神話II 魔刀降臨

 歴史がまだ記録で残らない、遠い記憶の時代。


 神と呼ばれる存在と、悪魔と恐れられる者達。その両者が些細なすれ違いで、この世界の存在自体を揺るがす程の大きな戦を起こした。


 戦の舞台として選ばれたのは人間の住む世界、人界だった。

 人界は、人ならざる者達により荒廃の一途を辿る。



 しかし、そんな人界において、奇跡的に戦火を逃れた地が存在した。


  大陸を越え、海を越え、更に東の果てにあるその地は、ジスパニアと呼ばれた。



  澄んだ水と、緑の山々に囲まれたその地は、質素ながらも大陸の影響を受けない独自の文化を持った、自然の加護に満ちた国であった。

 この地が奇跡的に平穏であったのは、この地に座す竜族の恩恵に他ならない。

 竜族は絶大な力を誇り、神や悪魔すら畏怖するその存在は、本来であれば大戦の均衡を崩し得る者達であった。



 しかし、竜族は調和と平穏を望んだ。


 その竜族の中心に居たのが、美しく勇敢で、慈愛に満ちた竜の姫神子ひめみこだった。竜の姫神子は、自然豊かなジスパニアを愛し、またそこで暮らす人々を愛した。


 世界が動乱の最中にあっても、ジスパニアの人々は竜族の加護の中で平穏を享受し、日々を慎ましく過ごしていた。


 



 だが、悲劇が起きる。

 戦火が及ばず、平穏であったその地を疎ましく思った神と悪魔は、ジスパニアの人間をたばかり竜の姫神子を討たせたのだ。



 姫神子を討ったのは脅天きょうてんという男だった。脅天の本名は後世に残っていない。だが、天を翔ける者を脅かすほどの力を持つ者として、脅天きょうてんと呼ばれていた。

 その男はジスパニアの地で随一の武勇を誇り、そして、姫神子の婚約者だった。




 とある時、脅天は、その武勇を讃えられ、伝説の名工に打ち鍛えられたという刀を贈られる。


 その刀には、作らせた神と悪魔の呪詛が密かに込められていた。その刀で一筋でも傷をつければ、相手に必ず“死”をもたらす呪いが。



 脅天は村の人間にそそのかされ、姫神子を討つ事を決意する。


 胸の内に葛藤を抱きながらも、それが世界の為であり、姫神子の為であると信じて。


 そして、姫神子の胸に刃を突き立てた。



 刃を突き立てられた姫神子は、自身の状況を理解出来ずにいた。


 最愛の者に貫かれた胸は、その驚異的な回復力で直ぐさま傷を塞ごうとする。だが、刀の呪詛は、素早く確実に命を蝕んでいった。

 いかに絶大な力を誇る竜族の姫神子と言えど、その呪詛の力の前に為す術はなかった。



 貫いた刀は、姫神子の血でみるみる内に刃を真紅に染めていく。



「……脅天。 どうしてそなたが……。妾はそなたを……」



 そっと脅天の頬に震える手を寄せる。その瞬間に姫神子は全てを悟った。触れた手から伝わってきたのは脅天の記憶と神魔の悪意だった。


 悲しみの果てに沸いてきたのは、愛しき者をそそのかした神と悪魔への激しい憎悪だった。

 彼女の血と涙と慟哭は、刀に宿った呪詛を更に強くし、そして変じさせる。



 神を滅ぼせ、悪魔を根絶やしにしろ。生ある者を殺し尽くせ。



 姫神子を贄に、神魔を滅する役目を受けたその呪詛刀は、その使い手から銘を頂き『姫贄脅天きにえきょうてん』と呼ばれた。



 復讐の業魔と変じ天に地に暴威を振るったその刀は、役目を終えた今、姫神子の呪いと共に世界の何処かで封じられている。

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