第37話 決勝戦(中)

 お互いに睨み合ったまま、リング中央に立つ。


 僕とアレクの静かな牽制などお構いなしに会場のボルテージはどんどんと上がっていく。



 ────そして、静かに試合開始の鐘が鳴り響いた。



 僕は鐘の音を皮切りにして、アレクへ真っ直ぐ飛び込んで行った。焦り過ぎだったかも知れない。だが、直ぐにでも動かないとアレクからの圧迫に耐え切れなかった。



 まずは小手調べにと拳と脚で連撃を放つ。小手調べとは言え、キチンと急所を狙って打っているので、当たればそれなりにダメージは残るはずだ。


 そんな僕の考えを見透かしているのか、アレクは軽々と連撃をかわした後、僕の腕を捻り上げて投げ飛ばす。



「軽いな」


 僕を叩きつけてアレクは一言だけいい放つ。


「軽い……? 何の事ですか」


放り投げられて体勢を立て直しながら問いかける。



「攻撃の事ではない、お前の行動が軽いのだ。俺を倒したかったら、最初から全力で来い」



 そう言うアレクは、まだその場から動いてすらいなかった。

 そして、お返しとばかりに僕に真っ直ぐ飛び込んでくる。



 アレクの行動は見えていた。だからどんな攻撃が来るかも想像は出来た。


 ……だけど、僕の体はアレクの攻撃に対して反応出来ていなかった。



 アレクは、真っ直ぐ向かって来て、右と左に一歩ずつステップを踏みながら蹴りを放っただけだ。

 だけど、実際に僕が受けたのは右の拳だった。


 見えなかった訳じゃない。ただ、アレクは拳をギリギリまで死角で隠していたのだ。そして僕が気付いた時にはすでにその拳は僕の顔面を捉えていた。



 一撃を加えたアレクは、そのままの勢いで殴る蹴るを繰り返す。相変わらず腰の剣は鞘に納められたままだ。


 僕は最初の一撃以外直撃こそしなかったが、その全てをかわし切る事は出来ずに、アレクの拳の重さを全身で感じていた。




 暫くするとアレクの乱打の嵐は止み、お互いに一度距離を取る。



「なんだ、そんなものなのかお前の『眼』と言うやつは。エリスも買い被り過ぎだな」



 アレクの言葉に僕は反応出来ずにいた。買い被りか何か知らないが、僕は僕に出来る精一杯で戦うだけだ。勝手に期待して勝手に失望されたっていい迷惑だ。



 ここに来て初めてアレクに対して敵意を持ったのかも知れない。

 いい様にやられてイラっとしたのもある。表面上には出してないつもりだが、表情にはその心の動きが出てたのかも知れない。



「いい表情だ。そのまま来るがいい」


 アレクは見透かした様に言ってくる。

 憧れてたけど、いけすかない。そもそも剣士なのにまだ剣を納めたままだ。


 ……絶対に剣を抜かせてやる!



 僕は自分の刀を一度腰の帯に戻し、両拳に力を入れて握り直す。少しだけ腰を落とし前傾姿勢になると、そのまま地面を蹴った。



 今度は小手調べじゃない。殴り倒す為にアレクに向かう。僕の分かりやすい陽動でアレクも悟ったのか、僕の拳にアレクもまた拳で返してくる。


 そのままリング中央でお互いに殴り合う。剣士同士の戦いのはずなのに、そんな事は彼方に放り捨ててまるで子供の喧嘩の様に殴り合う。


 恐らく、アレクは体術も心得があるのだろう。構えがちゃんとしているし、突きや蹴りを放つ時にも体の軸がブレない。


 対して、僕は体術など習った事はない。だが、一時は傭兵を目指していたベンタスと共に良く組み手をしていた。

 ベンタスはどこで習ったか知らないが、東洋の体術と言うものを覚えていて、その攻撃は流れる様に動きながら打突を繰り返すものだった。


 それは僕がクラリスに教わった刀術に近いのかも知れない。頭の中でベンタスが使っていた技をイメージし、自分で覚えた刀術の動きと組み合わせてアレクに対して攻撃を放つ。


 アレクの拳は一つ一つが重く、速く、正確だった。だが、最初に放った死角からの一撃以外は意外性のある攻撃はなく、落ち着いて対処すればかわせない事はない。



 それに対してアレクは、僕の様な動きの体術は見た事がないのかも知れない。アレクの攻撃に対して曲芸の様に体を捻りながらかわし、その上で反撃を繰り返す。


 僕の付け焼き刃の攻撃では大したダメージはないかも知れないが、それでも的確に当て続ければ少しずつは蓄積されるし、何よりもアレクは殴られる事に苛立っている様だった。



 そのうち、アレクの体から正確さが徐々に失われてきた。それは果たしてダメージの蓄積なのか、それとも心の焦りなのか。

 アレクの力任せの回し蹴りを僕は目一杯しゃがんで避け、そのまま軸足へ脚払いをする。

 冷静なアレクであれば難なくかわせただろう。しかしこの脚払いはアレクの軸足を刈り取り、その体勢を大きく崩した。



 ────ここだっ!!


 体勢を大きく崩したアレクに対して、僕は腰にあてた拳を力一杯上に振り抜く。


 アレクの顎を狙って放った拳は、その狙いが逸れて顔の中央、鼻にめり込む事になる。

 ゴギッと鈍い音を響かせて、僕の拳はアレクの顔面を打ち抜いた。



 これには流石のアレクも形振り構ってられず、後ろに転がりながら体勢を立て直すのが精一杯だった様だ。


 少し離れた場所に立つアレクは、無言で僕を睨み付ける。その鼻から血がドバドバと垂れており顔の下半分を真っ赤に染めている。



「……変わった体術だな。それに俺の動きに反応する身体能力も見事だ。最初の評価は改めよう。お前は強い」



 それだけを言うと、アレクはその手で鼻を拭い血を拭き取る。

 そして、そっと剣の柄に手をかけると静かに鞘から抜き出す。


「遊びは終わりだ。剣士は剣士らしく、剣で決着をつけよう」


 そう告げたアレクの身体からは、目に見えない蒸気の様な物が勢いよく吹き出している様だ。言葉通り遊びは終わりみたいだ。


 僕も自分の帯に差していた刀を抜き、アレクに対して正眼で構える。



「やっとアレクさんに剣を抜かせられました。これで本当の勝負が出来ますね。絶対に負けません!!」


 構えた刀の柄に力を込める。全身から気迫が吹き出す様な程の力は僕にはないが、それでもアレクに負けじと気を込める。



 アレクは僕の言葉に軽く頷くと、黙って静かに、そして力強く地面を蹴った。



 ────速いっ!!



 上段から振り下ろされた剣は、淀みない軌跡を描き僕の頭へ振り下ろされた。

 刀の鎬に手をかけ、鍔元でアレクの剣を受ける。


 ただ一撃を受けただけなのに、その衝撃が脳天を貫き、全身が落雷を受けたかの様に痺れる。


 アレクの攻撃はそこで止まらない。一度引いた剣を横に振り、今度は胴体を引き裂くべく刃を滑らせる。

 受け止めるには姿勢が悪く、身を捩って剣をかわす。

 ギリギリかわせたが、まだまだアレクの手は止まらない。右から左から襲いくる剣は、僕の急所を目掛けてまるで磁石の様に吸い込まれてくる。


 刀の腹で受け、時に捌き、気を抜けば一瞬であの世に連れて行かれる攻撃を、僕は耐え続けるだけで精一杯だった。



 一旦剣戟の嵐が止み、少しだけ間が開く。ふと目をやって見たアレクの表情は、冷静そのものだ。彼に取っては今の攻撃など当たり前の事でしかなく、日常の鍛錬での一コマにも及ばないかも知れない。



 それに対して僕はどうだ。

 アレクの剣を完璧には捌けず、皮膚は裂けあちこちに打撲を負っている。

 ただ一合打ち合っただけなのにこの有様だ。


 そして……、そもそも僕は刀を振れていない。捌くために使ったが、アレクを仕留める為には使えていない。



 先程までの苛立った表情ではなく、剣を抜いたアレクはまるで氷で出来た彫像の様に冷ややかで、冷静だった。


 この大会で様々な相手と戦った。その中で言えば、キキが群を抜いて強かった。あの速さや身のこなし。まともに戦えば僕には勝つ事は出来なかっただろう。


 だけど……、アレクの攻撃はその全てを上回っていた。速さ、重さ、そして持久力。


 キキは魔術で無理矢理肉体を強化して戦っていた。だからスタミナに難ありで、戦い始めて間もなく限界が訪れた。


 だが、アレクは日頃からの弛まぬ鍛錬の成果か、拳で戦おうが剣を振るおうが、決してその呼吸は乱れていない。





 ここに来て僕は埋め難い圧倒的な力の差を感じていた。


 ……果たして、こんな相手に勝てるのだろうか。

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