幕間 〜戦士達の休日〜(上)
闘技会から三日経った。
僕の体もやっと問題なく動く様になり、今日から外出をしようと思ってる。
その事をクラリスに言うと、とても喜んでくれた。
「これでやっと一人で出かけずに済むね。一人で出かけると、出歩く度に男に声をかけられて鬱陶しかったんだ」
喜んでいるのは間違いないが、嘘か本当か分からない事を言ってくる……。
確かにクラリスは美人だと思うけど、普段はローブで顔が見えないようにしてなかったっけ?
「ふふ、冗談だよ。例え声をかけられたって、そうほいほい着いて行くような安い女だと思っているのかい?」
僕の内心を当てられて少しドキッとするが、クラリスの冗談は分かりにくいんだ。仕方ないじゃないかと開き直る。
「それで、ハクトはどこへ行きたいんだい?」
「僕の刀を買った、ガルフの武器屋に行きたいんだ」
「新しい刀を買いに?」
「……違う、出来れば直して貰いに」
そう、僕の刀は闘技会のアレクとの戦いの際に粉々に砕け散ってしまった。折れた分の刀身がないので正確には直すとは言えないかも知れないが、それでもこの刀を捨てて新しい物、という考えは持てなかった。
「わかった、じゃあ今日はガルフの武器屋に行ってみようか。後、出来れば服屋も回った方がいいかな。君の服は闘技会でボロボロになってしまったからね」
話がまとまり、今日は二人で街中へ行く事になった。
闘技会準優勝の副賞は、何と100万ギルもあった。村人の年収に匹敵する金額を手に入れたので、その気になれば武器も防具も良い物が揃えられる。
ただ、クラリスと話し合った結果、まだ暫くは蓄えを作った方が良いと言うアドバイスを貰い、最低限の物を揃えるだけにした。
それに僕には他に使いたい事があった。
三日ぶりに外に出ると、やはりお祭りの様な人出だった。闘技会が終わったばかりと言う事もあって、街中では木剣を手に走り回っている子供達がやたら目に付いた。
そのままガルフの武器屋に辿り着くと、ここもお祭り騒ぎの様に人でごった返していた。
「うわぁ……。こんなに人がいる。前に来た時よりも凄いね」
「そうだね、やっぱり闘技会の後は興奮して自分も剣士に、闘士にって人が多いからね。それに見るだけならタダだ。武器屋は暫く大繁盛だろうね」
店の入り口で二人で話をしていると、客の何人かが振り返り僕等の事を見て驚きの表情を浮かべている。
(おい、あれって闘技会で準優勝したハクトじゃねえか?)
(え? あ、本当だ! 隣の女にも見覚えがある。ハクトだ、ハクト達だ!)
そんな声が聞こえたと思ったら、その言葉はあっという間に店内に広がり、武器を見ていた客達がこぞって僕とクラリスの周りに集まってくる。
「ハクトの兄ちゃんよ、闘技会の戦いは見事だったな!」
「ハクトさん、是非戦い方を教えて下さい!」
「ハクトくんカッコ良かったー! 私と一緒に食事に行きませんか?」
僕とクラリスは客に囲まれて揉みくちゃにされてしまった……。
客の流れが変わった事を不審に思った店員がこちらを覗き、慌てて店の中に引っ込む。
そして直ぐに別の店員が出てきて、揉みくちゃにされている僕達に声をかけて来た。
「ほらほら、お客さん方よ。あんたらが見にきたのは武器じゃねえのかい? 今から特別タイムサービスで10%引きだ、早いもん勝ちだぞ」
今度はその言葉に反応し、僕等を囲んでいた客は展示されている武器の方へ群がっていった。
「……はぁっ、はぁっ。まさかこんな事になるなんて……。あの、ありがとうございました。助かりました。でも良いんですか、勝手に値引きなんかしちゃって」
「おう、どういたしましてだ。どうせここにいる奴らの半分以上は冷やかしだ。ちょっと値引きして売れるんだったら万々歳だよ。それにここは俺の店だ。俺が値段を決めて何が悪い」
なるほど、そう言う事か。確かに客層の中には女性なんかもいたみたいだ。そういう人がロングソードなんか買って行くとは思えない。
そして、この人はこの店の店主の様だ。まさかこんなに早く会えるとは思ってなかった。ちょうどいい、この人が対応してくれているうちにこちらのお願いをしてみよう。
「あの、初めまして。僕はハクト・キサラギと言います。この店で買った武器が壊れてしまったので修理をお願いしようと思って伺ったのですが……」
「ああ? 本当にあんたがハクトなのか? この間の闘技会で準優勝した」
「ええ、そうですけど……」
「こりゃいいや! 兄ちゃん、あんたの話を聞いてやるからちょっと名前貸してくれな!」
そう言うと店主は店の棚に登り、他の客よりも一段高い所に頭を出した。そして大きな声で
「みんな聞いてくれ! あの闘技会で準優勝をしたハクト・キサラギ選手は、なんとうちの店の武器を使って結果を出したそうだ! お客の皆さん、うちの武器を使えば闘技会優勝も夢じゃないよ! 是非手に取って、その品質を確かめてくれ!」
と、突然僕の名前でお客さん達に猛アピールをし始めた。言うなり店主はまた僕達の前に戻ってきて、そのまま店の奥へと連れてってくれた。
「おうっ、悪かったな! でもいい宣伝になった。お礼と言っちゃなんだが、話くらいは俺が聞いてやるぜ。遅くなったが、俺はこの店の店主のリカルドだ。宜しく頼むぜ、上得意様よ!」
リカルドと名乗った店主は、そのごっつい右手を僕の方へ突き出してきた。
その手を取り、改めて僕も名乗る。
「いえ、僕の名前なんか宣伝にはならないと思いますが。改めてハクト・キサラギです。宜しくお願いします」
「……私はクラリスだ。ハクト専属の錬金術師みたいな者だ」
お互いに名乗り合った所で本題に入る。
「それで、ハクトの旦那よ。うちへの依頼ってのはなんだい? さっき武器が壊れたとかなんとか聞いたけどよ」
「ええ、そうなんです。先日の闘技会の決勝戦で、最後打ち合いになった時に壊れてしまって」
「ほー、うちの店の武器はそう簡単に壊れる様には出来ちゃいねえんだけどよ。その壊れた武器は持ってるかい?」
そう言われて、背嚢に入れていた刀を出す。と言っても、刀身はほとんどなく、柄の上に僅かに刀身が残っているのみだ。
「これだけか? この上の折れた部分はどうした?」
「折れたと言うより、砕けてしまったみたいで。僕の手元に残っていたのはこの部分だけなんです……」
リカルドは僕の手から刀の残骸を受け取ると、角度を変えながらまじまじと観察する。
暫く観察を続け、柄を机の上に置く。その後発されたのは、半ば予想していた答えだった。
「ハクトの旦那よ、悪いがこれはもう直せねえな。それに今はタイミングが悪い……」
「そうですか、直せませんか……。じゃあ買い直すしかないんですね。その、タイミングが悪いってどういう事ですか?」
「いやあ、なんて言うかよ、その……」
さっきまでの豪快さは隠れてしまい、リカルドはなんとも歯切れの悪い言葉を口にする。
「あぁ、隠してても仕方ねえな。ハクトの旦那よ、ここでの話は聞かなかった事にしてくれな」
そう言うと、リカルドは今この店の現状を話してくれた。
まず、この店の刀は全て売り切れてしまったらしい。ミスリル製のも含めて全てだ。
闘技会の影響かどうかは定かではないが、今まで売り切れるなんて事はなかったらしい。そして、刀を手に入れられなかった人は、注文製作を依頼したそうだ。これも分かる。今無いのであれば作って貰えばいい。急いでいる人以外は問題ないだろう。
……ただ、ここに問題があった。
なんと、このガルフの武器屋では刀は一人の職人が作っており、その職人が闘技会を境にしていなくなってしまったらしい。
なので製作依頼を貰っても、作れる保証がないそうだ。
「だから旦那の刀も直せねえし、作れねえ……。悪いな、せっかくうちの武器を使って貰ってるのによ。アイツ、いきなりいなくなりやがって……!」
どうしようもない現実を聞き、僕とクラリスは黙るしかなかった。やがてクラリスがその重い空気を破るかの様に口を開く。
「リカルド殿、どうしてその職人しか刀を作れなかったんだ?」
「簡単な話さ。質の良い刀を作るのは難しい。見様見真似でうちの職人連中がこぞって作ってみたが、そいつが作った刀に及ぶ物は出来なかった。だから店にはそいつが作った刀しか並んでねえよ」
じゃあ僕が買ったのもその人が作った刀だったんだ。この刀は初めて自分で買った物だ。愛着もあるし、何よりも手に馴染む。手に入らないと分かると、余計にその人が作った刀が欲しい。
何か手に入れる手段はないものか……。
「その人はどこに行ったんでしょうか」
「それが分かれば苦労しないんだがな。そいつは変わった奴で、刀しか作らなかった。だが、逆に刀であれば変わった奴も含めて何種類も作ってたな。闘技会の前に突然、しばらく休みを貰いますって言っていなくなっちまった。くそぉ、今が稼ぎどきだってのに……!」
最後はリカルドのぼやきだったが、だがその気持ちも分かる。これだけ繁盛しているんだ。刀以外の物も沢山売れているんだろう。そんな時一人職人がいなくなると言う事がどれだけ大変な事なのか。
「そうですか……。あの、出来れば僕もその方に刀を作って頂きたいです。もし戻られる様であれば、ご連絡頂く事は出来るでしょうか」
「んあ? ああ、勿論構わねえよ。あんたは闘技会のヒーローだ。そんな人間にうちの武器を使ってもらうってのは何よりだからな」
そう言ってリカルドに僕等の宿を伝える。その職人が戻ってきたら必ず連絡をすると約束し、僕等はガルフの武器屋を後にした。
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