋のドアがノックされる。


「夜分にすいません。お客さん宛に手紙を預かってましてお届けに来ました」


 クラリスとの話を中断しドアを開けると、宿屋の店主が僕宛の手紙を持ってきていた。なんでも、昼に僕を訪ねて来た人がいたそうだが、生憎昼間は依頼の最中で居なかった。

 だから手紙を残してくれたそうで、なんとも律儀な相手だった。


 手紙を受け取りクラリスの前に座る。話の途中ではあるが、差出人を見て僕は慌てて封を開ける。



 ────差出人はガルフの武器屋の店主、リガルドだった。


 そこには、居なくなった刀職人が現れて今後の拠点として活動する場所を確認出来たと言う事が、慌てた文字で書かれていた。



「ハクト。採掘場所は北の鉱山都市『ノルン』だ」




 そして、手紙に書かれていたその職人が活動する場所もノルンだった。

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