第21話 王都凱旋
俺が目を覚ましたのは馬車の中だった。
「アレクっ! アレクっ!! よかった、よかったよぉぉぉ!!」
目の前には涙で濡れたエリスの顔がある。そして俺に激しく飛びついてきた。
……ちょっと俺には何が起きたか分からない。
キマイラと戦い、森を出た所までは覚えている。部隊に合流しようとした所から記憶がない。
「……エリス。重たい。俺は多分大丈夫だから、どいてくれないか」
俺の言葉にガバッと体を上げて、至近距離で顔を覗き込んでくる。
「本当に大丈夫なんだよね!? もう倒れたりしないよね!?」
「そんな保証は出来ないが、多分大丈夫だろう。心配をかけたみたいで済まなかったな」
とりあえずは納得してくれたようだ。
一度俺から離れて居住まいを正す。そして今までに何が起きたのかを教えてくれた。
俺はキマイラを倒して森から出た所で倒れた。
最初は心配されたが外傷がない事から、恐らく極限状態での戦いによる疲労だろうと判断されそのまま馬車に乗せられて休む事になった。
負傷した者が何名かいたが、皆命に別状は無かった。
無傷の者はそのまま森の中の警戒を続け、同時にキマイラに襲われたであろう遺体の回収と埋葬、他の魔物等がいないかの確認を行った。
ヨーゼフの遺体は恐らくあのどさくさで酷く傷付いたのだろう。それと確認出来るものは見つけられなかったそうだ。
それらの事が終わると、騎士団は王都へ向けて出発した。
途中、グリフォンの目撃情報の報告を上げてきた村には事の経緯を説明し、脅威は去った事も同時に伝える。
村々からは盛大な感謝と宴に誘われたそうだが、見習いとは言え団員を亡くしているし、直ぐにでも治療を受けた方がいい人間もいる。
丁寧に固辞し、そのまま王都へ向かう道の途中で俺は目を覚ましたみたいだ。
「そうか……。では俺は2日も気を失っていたのか……」
「仕方ないよ、アレクは頑張ったもん。ボクはアレクのおかげで助かったよ」
ありがと、とはにかみながら俺に礼を伝えるエリス。
そもそも倒せると言ったのはお前だ。助かるとか助けないでなく、出来れば危なげなく倒したかったのだが。
そんな話をしていると馬車の幌が開かれる。
「取り込んでいる所すまないね、アレク君が目覚めたと聞いたから来たのだが」
そこには右腕に添え木をしたシグレがいた。血が滲んだ包帯が痛々しかったが、その顔には生気が宿っていた。
「副団長、ご心配をお掛けして申し訳ありません。また大言を吐いた割に不様な姿を晒してしまい面目もありません」
「そんな事ないさ。大言を吐けるだけ立派だし、君は、君達はちゃんと結果を残した。あの場にいる誰もが倒せなかったキマイラを倒したんだ。それはもう大言じゃない」
穏やかだが、しっかりとした瞳で俺を見つめてくる。その瞳にはいくつもの想いが篭っていた様に感じる。
「と言うわけで本当にありがとう、アレク君。君は王都に着くまではゆっくりと休むと良い。エリス君も、アレク君の看病を頼むよ」
そう言ってシグレは再び馬車から消えて行った。
俺の体に痛み等はないが、確かに体は怠い。騎士としては恥ずかしいが、此処は言葉に甘えて王都までは休ませて貰う事にしよう。
◆◆◆◆◆
王都へは翌日の夕方に着いた。
その時に告げられたのは、遠征任務に就いた者は帰還の翌日から3日間の休暇を与えられると言う事だった。
正直、馬車の中でずっと寝ていた為休暇は要らないとも思ったが、俺一人が規律を乱すわけにはいかないのでこれを受け入れる。
宿舎に戻り、久しぶりに手足を伸ばしてゆっくりと寝られる。戦闘中に傷は負っていない為、何故こんなに体が怠いのかが分からなかったが、この休みの間に治療に行くことも出来るだろう。
俺は翌日一日は、しっかりと体を休める事にした。
二日目の朝、流石に寝過ぎて体が鈍ってしまうと思い、着替えて外出の準備をする。そこで部屋の扉がノックされた。
「……どちら様でしょうか」
「ボクだよ、エリスだよ。アレク起きてる?」
俺はそっと扉を開けてエリスを迎え入れる。エリスはこれから出掛けるのか、町娘の様な格好をしていた。
「アレクはもう大丈夫? 着替えてるって事はどこか出掛けるの?」
「体調はもう平気……だと思う。寝て過ごすのも飽きたのでな、少し街中を見に行こうかと思っていたところだ」
「じゃあボクも一緒に行くよ! ボクも出掛けようと思ってたところだからね」
エリスは満面の笑みで俺に伝える。正直人に合わせて出掛けたりするのは面倒ではあったが、色々心配をかけてしまったので、埋め合わせとして一緒に出掛ける事を了承した。
街中に出ても特に目的はない。なのでエリスの行きたい所に付き合う事にした。
「ボクもこれと言って行きたいって所はないけど、お昼を食べてみたい所はあるんだ。一緒に行ってくれる?」
エリスは騎士団の中で最近話題になっている料理店に行きたいらしい。何でもそこは、甘い生菓子が有名で屈強な騎士達ですら虜にする味のようだ。
店に着くなりエリスが生菓子を色々頼んでいたが、俺も少し摘むと確かに美味い。あの騎士達を虜にするだけはある。
そしてエリスはおもむろに告げる。
「アレク、あの時は一緒に危ない橋を渡ってくれてありがとう。アレクがいなかったらボクはあの時殺されていたかも知れない」
あの時というのはキマイラを討伐した時の事だろう。確かにあの時は間一髪エリスを救い出す事に成功した。だが、エリスには勝算があったのではないのか?
「勝てると思ったんだけど、相手の力が予想以上だったよ。正直あんな魔物は戦った事なかったし、見えてはいても体がその動きに反応出来なかった。……でもやっぱりアレクを信じて良かったよ」
「俺はあんな魔物に勝てるとは思わなかったし、あの時の力はまぐれみたいなものだ。何であんな事が出来たか今でも分からない」
「それは多分ね──」
エリスは俺のあの時の力の推測をしていたらしい。
恐らく、あの時発揮された力は魔力。騎士団の剣はミスリルで出来ていて、ミスリルには魔力を通す性質がある。
俺のあの力は、魔力を剣に流し一気に解放したのではないかと言う事だ。
使い方を会得していれば、剣に魔力を纏わせて戦う事も出来るそうだが、それには長い年月をかけて修行し、そこで初めて魔力を使って戦う術に開眼すると言う。
「だから、多分アレクはあの極限状態で魔力の使い方に開眼したんじゃないかな。それであの威力だよ。一気に魔力を放出し過ぎて体が限界を迎えて、それで気を失った」
成る程、それであれば理屈は分かる。外傷もないのに体が怠かったのは、普段使わない力を使い体の中が傷ついていたのだろう。
「何故お前はそんな事を知っているんだ?」
「昔、父様から聞いた事があっただけだよ。そんな力を使える人なんて見た事ないから推測だけど、きっと団長とかに聞けば分かるんじゃないかな」
確かに団長や副団長クラスの人間なら知っているかも知れない。後日改めて聞いてみる事にしよう。
「それとアレク、忘れてるかも知れないけど通達があったよ」
「何のだ?」
「やっぱり忘れてる。休みが明けたら、ボク達の騎士見習いの期間は満了だよ。これにて終了だって」
……忘れていた。騎士団に入ってもう2ヶ月も経つのか。就いていない任務もあるし、訓練だってまだまだし足りない。
しかし、これも決められた事だ。いつか自分の実力で騎士団に入れば良い。それまでにもっと強く、もっと潔く、騎士に相応しい男になると心に誓う。
「それでボクらの休み明けの日に、追悼も含めて集会があるみたい。そこでボク達の解任も言い渡されるそうだから、忘れないでね」
業務連絡を済ませたとばかり、エリスは残りのデザートも掻き込む。
これで終わりか……。寂しい様なホッとした様な。
昼食を終えて、俺達はその日1日だけは騎士の事を忘れて王都の喧騒を楽しむ事にした。
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