幕間 〜とある騎士団の訓練風景〜
俺達が見習い騎士団として入団してから一週間が経った。
日々の訓練としては、走り込みの後アーマーを着たまま筋力トレーニングを行う。その後、模擬剣を持っての素振り、型の稽古、更に最後にまた走り込みを行った。
流石にこれには俺もエリスも体力の限界を迎え、訓練終了後には無言で宿舎に帰り自室で倒れ込んでしまった。
騎士団の宿舎は王宮の外壁沿いにあり、修練場から近いのは助かった。
ここには、独身の騎士団は全て入所しているらしく、女性であるエリスも例外ではない。
但し、今回俺達は見習いという事でとりあえずは個室をあてがわれた。
食事を取り、風呂に入ると疲労からか急速に眠気が襲ってくる。
少し早いが床に就こうと準備をしていると、控え目に扉をノックする音が聞こえた。
「……どちらさまでしょうか」
「(ボクだよ、エリスだよ)」
エリスは周りに聞こえない様に小声で返事をする。
俺は急ぎ扉を開け、とりあえずはエリスを部屋に招き入れた。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「こんな時間にって言うほど遅い時間ではないよ。でもごめんね、疲れたからアレクももう寝るところだったのかな?」
そう言って俺の事をジロジロ見てくる。そうか、俺は今部屋着だった。ただ、別に恥ずかしくなる様な格好ではない。部屋着とは言えちゃんとあつらえた逸品だし、中々にお洒落だ……と思っている。
「ふふ、そんな事気にしなくていいよ。ボクもこんな格好だしね。でも突然ごめんね」
良く見ればエリスも寝巻きの様な格好だった。緩めのシャツとズボン、それに薄手のガウンを羽織っただけの格好だった。暗めの色合いの為余り気にする程ではなかったが。
「それで、どうした? 何か用事か?」
「特に用事って事はないんだけど、今の訓練どうかなって思ってさ。アレクはこの先もやっていけそう?」
「うむ。大変だった事は間違いない。ただ、まだ根を上げる程でもないとは思っている。まだまだ今の訓練など序の口だろう。これで無理なら騎士にはなれないだろうからな」
俺の言葉を聞いて、何故かエリスの表情が明るくなる。
「うんうん、さっすがアレクだね! ボクも頑張って訓練した甲斐があったよ」
ニコニコと話しかけてくるエリス。正直俺は眠かったのだが、エリスは真面目に訓練の内容で相談をしてくる。
俺も色々思うところがあったので、気付いたら二人で話し込んでしまっていた。
こうして、疲れに
◆◆◆◆◆
翌日以降も、ほぼ同じ訓練が続いた。
この手の訓練は毎日毎日繰り返しやらないと意味がない。
体力、筋力、そして反復練習。同じ行動を積み重ねて積み重ねて、それで初めて実力になり、自信に繋がる。
……それは俺も分かっている。分かっているが、辛くないかと言えば嘘になる。
あんなにも騎士になりたかった俺がそう思うのだから、他の者からしたら苦行に近いだろう。
案の定、一番最初に不満を言い出したのは金髪カールだった。
「こんな訓練、やってられません! 一体いつ迄この私にこんな事をさせるのですか!」
「貴様、今何と言ったか」
そして、タイミングの悪い事に、この日たまたま訓練に参加していたディートリヒに聞き咎められたのである。
「ええ、何度でも言いましょう。こんな訓練は無駄です。我々は騎士になったのです。こんな事はそこらの体力自慢にでもやらせておけば良い。我々はもっと華やかな任務や訓練を行うべきです」
「……良かろう、では任務の前に他の華やかな訓練をしようではないか」
明らかに不機嫌なディートリヒがカールに告げる。
華やかな訓練に良い予感など一つもしないが、それでもカールは今までの訓練を終える事が出来る事に満足している様だ。
そして、甲冑姿に着替えたディートリヒは、模擬剣を一振りカールに渡す。
「お前の言う訓練は、こう言うものでいいのか? 今から俺と実践形式で訓練しようではないか」
ディートリヒの目は、1ミリも笑っていない。カールはそれに気付かないのか、ディートリヒから渡された模擬剣を嬉しそうに手に取ると、満足気に応える。
「ええ、そうです。私はこういう訓練こそ騎士に相応しいと考えておりました。是非、お相手頂けますか?」
こいつは何なのだ。阿呆なのか? ディートリヒ相手に余裕綽々の態度で、あまつさえ訓練の相手を依頼までするなんて。まあカールが拒んでも、相手は既に
こうして突如始まった実践形式の訓練は、デニスが審判を行い危なくなったら止めるという条件つきのものになった。
修練場の中央でカールとディートリヒが剣を持ち相対する。
カールも小さい男ではないが、ディートリヒが大きすぎた。そして、その体躯だけでなく、纏うオーラも凄まじいものがある。
ディートリヒの周囲に陽炎の様な物が立ち上り、向かいの景色が歪んで見える。
その気迫を受けても飄々としているカールはある意味大物なのかも知れない。
「はじめっ!!」
「きええぇぇえぇぇぇぇっ!」
デニスの合図と同時にカールが奇声を上げて動き出す。剣を腰だめに構えてディートリヒに向けて突進する。
そういえば、型等の稽古は見ていたがカールの剣術を見るのは初めてだ。あれだけ自信を持っているのだ、どの様な剣技を見せてくれるのか、内心で俺はワクワクしていた。
「むんっ!!」
短い掛け声と共に、ディートリヒが突進するカールに向けてその巨大な拳を振るう。
……そう、拳だった。
拳は下から掬い上げる様に振るわれ、そのままカールの腹部に突き刺さる。
突き立った拳は、プレートアーマーの腹部を粉砕し、その勢いでカールを5メートル程吹き飛ばす。
そのまま地面に叩きつけられたカールは2、3度跳びはねてからピクリとも動かなくなった。
……死んだか?
というか、なんだアレは。騎士もへったくれもないじゃないか。
ディートリヒは殴っただけだ。ただ殴っただけで人間というのはあれ程に吹っ飛ぶものなのか。
カールの剣技もディートリヒの技術も見られなかった。見られたのは、ディートリヒが人外の膂力で人を殴ると、紙屑の様に人は飛ぶという場面だけだった。
「勝負あり、そこまで!!」
多分、言われなくても全員分かっているが審判としての役目を最後まで果たしたデニスは流石だった。
「む。すまぬ、またやってしまった」
ディートリヒは誰に言ったのか分からないが、カールに対してやり過ぎた事を謝った。
「またアーマーを壊してしまった。団長に怒られる……」
違った。謝ったのは壊したアーマーに対してだった。
そして団長に怒られる事を恐れている様子だ。
ディートリヒが恐れるなんて、この団の団長はドラゴンか何かなのか。
何かを思いついた様にディートリヒは顔を上げ、俺達に向かって話しかける。
「そうだ、折角の機会だ。お前達全員と実践形式で訓練を行う。さっきみたいな事はせぬ。お前達が一週間鍛えた成果を俺に見せてみろ」
そう言って模擬剣を端にいた男に投げつける。
剣を受け取った男は膝がガクガク震えていたが、やれと言われてやらない訳にはいかず、恐る恐るディートリヒの前に立つ。
「はじめっ!」
再度審判役のデニスが合図を行う。今度の挑戦者は剣を構えたまま一向に動かない。
しかし、そうは問屋が卸さない。ディートリヒが、今度は剣を構えて挑戦者のもとへ近づいていく。完全に臆した挑戦者はがむしゃらになって剣を振り回す。
それは剣術というには余りにも稚拙なものではあったが、それでもディートリヒ相手に剣を振り回しただけマシと言えよう。
ディートリヒは何合か打ち合った末、挑戦者に対して剣を振るい、彼方へ飛ばす。
丁寧に剣の腹で叩いているあたり、多少は優しいのかも知れない。
そうして何人もの見習い騎士がディートリヒに吹き飛ばされた後、ついに俺の番になる。
正直、怖い。だが、それ以上に興奮している。考えてみれば、父、ガルフ、エリス以外の人間と剣を交えるのは初めてだ。
間違いなく強い相手だが、俺だってそれなりに訓練を積んできた。その成果を今ここで発揮しないでどうする!
笑う膝を叱咤し、剣をとって向き合う。単純な体格では遥かに俺を凌駕しているが、気持ちで負ける訳にはいかない。
切っ先をディートリヒに向け、機を待つ。ピリピリと張りつめた空気が肌を叩く。
その時、ディートリヒがゆっくりと足を進めてきた。
俺はその呼吸に合わせるように自分の足を滑らせ、体重を乗せた突きを放つ。突きを防ぐには、避けるか、剣を払うかのどちらかしかない。父の様に剣の腹で受け止めるなんて人間技ではない。
ディートリヒは自分の剣で俺の突きを払う事を選択した。俺の想定していた範囲内だ。払われたと思わせ、体を捻り頭部に向け剣を振る。
勢いに乗った剣はディートリヒの頭を直撃するかと思われたが、その手前でしゃがみ込み、ディートリヒは回避する。
俺はそれすらを予想していた。もう一回転体を廻し、今度は下段蹴りを放つ。流石にこれは避けれまい。今度こそ頭部を捉えたと思われた足は、ディートリヒの巨大な腕に阻まれていた。そしてそのまま足首を掴まれると、他の人間達と同じ様に飛ばされてしまった。
だが、決してダメージを受けた訳ではない。空中で身を翻して着地をすると、直ぐさま剣をディートリヒに向ける。距離が空いていた為、珍しく先方から話しかけてきた。
「おい、貴様。名はなんという」
「私はアレクと申します、副団長殿」
「そうか。わかった、お前の名前は覚えておこう。お前はもう良い。そのまま精進せよ。次だ、次!」
こうして俺とディートリヒの立合いは終わった。
端から見れば実力の差は明らかではあったが、だが少しでも強者と渡り合えた事が嬉しかったし、良い経験になった。最後はきっと褒め言葉と受け取っていいのだろう。
言われた通り精進すべく、今後も努力を重ねる決意をした。
ちなみに、エリスとディートリヒの立合いも実は楽しみにしていたのだが、ディートリヒがこれを拒否して、実現はしなかった。
どうやら女性と剣を交える事が本当に嫌だそうで、最後にはあちらから謝ってくるという前代未聞の光景を見る事が出来た。
こうして、俺達は第一騎士団にて実力をつけて(?)いったのである。
───────
【あとがき】
ここまでお読み頂き誠に有難うございます。
ここでやっと二人の主人公が出揃いました。
この二人の運命がどの様に交差して行くのか、お楽しみに!
ここまで読んで頂き面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら⭐︎や♡、コメントなどで応援してもらえると、とても励みになります!
是非、宜しくお願いします!
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