第19話 遠征開始

 第四騎士団の任務は滞りなくすすんだ。


 時々カールの一味が不平不満を漏らす事はあったが、その度にシグレが睨みを利かせて黙らせた。


 王都の住民街の治安は良かった。騎士団が治安を守っているという事もあったが、住民それぞれの意識が高く、自分達でこの街を守っていくという意思が強く表れており、小さな揉め事等は街のまとめ役が率先して解決していった。



 それ故か、俺達が配属されて半月で遂に遠征任務の依頼がきた。


 今回の遠征任務の目的地は、王都より南に4日程下った所にある街道付近の森だ。


 この街道付近には小さな村がいくつもあり、その内のいくつかの村から有翼獣グリフォンの目撃情報が寄せられた。


 本来グリフォンは賢い魔物であり、人の手で繁殖させられた個体は都市間の移動手段としても活用されている。


 但し、今回目撃されたのは野生のグリフォンで、しかもつがいだという事だった。



 野生のグリフォンはあまり人になつかず、また、この時期の番となれば繁殖期で出産を控えているのだろう。他の動物と同じで、繁殖期のグリフォンは気が荒い。


 普段は山奥で過ごしているグリフォンが人里近い森にいるとなると、当然人間への危険が迫ってくる。



 なので、王都の騎士団へ討伐依頼が来たのだ。


 そして、今一番治安の良かった部隊は第四騎士団であり、その任にあたる事になった。



「その遠征任務には私達も同行出来るのでしょうか」


 俺の問いにシグレが答える。


「もちろんそのつもりだよ。君達は見習い騎士団だから色々な任務を見て貰わなくてはならないからね。但し、危険な行動は慎むように」


 シグレは俺達、特にカールの方を見ながら言葉を続ける。


「私はこれから団長と編成及び方針を検討する。一両日中には出発となるので、少なくとも君達はすぐに発てるように準備をしておいてくれ」



 こうして俺達の初の遠征任務が決まった。




 ◆◆◆◆◆





 騎士団の行動は迅速だった。


 その日の夜には編成と方針が決まり、出発前の会議として遠征参加者は詰所に集められる。


 詰所には40人程の騎士が集まる。第四騎士団が総員で200人程度らしいので、全体の5分の1程度が遠征任務にあたる様だ。



 俺達はその会議で初めて騎士団長の顔を見る。シグレ同様の黒髪で、背が高く線の細い青年だった。


「皆、お疲れ様。それと見習い騎士の諸君、初めまして。私が第四騎士団の団長をしているイルミナートだ。最近はあまり団の方に来れていなくて申し訳なかったね。基本的には副団長のシグレに任せているから、何かあればシグレを頼るように」



 そう言ってからイルミナートは今回の遠征任務についての説明を始める。



 まず、今回のグリフォン討伐任務について。


 可能な限り討伐はせずに、出来れば確保してグリフォンの飼育業者に引き渡したいとの事だった。もちろん、団員の身に危険が迫れば討伐も止む無しだ。


 それと、遠征任務を利用した遠征訓練だ。


 これは俺達を気遣ってくれたのだと思うが、遠征中の移動方法、糧食の扱い、自給しなくてはならない物等、遠征に付き物の雑事が山ほどあるので、それを今回は徹底的に訓練するという事だった。



 そうなると他の団員達は、楽しみにしていた当地の食事や歓待を受けられないので、少しだけ不満の声があがる。しかし、それよりも大きな声で不平を鳴らしたのは者がいた。


 一番の不満を漏らしたのはやはりカールだった。


「どうして私がそんな雑事をしなくてはならないのでしょうか! 雑事は新米や下っ端のやる仕事です。いずれ騎士団を背負って立つ私がそんな事をやる道理がありません!」


 いや、お前は見習い騎士で下っ端以下じゃないか。心ではそう思うが、団長と副団長に任せる事にする。


「君はカール君だっけ? 君の事はシグレからも良く聞いているよ。騎士団を背負って立つという志は立派だが、今の君にはそんな力はないだろう? いずれ皆の先頭に立つのであれば、こういう仕事も覚えておかないと下がついて来ないと思うよ?」


 イルミナートはそう諭すが、カールは聞く耳持たずだ。結局、またシグレの無言の圧力で黙らせる事になったが、カールの問題は今後も尾を引きそうだ。





 翌朝、早朝から総勢40名の遠征部隊は王都を出発した。


 今回の遠征にはシグレが同行した。そのシグレは馬に乗っており、先頭を進んで行く。それに続く様に糧食用の馬車、兵員輸送用の馬車、斥候として他に10騎の騎馬がいた。



 道中は問題なく進んで行く。文句を言っていたカールも、自分の手で魚や獣を仕留める事に喜びを感じた様で、率先して狩りは行っていた。狩りだけだったが。



 そして三日目の夜。目的地まで後一日の距離にきた時に、遂に魔物の咆哮を聞く。


 腹の底から響く、地面を揺るがす程の声。その声に歴戦の勇者である騎士団員達も、思わず身を竦めていた。



「ねえ、アレク。グリフォンってあんな声で鳴くんだっけ?」


 びくびくしながらエリスが近づいてくる。


「さあ、どうだったか……。俺の記憶にはあんな声で鳴くグリフォンはいなかったが」


 俺の返答にエリスも頷く。


 これは俺達の目標のグリフォンなのか、それとも別の何かなのか。

 遠くの空に巨影が映り、その晩は最大級の警戒で野営が行われた。






 翌日、昼前には目的の森へ辿り着く。ここからはいつ何が起こるか分からないので、二人一組で歩哨を行い、目標を探し出す。


 グリフォンには痺れ薬の塗られた矢を使う様に指示され、二人で1つの弓矢が支給される。


 俺はエリスと森の入り口周辺を警戒する指示がでた。


 お騒がせカールは自分で立候補し、森の奥深くへお供二人を連れて捜索に出ている。


 ひりつく緊張感の中、暫くすると一人の団員が声を上げた。



「シグレ副団長、これを!!」


 皆が声の上がった方向に進む。



 そこには、魔物に食い荒らされたであろう亡骸があった。


 まだ遺体は余り時間の経っていないものの様だった。その付近だけで5人、さらに他の部隊からも遺体発見の報告があり、最終的には15人もの遺体が発見された。



 遺体を検分し、シグレは黙り込んで考えている様だ。俺も気になる点がある。遺体の多さだ。


 グリフォンは雑食だが、果たして人間だけをこんなにも襲うだろうか。森には動物や、食べられる植物も多い。何かがおかしい。


 そんな考えにふけっていると、遂に森の奥から悲鳴が聞こえてきた。




「ぎゃあああぁあぁあぁ!!!」




 けたたましい叫び声をあげて走ってくるのはカールだった。その後を必死の表情でのブルーノがついてくる。……ヨーゼフはどこだ?


 その答えは、ブルーノの後ろを走ってくる巨大な怪物が持っていた。

 そいつは口にヨーゼフを咥え、体の後ろについている小さな尻尾には、無残に毟られたグリフォンの翼が巻かれていた。




 ────合成獣キマイラ




 獅子の頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ凶暴な魔獣であるそのキマイラが、カール達の後を地響を立てて追いかけてくる。


 この国でキマイラが出るなんて滅多に聞かない。それにキマイラは凶暴ではあるが精々大きさは獅子程だ。こいつは信じられない事に体高が3メートル程もある。

 ヨーゼフは、キマイラの口に咥えられ既に事切れている。このキマイラなら人間なんて頭から一飲みにしてしまうだろう。


 本来キマイラの出現情報が寄せられれば、厳戒態勢が敷かれ重装備の討伐部隊が編成される。

 だが、今回の情報はあくまでもグリフォンだった。なのでキマイラと戦う為の装備など用意してきていない。



 キマイラの出現に騎士団の一同は唖然とし、一瞬ではあるが固まってしまう。


「全員後退!! 二人一組で後方に注意し森から退避せよ!!」


 シグレの命令が怒号として響き渡り、騎士団員の硬直が解かれる。俺達は言われた通り、キマイラから目を逸らさずに森の外へ向けて出来る限りの速度で走り始めた。

 時々痺れ薬の塗られた矢を放つが、キマイラの固い毛皮に弾かれて矢が刺さる事は無かった。



 キマイラは縦横無尽に暴れ回り、木々を薙ぎ倒し、近くにいる団員にその爪を振るった。

 皆ギリギリの所でかわしていたが、かわし損ねた者は少し掠めただけでごっそりと肉が削られていた。


 その最中、突然シグレがキマイラに向かって走り出す。そして、目の前でしゃがみ込むとまたこちらに戻って来ようとする。


 目の前を動き回られて触発されたのか、キマイラはシグレに向かい飛び掛かる。


 攻撃を想定していただろうシグレは左に避けてその爪を躱すが、避けきれずに右腕全体をキマイラの爪に抉られてしまった。


「副団長!!」



 慌てて何人かの団員が駆け寄るも、シグレはそれを制止し早く逃げる様に怒鳴りつける。


 そのシグレを良く見ると、腕の中には腰を抜かして動けなくなったカールがいた。



「アイツは……!! どこまでも足を引っ張りやがって!!」


 その様子に俺は怒りが湧いてくる。

 カールのせいでシグレが深傷を負った。だが俺にこの現状を打破するだけの力はない。仕方なく黙って森を抜けられる様に走り続けた。




「……アレク、どうする?」


 エリスが並走して言葉少な目に問いかけてくる。が、当然答えなんて持ち合わせていない。


「どうもこうも、とにかく俺達はまず逃げなきゃならない! この部隊はシグレ副団長の指揮下だ! あの人がいなきゃキマイラなんて勝てる訳がない!」


 エリスが悪い訳でもないのに、自然と語気が荒くなってしまう。俺だって悔しい。何も出来ずに逃げるしかない。だが、だからと言って挑んで勝てるのか。



 そんな俺の考えを見透かした様にエリスが言ってくる。


「ボクはね、アレクと一緒ならなんでも出来る気がするんだ。……きっとアイツにも勝てる」



 エリスの言葉に頭が反応出来ない。

 こいつは何を言っているんだ。シグレが一撃で深手を負わされた。見れば分かる、アイツは一撃で人間を絶命させるだけの力があるし、正面から戦ってとても勝てるとは思わない。


 なのに、エリスはキマイラに勝てると言っている。それも俺が一緒であればとの条件付きだ。


 何故だ、本当にそうなのだろうか。エリスと共にならばキマイラにも勝てるのか。


 森を駆けながら頭を働かせる。勝てる要素はなんだ。俺の武器はなんだ。エリスの得意な事はなんだ。


 ……そして思い至る。



「……エリス、勝てるんだな。お前にはアイツの動きが見えてるんだな」


「うん、流石アレク。良くボクの事を分かってくれてるね。ボク達二人でアイツを倒そう」


「……分かった。全く自信はないがやってやろうじゃないか。だが、先にシグレ副団長を助けてからだ。いくぞ!!」


 俺は恐怖で震える体を叱咤し、シグレの元へ駆ける。シグレは文句を言いたそうな顔をしていたが、そんな状況ではない事を理解し俺にカールを放り投げて来た。

 エリスがキマイラの足元に煙幕を投げ、その煙に姿を紛らせる。



 俺はカールを抱え、エリスはシグレに肩を貸し、4人で魔獣の爪から逃れるべく森の外へ向けて駆けだした。

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