第38話 決勝戦(下)

 肩で息をしながらアレクを見据える。


 大丈夫、怖くはない。ちゃんと戦える。

 だけど……。アレクと戦って勝てる気がしない。その未来が想像出来ない。


 これがクラリスの言っていた現実か。アレクと戦ったら良くて5分。今だったらその意味もよく分かる。



 だけど、だけれども、このまま引き下がれない!


 僕は優勝する為にここに来たんだ! 騎士になれたら、いくらでも強い相手と戦う事もあるだろう。その時に勝てないからと諦めて投げ出す訳にはいかないじゃないか。


 実力も運も含めてこの大会の決勝までこれた。千載一遇の大チャンスだ、絶対に逃さない!



 まだ僕の刀術をアレクには見せていない。さっきの東洋流体術の様に、初見の太刀ならばアレクにも通用するかも知れない。


 乱れた呼吸を整えて次の攻撃の為の準備をする。

 両手で握っていた柄を片手に持ち替えて、頭の中で自分の斬撃をイメージする。



 ──僕は息を止めて地面を強く蹴り込む。



 刀を投げるかの様に振るった腕は、今までよりも大きな弧を描きながらアレクの首元に向かって真っ直ぐに伸びていく。これを難なく受け止めるアレク。


 まだだ!

 そのまま体を回転させて刀を振り続ける。

 片腕で握られた刀はいつもの軌道よりも、より大きな円を描いてアレクの全身に向かって進んでいく。


 いつもよりも刀が重い。狙った所から少しずれる。だけど、普通の攻撃ではアレクには通用しない。

 僕は無我夢中で刀を振り続けた。



 刀に振られて体勢を崩した一瞬で、アレクの前蹴りが放たれた。身を捩ってかわすも、足先に触れて一度僕は離れざるを得なかった。


 だけれども攻撃はまだ終わらせない。一瞬で深く大きく息を吸い込み、再びアレクに向かって突撃をする。

 同じく繰り返される僕の攻撃に、アレクは余裕を持って対処している。そしてまたアレクの攻撃で突き放される。







 ……果たしてどれだけの突撃を繰り返したのだろうか。


 突撃しては突き放され、刀を振ればいなされる。

 幾度となく繰り返される攻撃に、アレクは辟易している様だった。

 それは、自身がいつか倒される不安ではなく、毛ほどもダメージを与えられない僕の攻撃に対する失望に感じる。


 それでも、それでも僕は諦めてはいなかった。

 身体は満足に動かず、呼吸もままならない。

 なのに身体は動き続ける。限界を越えて戦いを続けていた。



「所詮はこの程度だったか。体術は見事だったが、剣術まではそうはいかない様だな。筋は良いが、研鑽が足りない」


 そう言われて、何度目か分からない衝撃を腹に感じ、僕はリングの上を転がされる。


 だが、直ぐに立ち上がり構えを取る。



「随分と丈夫な奴だな。見た目にはよらない。では、ちゃんと俺の手で引導を渡してくれよう」


 霞んでくる視界で捉えたのは、アレクが始めに剣を握った時に感じたあの気迫だ。アレクはもう僕の茶番に付き合う気はないらしい。あの剣で決着をつけにくるだろう。


 だけど、負けない! 立っている限りは負けじゃない!


 疲労で笑う膝に鞭を打ち、僕は刀を握る手に力を込める。アレクの呼吸や間合いなどお構いなしだ!

 終わりの時間が近づいて来る中、残りの力を振り絞り、形振り構わず刀を振るって突っ込んでいく!



「うおぉぉぉ!!」



 ──その瞬間は、時が止まったかの様だった。


 先程までの怠さは感じず、体が軽く感じる。


 踏み込んだ足には力が漲り、瞬く間にアレクの懐へと飛び込めた。

 握った刀はさっきよりも軽く感じて、自分の思い描いていたよりも、剣筋がほんの少しだけ伸びてアレクの髪の毛を掠めて切り取った。


 これに一番驚いていたのはアレクだ。確実に捌いたはずの刀が自分の髪を一房とは言え斬り落としたのだ。



 この好機を逃せない。僕は攻撃の手を緩めずに刀を振るう。足元へ向けた剣先は、アレクの鉄製の膝当てを彼方へ飛ばす。

 胸元へ突き出した刀は、アレクの胸当てにその痕跡を刻み付けた。

 少しずつではあるが、何故か確実に速くなっていく僕の剣速。そして伸びていく間合い。


 アレクの予想を越えて届くその切っ先は、僅かずつではあるがアレクの体に傷を負わせて行った。




 だが、そんな小手先の変化に惑わされるアレクではなかった。いくつかの手傷は負ったものの、戦闘にはなんら差障りないものだ。

 僕の刀を軽く受けるのをやめ、確実に力強く受け止め始めた。そして、返す刀で僕への鋭い斬撃を放ってくる。


「くっ!」


 やはりアレクの剣は速い。見えてはいるが、それをかわすのは至難の技だ。

 だけど、今攻撃をやめる訳にはいかない。

 間合いを確かめつつ、僕は攻撃の手を緩めずにいた。こちらが攻撃し続ける限りアレクは全面攻勢には移れないからだ。



 気を入れ直し刀を振り続ける。さっきまでの倦怠感は既になく、今まで感じた事のない力が体の奥底から湧いてくるようだった。

 振り続けた刀は、いつしかアレクの剣と同等の速さまで加速されていた。



 そうしてぶつかり合う剣と刀。火花を散らしながら高く響く金属音は、観客の全てを興奮の坩堝に落とし込んでいくようだ。



「……うおおぉおぉぉおぉぉぉぉ!!」


 僕の攻勢に耐えかねたアレクが遂に雄叫びを上げる。上がり続ける僕の剣速に焦りを感じていたのかも知れない。剣を握るアレクの手は汗で塗れ、こめかみには青筋が浮き立っていた。



 その表情はまたしても怒りに変わり、遂に乱れる事のなかったアレクの剣筋が乱れ始めた。


 アレクの剣は雄々しく荒々しい唸りを上げながら迫り来る。まともに受けたのであれば、細腰の刀では刀身ごと砕かれるかも知れない。


 刀の刃を剣の腹に当て、軌道が逸れる様に誘導する。これをいなして反撃するつもりだった。

 だが、それでもその剣は揺らぐことなく僕に向かってきた。



 ────サクッ




 軽い音を立てながらアレクの剣は僕の脇腹を切り裂いていった。

 迸る血潮と襲いくる激痛。一瞬意識を失いかけるが、間断なく襲ってくる痛みでまた覚醒する。そして僕の行動は止まる。


 僕の怪我なんて関係なくアレクの攻撃は続く。頭に足に腕に。可能な限り防ぎはしたが、振るわれ続ける剣は僕の皮膚と肉を容赦なく切り刻んでいく。



 ……気が付けば、本当に僕は満身創痍になっていた。



 側から見れば立っているのが不思議なくらいだろう。僕は気力で立っているだけだ。

 そして血を流し過ぎている。そんなに長くは保たないと自分で分かる。

 全てにおいて僕を上回るアレクを倒すには、最強の一撃しかない。

 だけど、鞘の無い僕には最強の一撃は放てない。



 何かないのか。アレクを倒せる攻撃は。


 考えているうちにもアレクの剣は止まらずに僕へ迫ってくる。剣を受け続けているとゴリゴリと体力を削られる。全て削られる前に決着をつけないと……!





 その時、視界の片隅に鈍く光る物が見えた。

 僕の頭に一つだけ閃く攻撃。多分だけど、あれは使える! 出来るか分からないが、もうあれに掛けるしかない!


 藁にもすがる思いでその物へ飛びつくと、それは薄い金属の板だった。先程の攻撃で外れた、アレクの膝当だ。


 勢いを殺さない様に、そのままの流れで走り続け、僕は刀を腰に納める。



「うぅおぉぉおりゃぁあぁぁあっ!!」


 叫びながら走り込み、腰に納めた刀を勢い良く引き抜く。


 右足を前に強く踏み込み、腰を捻り刀を走らせる。

 手に掴んだ膝当を鞘代わりに刀身を滑らせ、抜いた刀を手首で返し、僕の刀は最大剣速に達する。



 僕の使える最大威力の攻撃。神速の抜刀術。

 今ある力の全てを使い、この一撃でアレクを倒す!


 最後の力が込めらた刀身は、今までのどんな攻撃よりも速くアレクの胴体へ吸い込まれていく。


「……っ!! 負けるかあぁぁあぁ!!」



 アレクも叫びながら剣を振るう。その瞬間にアレクの剣が青白く発光しているのが見えた。

 お互いに全力で仕掛けた一撃は、僕とアレクの前方の空間で交差し、雷光の様な火花を散らす。


 僕にはこれが最後の一撃だ。このまま押し負ける訳にはいかない。意地だけで握っている柄は、少しずつアレクの方へ押し込まれていく。


 ──押し切れるっ!!


 そう思った矢先、ふと均衡していた力が消え不意に訪れる力の空白に僕は体勢を崩す。

 単純な力押しでは分が悪いと思ったのか、交錯した剣をアレクが逸らしたのだ。そしてもう一度剣を引くと、今度はアレクが先制して仕掛けてきた。


「九連撃ノインブリッツ!!」


 アレクから放たれる高速の連撃。これを喰らえば僕は負ける。蒼白の剣が迫り諦めかけた時、一瞬キキと戦った時に言われた言葉が頭を過ぎる。



『最強の攻撃のその次。そこに見える景色がある』



 僕には抜刀術しかない。でもその次があるのだろうか。

 そんな事を深く考えている余裕はない。


 ぶつかりあった勢いを殺さず、そのまま身を捩る。そして手にしてた膝当で再度刀を滑らせてアレクの連撃に立ち向かう。



 正真正銘最後の一撃。僕は残った力を振り絞り刀を真一文字に振り抜く。





 それは一際甲高い音を会場全体に響かせ、そして一瞬の残心の後、僕の刀は粉々に砕け散った。

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