第18話 嫌いなアイツ
地獄の様なマラソンの後は基礎訓練を行った。
基本的なギルベルト流剣術の型や暴漢等への対応方法、また騎士としての心得など心の方の訓練も含まれた。
そういった基礎訓練を一週間程続けた後、一ヶ月は実践と基礎を交えた訓練となった。
何故実践が取り入れられたかと言うと、基礎訓練の最中に案の定カールがボヤきだし、その流れのまま、カール対ディートリヒと言う異例の組み合わせで実践形式の訓練が始まったのがきっかけだ。
結果は当然の如くディートリヒが勝ったのだが、その戦いは圧巻に尽きる。何せ剣を使わずにただ殴っただけである。
恐らくはカール相手に剣を使うのも
そうして始まった実践形式の訓練は、日によって変わるが、大方はデニスとディートリヒのどちらかと行っていた。
ちなみに、エリスだけはディートリヒと実践を行う事はなかった。ディートリヒとして女子と剣を交わす事を頑なに拒否し、なんと最終的には実践が出来ない事をエリスに詫びを入れると言う、これまた異例の事態に陥った。
そして一ヶ月の訓練が過ぎた時、遂に配置換えが実施される。
これは見習い騎士団員のみが対象だが、その性格や能力を鑑みて、5人1班で第一騎士団から外に配属される事になる。
まずは班編成が発表された。
第一班に俺とエリス、そして金髪カールとその腰巾着達が組み込まれた。
腰巾着達は、茶髪の小柄な男がブルーノ、黒髪の大柄な男がヨーゼフというらしい。1か月経ってやっと覚えた。
第二班は残りの連中だ。
この二班の編成はディートリヒとデニスで行ったそうだが、この組み合わせにする事で班全体の能力が均等になるとの事だった。
正直、この編成には甚だ不服ではあったが、騎士団の上司が決めた事だ。従うしかない。
そして俺達は、配属前に騎士団についての説明を受けた。
まず、この王都には近衛騎士団を除いて5つの騎士団が存在する。
その理由として、王都が王宮を中心に5角形をしており、5つの区画に分かれているからだ。その五角形をそれぞれ守るべく騎士団が配置されている。
北の貴族街、東の商人街、真南には王都の正門と住民街がある。住民街の西側には貧民街があり、貧民街と貴族街の間に歓楽街がある。
この5つの街区にそれぞれ騎士団があり、第一騎士団は貴族街に駐屯する団だ。そこから順に、商人街の第二騎士団。歓楽街の第三騎士団。住民街の第四騎士団と、貧民街の第五騎士団だ。
騎士団の強さとしては第一騎士団が一番強く、第五騎士団が一番弱いという事になっているが、それも時と場合により変わるらしい。
団長個人の能力や、その騎士団の得意な戦い方によってどこが強い等と一概には言えなくなるからだ。
そして騎士団の基本的な任務としては王都内の治安維持、反乱勢力の鎮圧、王都近郊の魔物討伐などがある。
自分の駐屯する街区の治安維持は分かるが、鎮圧や討伐はどの様に振り分けているのか。
これは一応騎士団本部の中でシステムが出来上がっているらしい。
そのシステムとは、その時一番治安の良い街区の騎士団が、王都の外に出て遠征任務を行うというものだった。
大義名分としては、
治安が良い=警備が少なくて良い=人員を他に割くことが出来る
という図式があるそうなのだが、この図式になったのは事情があるそうだ。
遠征任務は大変なのは間違いないが、一種の旅行と捉えている者も多く、街の外でしか食べられないその当地の食事を楽しみに、遠征に行きたがる者が多いそうだ。
また、王都の外では騎士団は紛れもない英雄達だ。暴虐な集団を屠り、危険な魔物を討伐してくれる。村や町によっては、騎士団が来るとお祭りの様な騒ぎになる所もあるそうだ。
それだけの歓迎を受けて嬉しくない者はいない。なので、王都の騎士団員は自分の街区の治安維持に努め、遠征任務に就くという密かな楽しみを皆持っているそうだ。
「なるほど、それは一つの楽しみだね。ボク達がいる間に遠征任務があるといいね」
エリスが目を輝かせながら俺に言う。確かに遠征任務は就いてみたいが、それはそんな邪な気持ちで思う訳ではない。
反逆者の制圧や魔物の討伐。これは騎士になる時に見た夢の形の一つだ。治安は良いに越したことはないが、それでも鍛えた腕を奮う機会は欲しいと思ってしまう。
そういう意味で俺は遠征任務に就きたいとは思っている。
さて、俺達が配属される騎士団はどんな所なのか。出来れば尊敬出来る騎士に出会いたいものだ。
そして、配属先が告げられる。
「アレク、エリス、カール、ブルーノ、ヨーゼフ。お前たちは第四騎士団の配属となる。皆騎士としての自覚と誇りを持って任に当たる様に」
「了解!」
俺達の配属先は、第四騎士団に決まった。
◆◆◆◆◆
第四騎士団は、先程の説明では住民街区に駐屯している騎士団のはずだ。俺はほとんど住民街区には行った事がないので、少し地理が危うい。
そんな事を考えながら引率のデニスに連れられて第四騎士団の迎えを待っていると、またしても金髪カールが騒ぎ出す。
「どうして、どうしてこの高貴な私が卑しい住民街区に駐屯しなければならないのか! 私には第四騎士団など似合うはずがない!」
カールの妄言はいつもの事だが、その後の言葉は聞き捨てならなかった。
「それだけでも許し難いのに、こんな詐欺師と売女と同じ班など虫唾が走る! この班編成と配属は無効だ!」
こいつは何を言ってるんだ? 誰が詐欺師で誰が売女だ。その根拠も分からないし、虫唾が走るのはこちらの台詞だ。
久しぶりの怒りで手が震える。カールに掴みかかろうとしたその時、俺の手はデニスに止められた。
「アレク、君は良い。私がやろう」
小さく俺にだけそう言うと、デニスはカールの前に立つ。
「カール君、君とは今日でお別れだから最後に話をしようじゃないか。まず、君は何故第四騎士団が嫌なのかな?」
「そんなの当たり前じゃないですか。貴族の私が騎士をやっているんだ。護るべき相手は貴族であり、平民ではない。だからこそ私は第一騎士団にいるべきなんだ」
「そうか、わかった。次に詐欺師と売女って言ってたけどそれは誰の事かな?」
「デニス殿はそんな事も分からなかったのか。そこに立っているアレクとエリスと名乗っている奴等さ。ソイツらは詐欺師と売女だ!」
「それは何故?」
「アレクとか言う奴は、副団長から何故か高い評価を得た。何か詐欺みたいな事をしているからだ! そしてそこの女は立ち合いすら行なっていない。なのに評価が高いとなると、それは身体を売ったからに決まっている!」
そう言って俺達の方を指差す。俺の怒りは頂点に達する。
デニスを振り切ってカールを殴ろうとすると、俺が殴る前にカールは吹っ飛んでいった。
驚いて横を見ると、まさかデニスがカールを殴り付けてるではないか。
「カール君。君とはもう二度と会わないだろうから最後に言わせてもらう。……てめえなんか二度とツラを見せるな! 人を貶める事で自分の矜恃を保つなんか、騎士団の恥晒しだ! 第四騎士団には申し訳ないが、てめえのツラを見ないで済むと思うと清々するぜ」
デニスがいつになく険しい表情でカールに告げる。
デニスが本気で殴っていなかったのだろう、カールは尻餅をついて呆けた顔でデニスを見つめる。
そしてその表情は段々と怒りに変わってくる。
「き、貴様っ! 何をする! こ、こんな事をしてタダで済むと…」
「おやおや皆さん、如何されましたか? 公衆の面前で騎士たるものが不埒な事を行なってはなりませんよ。さあ、皆さん出発ですよ」
そう言って突然現れる黒髪の騎士。恐らくは迎えに来た第四騎士団の者なのだろう。こんな近くに来るまで気配は感じられなかった。やはり只者ではない。
「申し遅れましたが、私は王国第四騎士団所属、副団長のシグレと申します。これから宜しくお願いしますね」
シグレの突然の登場で出鼻を挫かれたカールは、その怒りの矛先をシグレに向ける。
「突然何なんですか貴方は! 今は私がそこの銀髪と話していた所でしょうが!」
「ああ、君が……。ディートリヒから話は聞いている。宜しくね、カール君」
シグレはカールの言葉を聞いているようで聞いていない。
そして、特に何も言わずに付いてくるように顎で指示を出す。
それでは気が治おさまらないカールは、歩いて行くシグレの肩を掴み引き戻そうとする。
そして、シグレの眼光に固まりその後の言葉が継げなくなる。
……ヤバイ、アイツは只者ではない。離れていても分かる。カールに向けた視線にハッキリと殺意が込められていた。その眼力は尋常では無く、側に居ただけの俺達の動きすら制止する力があった。
ディートリヒと言いシグレと言い、騎士団と言うのはバケモノの集まりか……。しかもそれでもまだ副団長クラスだと言う。
一体本物の団長とはどれ程の物なのか。
期待と不安が入り混じる中、俺達は第四騎士団の詰所へ向かった。
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