第35話 準決勝


 翌日、準決勝で戦う為参加者一同が闘技場に集まる。今日の準決勝は3人で行われる。その為1人は不戦勝で決勝戦進出が決まっている。


「さあ、今日はどんな組み合わせになるのかな……。もしかしたらここでアレクさんと当たるのかな」


 僕しかいない控え室で一人で呟いていると、扉が開きアレクともう1人の参加者が入ってくる。



「……おはようございます」


「ああ、おはよう」


「……」


 アレクは返事をしてくれたが、もう一人は無言で睨み返してくるだけだ。

 褐色の肌に髪のない頭、筋骨隆々の体が特徴的な男だった。



 そのまま暫くすると、審判が入ってくる。


「皆さんおはようございます。今日は準決勝ですが3人しかいないので、試合内容次第でそのまま決勝戦まで行いますのでご注意下さい。明日予定していた決勝戦は行われず、優勝者による御前試合となりますのでご了承下さい」



 突然の予定繰り上げを告げる審判。果たして運営としてそれでいいのかとも思うが、明日の御前試合でそれを賄えるだけの何かを用意しているのだろう。


 まあいいや、今は目の前の戦いに集中しよう。果たして組み合わせはどうなるのか……。



「準決勝の案内をします。準決勝第一試合はアレク=フォン=フリューゲル対ルボル・アブラハムチーク。試合は30分後に開始になりますので、それまでに会場へお願いします」



 なんと……! 準決勝は僕が不戦勝となった。まさか。僕が決勝戦に進めるなんて……。決して実力ではないけど、決勝に進む。これが事実だ。


 良く分からないけど、体が震えてくる。嬉しさなのか、興奮なのか、それとも恐怖か。





 僕が黙って震えていると、ルボルと呼ばれた褐色の男が寄ってくる。


「よう、クソガキ。運だけで決勝に進むなんてついてるな。だがな、それもここまでだ。あの金髪のガキを殺したら次はお前だ。そのまま震えて待ってろ」


 ハッハッハー、と下衆な笑い声を残しながらルボルは消えて行った。大口を叩いていたが、果たしてアイツが決勝に来るのだろうか。



「……おい、ハクトと言ったか。大丈夫だ、決勝には俺が進む。お互い正々堂々戦おう」


 アレクが珍しく僕に話しかけてくる。そして、アレクも同じく決勝戦の話をしてきた。どちらが勝つかは分からない。でも……、僕の本音では出来る事であればアレクと戦ってみたかった。


「ええ、僕も楽しみにしてます。ここで負けないでくださいね」


 アレクは僕の言葉に目を丸くしたが、次の瞬間には不敵な笑みに変えてしっかりと僕を見つめてきた。


「ああ、少し待ってろ。必ず俺が勝つ。そしてお前にもな」


 言ってから身を翻して会場に向かうアレク。その後ろ姿は颯爽としており、これから戦う相手かも知れないのに眩しく輝いて見えた。




 ◆◆◆◆◆◆◆




 二人が会場に入ったので、僕は控え室を出て観客席に向かう。昨日までは控え室で待機だったが、今日はもう自由で良いみたいだ。どちらにしてもこの試合が終わらない限り僕の出番はない。せめてこの戦いを見て、次の戦いの糧にしたかった。


 僕が観客席に座っていると、すぐさまクラリスが現れた。一体どうやって僕を見つけたんだ。


「私には君の居場所がすぐに分かるのさ。これはもう本能だね」


 嘘か本当か分からない事をいいながら隣に座る。しかしその目は観客席を見つめており、いつになく真剣な表情をしていた。


「僕は不戦勝で決勝に進む事になったよ。不本意だけど、ちょっとありがたいよね」


「不戦勝でもなんでも進めるならいいさ。決勝の戦いでそれが運だけじゃない事を証明すればいい。さぁ、君の相手はどちらになるのかな」



 闘技場では既に二人が向かい合っており、それぞれ獲物を手に睨み合っている。


 アレクは騎士の様なロングソード、ルボルは極端に湾曲したショートソードの様な剣を二本持っていた。


 睨み合う二人の緊張感が観客席にも伝わってくる。その緊張がピークに達した時、戦いの鐘がなる。



 先に飛び出したのはルボルだ。ルボルは湾曲した剣を曲芸の様にクルクルと回しながらアレクに近づく。そして、片方の剣を勢い良くアレクに投げつける。


 唸りを上げて剣は飛んでいくが、かわせないアレクではないだろう。軌道を見切り体を捻る事でその剣をかわす。次の瞬間、ルボルが持っていたもう一方の剣も合わせて飛んでくる!


 アレクはその剣も余裕でかわす。少しだけ体勢を崩すが、直ぐに立て直し剣を構える。しかし、その瞬間にルボルが厭らしい笑みを浮かべた。



 ──ルボルの放った剣は、アレクを通り過ぎた後その軌道を変え、後方からアレク目がけて戻ってきたのだ。


 油断していた訳ではないだろう。しかし、後方から飛んでくる剣を完璧にかわすのは不可能に近い。



 二本の剣はそれぞれアレクの両腕の肉を掠め取り、ルボルの手に戻っていく。


「へへへ、兄ちゃんよ。こんなもんもかわせない様じゃ話になんねえな。俺の剣はまだまだ速くなるぜ?」


 腕を傷付けられたアレクは剣を構えられないのだろう。力なく腕を垂れ下げ、無言でルボルを睨みつけるだけだ。


 ルボルはそんな事お構いなしに再び剣を投げつける。飛んでは戻りを繰り返している剣が、気付くとその数を増やしていた。


 曲芸の様に剣を投げている最中、ゆったりとした腰履きから更に短く曲がったナイフを取り出し、それもアレクに投げつけていたのだ。


「くっ!」


 これには流石のアレクも形振り構ってられなくなったのだろう。全力で転がり、飛んでくる剣を避ける。


 転がるアレクに対してもルボルは攻撃の手を休めない。戻ってくる剣を受け止めてはアレクに投げ続けた。


 アレクは少しずつ傷を増やしていく。青を基調とした服がアレクの血で黒く染まり、所々肌も露出している。だが、その目は光を失ってはいなかった。




 ルボルの攻撃が一段落し、お互いにリングの上で睨み合う。


「おいおい、避けてるばっかりじゃ勝てねえぞ? そんなつまんねぇ戦いすんじゃねえぞ?」


 ルボルはアレクを煽り立てる。しかし、アレクは至って冷静だった。


「貴様のそんな曲芸に真面目に付き合えるか。貴様こそそんな陳腐な攻撃ではいつまで経っても俺は倒せんぞ」


 アレクの美麗な顔に一筋の血が滴る。言葉程アレクに余裕がある様には見えないが、今のやり取りの中で何か突破口を見つけたのだろうか。


 場に緊張が走る。その緊迫した空気をうち破るかの様に、今度はアレクから攻撃を仕掛ける。


 アレクの攻撃は、まさかの足技だった。軽快にステップを踏み、ルボルを翻弄する。そしてその合間に容赦のない蹴りを叩き付ける。


 それ自体は恐らく大したダメージを与えていないだろう。だが、アレクの複雑なステップにルボルは付いていけず、反撃を試みるも全て宙を切った。


 ──そして、アレクの蹴りはただ一点にのみ集中していた。


 ルボルの左太腿だ。ルボルは攻撃の起点に左足を踏み込む。その踏み込むべき足の太腿をアレクは容赦なく蹴り続けたのだ。

 ゆったりとした服を着ている為分かりにくいが、恐らくあの足は真っ赤に腫れて、いや、ドス黒くなっているかも知れない。それくらい容赦のない蹴りだった。


 アレクの攻撃の手が休まると、お互いに再度距離を取り合う。そこでアレクとルボルはお互い決着を付けるべく、最後の言葉を交わす。



「へっ、お前の蹴りなんざこれっぽっちも効かねえな。ハエが止まったくらいにしか感じねえぜ。それでおしまいか? じゃあもうこれで終わりだ!」


「もう黙れ、男なら言葉じゃなく行動で示してみろ」


 アレクの言葉に怒りを露わにしたルボルは、最初と同じように剣を投げ付けようとしている。最初と違うのは、隠していたナイフも既に腰にぶら下がっており、投げる事を隠していない事だ。


 慣れた手つきで剣を取り、そのまま大きく踏み込んで剣を投げる……が、ルボルはその場で足を折り前のめりに倒れ込んでしまった。


「なんだぁ!?」


「……なんだ、お前は。そんな事も分からないのか。アレだけ一箇所を蹴られ続ければ、痛みは我慢出来ても体は我慢出来ないんだよ。お前の足は、もうお前を支えられない」


 山なりに投げられた剣をパシッと受け止めて、アレクはゆっくりとルボルに近づく。そしてその剣をルボルの首筋に突き付けた。


「……俺の勝ちだな?」


 突き付けられた剣は、ルボルの首の皮を切り、そこから血が流れ出てくる。


「あ、ああっ! 俺の負けだ! アンタの勝ちだ! だから殺さないでくれっ!!」


 慌てて自身の負けを宣言するルボル。次の瞬間には審判によりアレクの勝ちが高々と宣言された!




 ◆◆◆◆◆




 アレクは試合後に控室に戻ってきた。それを見越して僕とクラリスは控室前で待っていた。


「アレクさん、お疲れ様です。圧巻の戦いでしたね。流石でした」


 僕は決勝で戦う相手とは知っているが、アレクを称賛せずにはいられなかった。


「なんだお前は、わざわざそんな事を言いに来たのか。次はお前と戦う番だ。そんな悠長な事を言ってる場合ではないだろう」


「もうっ、アレクったら! いっつもそんな事言って。せっかくハクト君が労いに来てくれたんだから、もう少し愛想良くしたら?」


 横あいから突然現れる女性。確かアレクと仲の良い女性で、エリスと言ったはずだ。彼女は手に包帯やら何やら持っているので、これからアレクの治療をするのかも知れない。


「あの、余計なお世話かも知れませんが、傷が治るまで決勝を延期出来ないのでしょうか?」


「そんなの俺が決める事ではない。恐らく運営側からすればこれくらいの傷はダメージなしと言う事で予定通り今日決勝戦を行うんではないか。気にするな、この傷も含めて決勝戦だ。お前が勝てばそれはお前の実力だ」



 アレクは痛むであろう腕を隠しながら僕に強がって見せた。そんなアレクを心配する様にエリスがアレクを見つめている。


「アレクとやら。その腕、私に見せてみないか?」



 突然クラリスが話しかけた。クラリスの発言に二人とも目を開き驚いている。お互いを見やり、クラリスの言葉の真意を考えている様だ。


「大丈夫、変な事はしない。そこのお嬢ちゃんもちゃんと私の行動を見ていて構わないから。ここじゃアレだから控室に行こう」


 二人はまだクラリスの言葉を信用しきれていないみたいだが、それでも黙ってクラリスに続いて控室に入る。



 控室に入ると、アレクとクラリスは向かい合って椅子に座る。


「私はこう見えて少し魔術をかじっているんだ。治癒魔術も少しではあるが使える。変な事はしないさ。うちのハクト君と万全の状態で戦って欲しいからね」


 クラリスがアレクの腕を取り、いつも使っている小さな杖をかざす。杖が白く発光すると、その光はアレクの腕を優しく包み込んだ。


「おぉ……。凄いですね、お姉さん!!」


 お姉さんという言葉にクラリスはピクっと反応したが、表面上は冷静を装っていた。


「そんな大したものじゃないよ。これくらいしか出来ないさ。まあ、逆に言えばこれくらいの怪我なら治せるんだけどね」


 なんとなく胸を張り、ちょっとだけ不遜に答えてるクラリス。だが、確かに言う通り、アレクの腕は傷もなく元通りに治っていた。


「なんと……。本当にこんなに早く治るのだな。治癒魔術とは凄いものだ。クラリスさん、と言ったか、ありがとう。恩に着る」


 ペコリと頭を下げるアレク。その姿に一番驚いていたのはエリスだ。目を見開き、口をパクパクさせている。


「なに、本当に大した事はしていないよ。さっきも言った通りうちのハクトと万全の状態で戦って欲しいからね。これからの決勝戦、決して手は抜かないで欲しい」


 アレクはその言葉に頷くと、僕に手を差し伸べて来た。どうやら握手の様だ。


「ハクト、決勝では正々堂々戦おう。俺も全力で戦うから、君も全力で来てくれ」



 そう言って、お互い強く手を握り合う。その手には言葉では表せられない熱が籠っていた。

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