第22話 勇気の証

 休み明け、俺達は騎士服を身に纏い詰所に行く。

 既にほとんどの団員は集まっており、プレートアーマーを着込んでいた。


「何故皆さんアーマーを着ているのですか?」


 エリスの問いに、シグレが答える。腕はだいぶ良くなったのか、添え木は外されていた。


「今日は追悼の式典と君達の解任の発表がある。そういった式典の時はこれが騎士の正装だよ」


 エリスは成る程と頷きながら自分のアーマーを着る。


 初めてこれに腕を通した時の誇らしい気持ちを今でも覚えている。もちろん今でもアーマーを着れば気が引き締まるし、自分が一段も二段も強くなった気になる。簡単に言えば俺はアーマーが大好きだった。


 全員が揃った所で、団長のイルミナートが声を掛ける。今日の式典は王宮内の騎士団修練場で行うらしい。

 今日そこで集まるのは第四騎士団だけだ。他の班が配属になった第三騎士団は特に大きな問題が無かった為、第三騎士団の修練場で解任式を行うらしい。


 初めて王宮内の修練場に行ったのはたった一月前なのに、非常に懐かしい感じがする。

 基礎訓練と騎士の基本を教えてくれた第一騎士団。街の警邏と遠征に同行した第四騎士団。

 同じ騎士団でも色々と違う所はあった。ただ、どちらの団に所属している騎士も、皆誇り高い勇敢な騎士だった。



 全員が揃い整列した所で、イルミナートが壇上に登る。


 第四騎士団、総勢約200名を見渡し、良く通る声で語りかける。


「諸君らも知っての通り、本日を持って騎士見習いの4人は任期満了となる。本来はもう一人、見習いとして来ていた者がいたが、先日の遠征任務の折に魔物との遭遇により、勇敢に戦い命を落とした。その者に敬意と哀悼を込めて黙祷」


 イルミナートの声に騎士一同は統率された動きで黙祷を捧げる。

 右手を胸に当て、頭を下げ、亡くなった騎士見習いへ祈りを捧げる。



「黙祷やめ。そして、その遠征任務の際に遭遇した魔物は、キマイラだった。シグレ副団長が不意を突かれ負傷し、遠征部隊の存在その物が危ぶまれた時、勇気を持ってこれを撃退した者がいる。騎士アレク、騎士エリス、前へ」



 突然名を呼ばれて動揺してしまった。

 俺とエリスは顔を見合わせながら、しかしそれでもなるべくキビキビとした動作で壇上へ向かう。そしてイルミナートが俺達の横に立ち、皆に顔を向けさせて話し始める。



「この二人は、騎士見習いでありながら正騎士にも劣らない勇気と、覚悟を持って魔物と相対した。その結果、見事に魔物を討ち取る事に成功した。その勇敢な二人に対し、感謝と敬意を込めて“勇気の証ブレイブハート”を贈る事を決定した。諸君、この二人に剣を捧げよ! 捧剣!」


 またしても騎士一同は統率された動きを見せる。佩剣を抜き、両手で握り胸の前に掲げる、騎士団の正式な敬礼だ。


 俺とエリスは困惑しながらも答礼をする。



 ブレイブハートってなんだ、と思っていると、イルミナートがこちらを向く様に手で指示をする。横には付き従えている騎士がおり、その手には二振りの剣があった。



「騎士アレク。貴殿の功績と勇気を讃え、騎士団長としてこれを贈る。これからも騎士の名に恥じない働きを期待している」



 そう言い剣を手渡してくる。それは騎士団の正式装備のロングソードに似ていた。しかし、少しずつ異なる。


 装飾がより細かくなり、騎士団の紋章が入っている部分には、王国の紋章が入っていた。長さは変わらないが、重さはロングソードよりも重い。鞘に入っている為刀身は見えないが、恐らく材質が違うのだろう。



 エリスの方を見ると、俺が受け取った物と同じデザインの、しかしサイズの違う剣を贈られていた。恐らく女性向けに少し小さく作られた物だろう。ロングソードとショートソードの間のサイズ程の剣は、小柄なエリスでも十分扱える物に思える。


「……これ程の栄誉を賜り有り難き幸せ。これからも騎士の名に恥じぬよう日々精進する事を誓います」


 俺とエリスは同時に片膝を付き、団長へ礼を執る。


 そしてそのまま解任の辞令を告げられ、式典は終了となった。




 ◆◆◆◆◆




 式典が終了し、暫しの自由時間。俺達は未だ修練場にいた。その場には俺とエリス、シグレとイルミナートが残っている。



「団長、副団長、短い間でしたが本当にお世話になりました。未熟者故多大なるご迷惑をお掛けしたかと思いますが、お二人のご厚情で何とか任期を務めあげる事が出来ました」


「はは、アレク君、そんなに畏まらないでおくれよ。いまからは私と君は、騎士と市民だ。私は君を守る側に立つんだ。だから君は気軽に私を頼って欲しい」


 人好きする笑顔で俺を見るイルミナート。そしてその言葉を肯定するシグレ。


「アレク君、君があの場にいなかったら私達遠征部隊は本当に壊滅していたかも知れない。あの時は君の進言に眉を潜めたが、押し切ってくれて良かった。本当にありがとう。君達が騎士を目指すなら、可能な限り後押しをしよう」


 あまり掴みどころのなかったシグレだが、少し態度が軟化した様だ。俺達に対して好意的である事は間違いない。



「あの、ボク達が頂いたこの剣の事を教えて貰ってもいいですか?」


 エリスが遠慮気味に尋ねる。


「ああ、それはね勇気の証ブレイブハートと呼ばれている剣だ。騎士団に所属していて顕著な功績を残した者に贈られる剣だよ」


 そしてこのブレイブハートは儀式的な意味合いだけでなく、剣としても非常に優れた物らしい。



 その大きな特徴が素材だ。天狼鋼シリウダイトと呼ばれる、加工の非常に難しい素材で出来ている。天狼鋼はミスリルと天狼石シリウスライトと呼ばれる鉱石を掛け合って作った合金で、ミスリルよりも重くはなるが、硬く、また靭性に優れている。そしてミスリル同様魔力を通す性質を持っており、ロングソードにはミスリルよりも適していると言える素材の様だ。


 だが、街中の武具店で天狼鋼シリウダイト製の武器は並ぶことは無いという。加工が難しく、武器として機能する物を作るには、熟練の職人が何年も試行錯誤を繰り返してやっと一振り作り上げる事が精一杯だそうだ。


 そして騎士の名誉としての意味合いもある為、騎士団の紋章ではなく王国の紋章が刻まれ、その装飾は大筋のデザインこそ同じであれど、その素材も各所に金や銀などの貴重な金属が使われていた。



「……そんな物を私達が頂いてしまっても良いのでしょうか」


「ああ、もちろんさ。この事はね、シグレが言い出したんだ。自分で本部に掛け合ってアレク君とエリス君の分二振りをもぎ取ってきたのさ」


「ちょっと、団長! それは言わないで下さいよ!」


「はは、ごめんごめん。でもね、シグレがここまでするなんで本当に珍しいんだ。君達はそれだけの働きをしたという事だけは忘れないでね」


「そうだったのですか……。そこまでして頂き本当に有難う御座います。それで、宜しければもう一つ質問があるのですが」


「うん、なんだい?」


「私がキマイラを倒した時の事です。その時は森の中だったのでシグレ副団長も直接は見ていらっしゃらないかと思いますが、普通の力ではない力が働いて、キマイラを粉砕しました」


 その時の状況を二人に話す。シグレはジョセフとダニエルから簡単には聞いていた様だが、俺の口から出るまでは黙っていた様だ。


「……うーん、それは多分なんだけど、魔力だと思うな。魔力を剣に纏ってその力を発揮したのではないかと思うよ」


 やはりエリスの推測は正しかったのだろうか。でも俺にはそれを自覚して使った覚えはない。


「火や風を起こす魔導具は君も使った事はあると思うけど、原理はアレと同じはずなんだ。だけど、剣には発動する魔術に決まった形はない。だから、単純に魔力を流すだけでは何の効果も発揮しないんだよ」


 では果たしてあの時の俺の力は何だったのか。


「これも推測でしかないけど、アレク君の想いの方向がしっかりと定まっていたからこそ、かよった魔力が魔術のようにきちんと発動したんじゃないかな。それを自由自在に出せるようになったら、きっと騎士団の誰よりも強いと思うよ。私の知っている限りそんな事が出来る人は数える程しかいない」


 やはりそうなのか。研鑽に次ぐ研鑽を重ねた末に辿り着く高みの境地。そこまで辿り着かないと自在に剣と魔力を融合させて扱う事は出来ない。


 極限状態とは言えあんな力を発揮出来たのは奇跡に他ならない。その代償として2、3日動けなくなったのだから、やはり簡単に出来る物ではないのだろう。



「そうだったのですか……。一つ疑問が解けました。それと同時に、目標がまた一つ出来ました。遥かなる目標ですが、いずれ必ず辿り着いて見せます!」



「うん、その意気だ。君ならきっと出来る。私達も君達が騎士になる事を応援しているよ。これからも健康に気を付けて頑張ってくれ。あ、それと、女の子はそんなに待たせてはいけないよ」


 イルミナートが応援してくれているのは分かった。だが最後の言葉は俺には理解出来ない。俺の周りにいる女性はエリスくらいしか思い当たらない。じゃあエリスは何を待っているというのだ?



 団長の肩をぽかぽか叩くエリスを見ながら、俺達の騎士団の生活は終わりを迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る