第36話 決勝戦(上)
『……闘技会決勝は午後からの開始となります。どなた様もお間違えの無い様にお願いします……』
会場にアナウンスが流れて、今日この後の決勝戦の時間を告げる。
僕とアレクの決勝戦が始まる時間だ。
アレクの戦いがあっさりと終わってしまったので結構な時間がある。
僕とクラリスは一度闘技場を出て食事を兼ねて最後の作戦会議をする事にした。
「さて、ハクト君。私が治療をしたのでアレクは万全の体調に戻っただろう。そんなアレクに対して君はどう戦うのかな?」
「それは……、決まってるよ。全力でぶつかるだけだよ。他に何かいい作戦があるの?」
「いや、私もそれに賛成だ。むしろそれしかないだろうね。じゃあハクト、君の全力はなんだい? 君はアレクに何が有効だと思ってる?」
「アレクに有効な攻撃……。やっぱり眼でアレクを捉えて、隙を見て攻撃、最後には抜刀術でって……、あっ!?」
「やっと思い出したんだね。今の君じゃ抜刀術は使えない」
……そうだった。
僕は準々決勝でキキと戦った時に鞘を壊してしまっていた。身体のしなりと鞘走りで剣速を加速させる抜刀術は、これでは使えない。
「そうだったね、鞘がないから抜刀術は使えないや。どうしよう……」
「もうここまで来たなら今更さ。そんな小さい事は気にしない。私がハクトに伝えたのは抜刀術だけじゃないだろう? それはあくまでも刀を使う為の武術だ。抜刀術じゃなくて、刀術だ。それを良く思い出してごらん」
クラリスは穏やかに僕に告げる。闘技会参加が決まった時、僕はクラリスから刀を使う為の術、つまり抜刀術を教わった。だけど、それだけじゃない。
……僕は刀で戦う為の方法を教わっていたんだ。それを今更だけど思い出した。
戦いの最中にこの事に気付いていたら、取り返しのつかない失敗をしていたかも知れない。今気付かせて貰えて助かった。
迷いのあった心が一つの方向に向かって収束していくのが分かる。それは僕だけでなくクラリスにも読み取れたみたいだ。
「そう、ハクト。それでいい。今の君の実力ではアレクには勝てないかも知れない。だけど、今持っている全ての力を使って挑んでごらん。そうすれば、そうだね。そんな惨めな戦いにはならないさ。負けたら慰めてあげるよ」
そうして悪戯っぽく微笑むクラリス。その笑顔は僕の緊張と迷いを一編に晴らしていった。
◆◆◆◆◆◆◆
闘技会決勝戦開始20分前。僕は既に選手控室に来て体を解していた。
アレクとの決勝戦では恐らく敏捷性が物を言うだろう。
いついかなる方向へ動くか分からないので、全身の関節と筋をしっかりと温めて、万全の状態に整えておく。
その時、控室の扉がガチャと音を立ててゆっくりと開いた。
ふと視線をやると、当たり前と言うか、アレクがそこには立っていた。
アレクは一瞬僕の方に視線を向けるが、すぐに逸らすと自分のスペースへと向かって行った。
……なんとなくだけど寂しい感じがする。
僕は昨日今日のやり取りでアレクと親しくなった気になっていたのかも知れない。
だが、アレクの態度も当然と言えば当然だ。
まもなく決勝戦で戦う相手だ。殺し合いにはならないかも知れないが、それでもお互い持てる力を全て相手にぶつけるのだ。
馴れ合って油断が生まれれば、それは戦いでは致命的な弱みになる。
どうやら浮ついていたのは僕なのかも知れない。アレクに恨みはない、むしろ憧れる相手ではある。だけど、そんな心の隙は見せちゃならない。憧れる相手だからこそ認めて貰える様に全力を尽くすべきだ。
僕は頬をペチっと叩くと気合いを入れ直す。
よしっ、大丈夫! きっと戦えるし、きっと勝てる!
そうして開始時間まで身体を解し続けた。
闘技会決勝戦。その戦いが間もなく始まろうとしている。
会場に足を踏み入れた途端に、昨日までとは比べ物にならない熱気を感じる。
会場中央のリングに上ると、観客から割れんばかりの歓声が上がる。果たしてこれは応援なのか、それとも罵声なのか。
しばらくすると正面からアレクがリングに登場する。
僕の時とは比べられないくらいの歓声があがり、その声は僕の時よりも黄色い歓声が多かった様に感じた。
アレクの表情は至って冷静だった。決勝の興奮もなく、緊張もなさそうだ。静かにリングに上り、僕の正面に立つ。その目は僕の胸の奥まで貫くかの様に研ぎ澄まされていた。
アレクの瞳に一瞬だけたじろぐが、覚悟はもうとっくに決めている。負けじとアレクを睨み返し、僕は心を奮い立たせる。
無言で視線を交わす時間が過ぎる中、アレクが唐突に話しかけてきた。
「……ハクト。お前の事は俺の連れのエリスが気にしていたんだ。今回の大会ではお前が大きな実力を秘めている、もし戦ったら、俺が負けるとも言われた」
「エリスさんが……。勝つか負けるかは分かんないですけど、勝つつもりで僕はここに立っています」
「ああ、そうだな。勿論俺もそのつもりだ。そしてエリスにそこまで言わしめたお前を倒して、俺は実力を示さなくてはならない。だから本気で来い、ハクト。その上でお前を倒してやる!」
冷静そうに見えたアレクだが、その実胸には秘めたる焔を宿していた。ともすれば自分の身を焼いて焦がしてしまう程の熱量を持った焔は、今真っ直ぐに僕に向けられている。
……アレクは本気だ。本当の本気なんだろう。アレクからの気迫で、肌がピリピリと粟立つのを感じる。
腹の奥にぐっと力を込めてアレクの気迫に耐える。
耐えるだけじゃダメだ。押し返せるだけの気力がないと……!
まだ戦いは始まってない。なのにこの緊迫感。アレクの気迫に押し潰されそうになる。
僕は深く息を吸って、戦いの鐘が鳴るのをじっと待っていた。
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