第三部 闘技会

第23話 ハクト参戦

 クラリスと出会ってから、僕は酒場で依頼を受けて一緒にこなし、そして修行をするという日々を繰り返した。


 その為に足繁く酒場に通い、簡単な依頼を数多くこなす。

 迷子の子猫を探したり、お年寄りの家の模様替えを手伝ったり、因縁の薬草採取にも再挑戦した。


 依頼の最中に魔物に襲われるという事はなかったが、野生の獣に襲われたり、時には盗賊の一味と剣を交える事もあった。


 そうして2ヶ月程依頼を受け続け、少しずつ酒場のジルバとの信頼関係を深め、ある程度はジルバも僕とクラリスの事を信用してくれた様に思う。


「ハクトの坊や、そろそろ色々覚えてきたかい? あんた剣士になりたいって言ってたよね。こんなのあるけど、どうだい?」


 ジルバが一枚のチラシを出してくる。それを手に取り見てみると、そこには



『闘技会開催のお知らせ。腕に覚えのある者は奮って参加されたし』


 と書いてある。


「ジルバさん、これってなんでしょうか……?」


「なんだいあんた、闘技会も知らないのかい? 闘技会ってのは昔からやってる腕自慢達の力比べみたいなもんだよ」



 ジルバが言うには、この闘技会は王都の武器職人組合、防具職人組合等各組合が中心となって開催され、それに王家や騎士団などが協賛していると言う事らしい。年に一回開催されており、優勝をすると例えば一級品の剣や防具、他にも金銭や地位、騎士団への入団など、考えられる希望は大体叶えられるらしい。


 だからこの大会には、国中から強者が集まり鎬を削るそうだ。


「これって、僕も参加できるんですか……?」


「そこの募集事項を読んでみな。参加は自由、但し会が決めた試験に合格した者だけだって事だ」


 僕はチラシとクラリスの顔を交互に見る。


 クラリスはにっこりほほ笑むと、小さく頷いた。



「ジルバさん、ありがとうございます! 僕この大会に参加してみます!」



 言いながら僕は急ぎ足で酒場を後にする。体が思わず走り出していた。

 後ろから、がんばるんだよー! とジルバが大きな声で応援してくれた。少し遅れて出てきたクラリスも慌てて駆けてきた。


「はぁ、はぁ、……。ハクト、慌てて飛び出てどうしたんだい?」


「だって、これは大チャンスだよ! これで優勝出来たら一足飛びで騎士にもなれる! こんなにワクワクする事はないよ!」


 この時には僕とクラリスは結構な時間を共に過ごし、それなりに馴れ合える関係となっていた。


 興奮する僕にクラリスは冷ややかな視線と、冷たい言葉を投げかけてくる。


「ハクト、君はこの大会がどれだけ大きな大会か知っているのかい? この王国中から強い人間が集まってくるんだ。君なんか予選も通れるかわからないさ」


 意地悪な顔でクラリスは言った。だけどこんな所で挫けてたら優勝なんて出来ない。


 意地悪なクラリスに僕は精一杯のお願いをする。


「うん、分かってる! だからクラリス、お願いです。僕の事を鍛えて下さい!!」


 人通りの多い王都の道で僕はクラリスに頭を下げる。突然の事に動揺するクラリスだが、恐らく本当は気持ちは決まっていたんだと思う。僕に頭を上げる様に言うと、華が開くような笑顔で「仕方ないな」と言いながら了承してくれた。



 ◆◆◆◆◆



 という訳で、しばらく僕とクラリスの日雇い労働はお休みになる。幸いにも、仕事をほぼ毎日こなしていたし、護衛の任務では思わぬ大金も手にした。多少ではあるが懐は温かい。

 いざとなったらクラリスも頼らせて貰おう。この大会で優勝出来ればすぐに返せるさ。



 今日からクラリスと特訓を行う。大会までの期間は約2カ月。この間に自分を鍛え上げて、どんな奴にも勝てる力を付けなくてはいけない。


「ねえ、クラリス。僕が短期間で強くなる為にはどんな事をしたらいいんだろう?」


「……、そうだね、熊と戦うとか?」


「もう少し現実的な事を教えて欲しいな……」


 それでは大会に出る前に死んでしまいそうだ。


 結局、まずは基礎からのおさらいをする事になった。

 クラリス自身は剣を持って戦う事はしないが、僕の剣術を見る事は出来る。基本的な走り込みや筋力トレーニング、反射神経を鍛える為の訓練をいつもより高い強度で行う。

 それらにクラリスが付き合ってくれる。僕が少しでもサボろうものなら容赦なく火球を打ち込んできた。


 1週間程基礎訓練を繰り返し、動きがスムーズになってきた所で次の訓練を行う。次の訓練では、刀の為の武術と言うものがあるらしいので、それを覚える事になる。


 何故クラリスがそんな武術を知っているか分からないが、刀の為に編み出されたその武術を使えば、王国の剣士とは違う動きで、相手を翻弄出来る可能性は高い。



 そして、合わせてクラリスが大会の説明をしてくれた。



 大会は国中の腕自慢が集まる。予選も含めるとその数はおよそ1万人。全員をまともな方法でふるいにかけると時間がかかりすぎるので、予選は大雑把な方法で行われるらしい。


「ハクトは筋力、敏捷性、耐久力だとどれに自信がある?」


「……どれも自信はないけど、その中だったら敏捷性かなぁ」


 そう伝えると、突然クラリスが足元の石を拾い投げつけてくる。


「うわっ!! ちょっとクラリス、突然何するんだよ」


 ギリギリのところでかわして、クラリスに抗議をすると、ニヤッと笑って答えてきた。


「これが敏捷性の試験だよ。本番では円が書かれているから、その円の中から出ないで石を避けきれれば予選突破。たしか10人くらいから同時に投げられたと思うよ」


 クラリスの説明に嫌な汗が出てくる。10人同時に投げられて避けられる訳がない。


「ふふふ、本番はもう少し円が大きいから大丈夫だよ。今の石が避けられるなら本番もきっと避けられる」


 ちなみに、筋力の試験では重い石を持ち上げて規定の距離を歩けるか。耐久力の試験では横から振られてくる巨木の幹を何回受け止められるか、という試験になるそうだ。


「クラリスはどうしてそんなに詳しいの? 闘技会に出た事あるの?」


「出た事は……、ないよ。見た事はある。予選からずっと見てて、予選を通れるのが10人に一人くらいだったかな」


「予選が終わったら本選?」


「一応本選扱いだけど、ここも人数を絞る為に大雑把にやるよ。約千人が予選を通過して、最終に残るのは16人だったはず。だから60人から70人の組を16個作って、その中で最後まで立ってた一人が最終戦に行ける」


「その大人数はどういう風に戦うの……?」


「無差別異種格闘戦。なんでも有りで、殺してもいい」


 クラリスの言葉に僕は思わず固まる。異種格闘は分かる。色々な人が来るんだ、全員が剣士な訳ないからね。

 でも、殺してもいいなんて。

 僕みたいに、何も知らずに参加して、それが最後の大会になる人もいるって事だ。


 どうしてそんな……。いや、でもそうか。優勝した時の願いは、それこそ命に変えてでも欲しいものかも知れない。それを考えれば、本当の意味で命がけで戦う事になるのも仕方ないのかも知れない。


「一応言っておくけど、大会運営側は殺しを推奨してる訳ではないからね。過失で殺してしまってもやむなしと言う事です。それと、最終トーナメントではちゃんと審判が付くから、そんな事態になる前に決着がつくはずだよ」


 クラリスが気休めの補足をしてくれた。まぁ確かに殺しを推奨はしてないんだろうけど、でも死んでしまう人がいる事も事実だ。


「毎年どれくらいの方が亡くなってるの……?」


「多分だけど、大体100人以上」


 ……! 予想外の数字にまたもや固まる。1万人規模の大会らしいから、100人に1人は死んでいる計算だ。運悪くその100人のうちの1人に選ばれてしまいそうで怖い。


「死なない為には、やっぱり強くなるしかないね。ハクトが敏捷性を武器にするのであれば、それを主で鍛えていく事にしよう。もちろん、他の項目も手は抜かないけどね」


 という事で、暫く僕の特訓は敏捷性に重きを置く事になった。僕の使っている武器も、ロングソードよりは軽量な刀だ。これを極めれば目にも留まらぬ速さで敵を蹴散らせるかも知れない……!


 まだ見ぬ敵に対しそんな妄想をして、僕はニヤけながら刀を振っていた。


 気を抜いた罰として、火球でお尻を焼かれたのは言うまでもない。

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