第39話 決着、その後

 僕が次に見た光景は、透き通る様な真っ青な空と悲しげなクラリスの表情だった。


「……あれ。どうして、クラリスがいる、の?」


「ハクト。良く頑張ったね。もう戦いは終わったよ」



 イマイチ状況が分からないが、クラリスが言うには既にアレクとの戦いは終わっているみたいだ。


「アレク、は? 戦いはどうなったの……」


「ハクト、君はアレクと戦い、負けたんだ」


 負けたと言う言葉に僕はピクッと反応する。その時、右手に刀の柄を持っている事に気付いた。……刀身の無い柄だけの刀だ。


 覚えているのは、アレクと戦って最後の最後まで力を振り絞り、刀を振るった。そこから先は僕の記憶にはなかった。


「ハクトの最後の一撃は、アレクと互角だったよ。ただ、君の刀が保たなかったんだ。最後は刀が砕け散り、そして君は負けたんだ」



 ……そっか、僕は負けちゃったのか。大切に使っていたつもりだったけど、相棒刀も壊れてしまったみたいだ。


 悔しい。でも、それよりも、なんだかスッキリとしたという感覚の方が大きい。


「今は、ここ、どこにいるの? どうしてクラリスがここにいるの?」


「もう試合は終わって、ここは闘技場のテラスだ。テラスの中庭で、君と二人だけだ」


 経緯は分からないけど、戦いが終わり僕はクラリスとこのテラスにいる。でもこの景色って……。


「なんか、あったかい……」


「ふふ、私の温もりかな? 君は結構傷ついていたからね。暫くはこのまま休むといい」


 多分、恥ずかしいけど、僕はクラリスに膝枕をして貰ってる……。でも、微笑みながら頭をそっと撫でてくれるクラリスの温もりは、抗うには少し温かすぎた。





「あ、あの〜、お取り込み中のところ申し訳ないんですが……」


 突然の第三者の声に、僕とクラリスはビクッとして慌てて起き上がる。不意に起き上がったせいで体中に痛みが走る。やはり大変な戦いであったのだ。


 痛みを堪えて声の方に目をやると、ニヤニヤしてこちらを見ているエリスと、顔中真っ赤に染めたアレクがいた。


「エリスさん……、それにアレクさんも。どうしたんです?」


 今までのやり取りを見られていたかと思うと僕の方が赤面しそうだが、あえて何もなかったかの様に努めて冷静に振る舞う。


「ああ、あのね、大会運営から通達があったの。明日の朝から表彰式をやるから、またここに集合って。それをハクト君達に伝えようと思って。……お邪魔だったかしら?」


「そ、そんな事ないです! わざわざありがとうございます! それと、アレクさんも、先程はありがとうございました。やっぱり強かったです……」


 僕の言葉にアレクはピクッと反応したが、一瞬目を合わせてまた逸らしてしまった。


「あの、アレクさん……?」


「もうっ、アレクったら! ここまで来てもそんな事して! ハクト君に話があるから来たんでしょ? 話したいって言ったのアレクでしょ?」


「あっ、ああ、そう、だな……。ハクト、さっきは見事な戦いぶりだった。たまたまハクトの刀が折れてしまったから勝利は俺の所に転がり込んできたが、ハクトの刀が折れなければどうなるか分からなかっただろう。全力で戦えて楽しかったぞ」


「こ、こちらこそ! アレクさんの剣術は凄いとしか言いようがなかったです。アレクさんと戦えて光栄でした」


 お互い、なんとなく上っ面で話をしている様に感じる……。そんな僕らを察したのか、エリスが冷ややかな視線を向けてくる。


「もうっ、二人ともどうしてそんな言い方しか出来ないの? お互い命を懸けて戦った仲なんだから、もっと開けっ広げに話せば良いじゃない! ハクト君、アレクは口下手だからごめんね。アレクはね、ハクト君と友達になりたいんだって」


 エリスの口からは衝撃的な発言が飛び出してきた。アレクは手で目元を覆っている。



「えっと、それは本当ですか?」


「ああ、えっと、なんて言うかだな……。友達……っじゃなくて戦友、そう戦友だ! お互い全力で戦った仲だ。実力も理解している。ハクトは強い。だから、これからは戦友としてお互い切磋琢磨して共に高みを目指して行けたらいい、そう思っている」


「……なるほど、そういう事でしたら。こちらこそ宜しくお願いします。改めまして、ハクト・キサラギです」


 そう言って僕は右手を差し出す。


「ああ、これからも宜しく頼む。アレク=フォン=フリューゲルだ」


 アレクは差し出した右手を力強く握ってきた。その手は優しく力強く、誠実だった。


「ボクも宜しくね、ハクト君。エリス=フォン=ミルヒシュトラーセだよ」


「……私も混ざっていいのかな」


 ボソッとクラリスが呟く。その声でエリスがクラリスの側に寄り、腕を絡め取ると『もちろん!』と、元気の良い声でクラリスと微笑み合う。


 先程までのぎこちない空気はどこかへ行き、僕達の周りには昔からの友達だったかの様な笑い声が響いていた。




 ◆◆◆◆◆




 翌朝、ボロボロの体を押して僕とクラリスは闘技場へ向かう。アレクと戦った際の傷はクラリスが直ぐに治してくれていたが、失った血まで戻る訳ではない。


 ただ歩くだけで全力で走った時の様な疲労が襲ってくる。これは暫くは酒場の依頼も受けられなさそうだ。


 ひいひい言いながら闘技場に辿り着くと、既に観客は相当数集まっており、表彰式が始まるのを今や遅しと待っている様だった。


 控え室に着くと、アレクとルボルが居た。準決勝の時はあれだけ挑発的な態度を取っていたルボルだったが、今はアレクに何やらヘコヘコして媚びている姿が見えた。


「おはようございます。昨日までお疲れ様でした。アレクさん、改めて優勝おめでとうございます」


 アレクに声をかけると、そっと静かに頷くだけだった。

 ……あれ? 昨日確かに打ち解けたはずなのに……。


 その答えはルボルだった。


「おう、小僧! 気安くアレクさんに話しかけてんじゃねぇぞ!? あんまり調子乗ってると俺様がギタギタにしてやっかんなっ!」


 ああ、なるほど。何があったかは知らないがルボルはアレクの取り巻きの様になっているのか。素っ気ないフリは火の粉が僕に降りかからない様にと、アレクなりの配慮だった。


 アレクの配慮を受け取り、僕は表彰式の開始まで静かに待っている事にした。



 大会運営から声がかかり、僕達は闘技場内に向かう。昨日まで戦っていたリングが今日は表彰台だ。



 会場に入ると、割れんばかりの歓声が上がった。

 観客はそれぞれ思い思いに選手の名前を呼んでいる。多くの女性がアレクの名前を呼んでいるのは、気のせいではないだろう。



 ……そう言えば、表彰式って何をするんだろう。優勝者は望む限り殆どの願いを叶えて貰えるって言うのは聞いていたけど、準優勝とか3位って……。



 僕のその疑問は、すぐに答えがでた。


「第3位、ルボル・アブラハムチーク。前へ」


 名前を呼ばれたルボルはニヤニヤしながら前に出る。そして大会責任者から、3位の記念のメダルと、パンパンに膨らんだ革袋を受け取っていた。


 なんだあれは……。もしかして……。


「準優勝、ハクト・キサラギ。前へ」


 続いて僕の名前が呼ばれる。気を取られていた僕はビクッとするが、何事も無かったかのように大会責任者の前へ進む。



「貴殿の戦いぶりは見事であった。更に腕を磨き、来年またこの大会への参加を待っているぞ」


 そう言われ、準優勝記念のメダルとルボルよりもさらに大きな革袋を渡される。


 片手で持つのがやっとの重さの革袋は、恐らく金貨だ。

 参加要項をよく見てなかったけど、優勝者以外にもちゃんと賞品が用意されていたんだろう。


 思わぬ賞品に驚きもあるが、やはり嬉しい。使い道はクラリスと良く考えよう。


 最後に優勝のアレクが呼ばれる。記念のメダルはアレクも同じだが、革袋は用意されていなかった。その代わり、大会責任者よりアレクの希望を問われる。



「アレク=フォン=フリューゲル。貴殿はその武勇をもってこの大会で優勝を果たした。その栄誉を称え、貴殿のいかなる望みも叶えて見せよう。貴殿の望む物は何か」


「私は……。私の望みはありません。この大会で優勝をする事、それが私の望みでした。そしてそれは既に果たされた。これ以上、望むべくはありません」



 そう言ってアレクは大会責任者に対して頭を下げる。


「そうか、その殊勝な態度や良し。しかし、この大会の権威にも関わる事だ。何か望むものはないのか?」


「ございません」


 アレクはバッサリと言って押し黙る。


「……うむ。では貴殿には大会運営責任者として貴殿の功績に見合った物を責任を持って届けよう。それは準優勝や3位の副賞の比ではなく、優勝者のみが預かれる栄誉ある物と約束しよう」


「はは、有り難き幸せ」


 再びアレクは頭を下げる。



 こうして、今回の闘技会の表彰式は無事に終了した。


 アレクはこの日の午後から御前試合がある為会場に残る。僕も本当はアレクの戦いを見て行きたかったが、昨日の戦いの傷で体の内側が癒えておらず、立っている事も辛かった為に残念ながら宿に戻る事にした。







 帰り道は、クラリスが僕のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれていた。


「ハクト、準優勝おめでとう。この革袋は凄い大金なんじゃないかな。凄いね、これでいつまでも私を養っていけるね」


「うん、そうだね、……って、そうじゃないよ! 養って行くって言うのは建前じゃないか。今回の事があってもなくても、僕はクラリスと一緒にいられたら嬉しいな」



 闘技会の帰りの何気ない会話。クラリスのいつもの冗談に、僕は普通に返す。それだけなのに、クラリスはやたら上機嫌だ。


 僕がそこそこ結果を残せたからかな?

 何にせよ、クラリスが喜んでくれてるんだから、それでいいじゃないか。明日からの事は、明日また考えよう。



 こうして、僕の初めての闘技会は幕を閉じた。

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