第17話 初めての訓練
王から叙勲を受けた俺達は、そのまま騎士団の控室へ案内された。案内してくれたのは、謁見の間まで案内してくれたデニスだった。
「えっと、まずは皆さんおめでとう。見習いという前書きは付くけど、これで貴方達も立派な騎士です。これからは騎士団の一員としての活躍を期待してるよ」
言いながらデニスはあたりを見回す。誰かを探している様だ。そのタイミングで控室の扉が開かれる。
扉を入るときに頭を下げて入る程の大男。軽く見積もっても2mは超えているだろう身長。それに見合った体躯をしている厳つい男が、俺達の前に立ちギロリと見下ろしてくる。
「……俺は第一騎士団、副団長のディートリヒだ。今後は俺の指示に従ってもらう」
低い唸るような声でそれを告げると、俺達を横一列に並べた。
「右の奴から自分の名前を言え。家名はいらん。ここではお前らは一人の騎士だ。言いたい事は自分の行動で示せ」
そう言われて右の人間から順番に自分の名前を告げて行く。俺とエリスも無難に答えたが、その後に問題が起こった。
俺とエリスを舐める様に見ていた金髪の奴だ。
「私はカール=フォン=バークレー。バークレー伯爵家の長子だ。以後よしなに」
そう言うと、カールと名乗った男はにやりと笑う。対してディートリヒはちらりと一瞥した後は一切無視だ。カールの腰巾着だった男達も次々と名前と家名を名乗る。それぞれ男爵家、子爵家らしい。
10名全員が自分の名前を名乗った所で、ディートリヒが重い口を開く。
「よし、よく分かった。お前たちがどうしようもない馬鹿だって事がな。俺は名前を言えと言った。だが何を勘違いしたか家名まで名乗った奴がいる。それがなんだ。お前はその家名に見合うだけの功績を残したのか。そんな馬鹿相手に真面目に付き合う気になるか。これから訓練を始める。全員準備をしろ」
それだけ言い残すと、ディートリヒは部屋から出て行く。間際にデニスにいくつか指示を出していた様だ。
「……あいつ、バークレー家の威光に恐れをなして出て行ったな。ふん、所詮副団長などその程度だ。まったく、もっと骨のある人間はいないのか」
金髪カールはそう言い放ち、その言葉を腰巾着達が肯定する。端から見ていてその様は滑稽だったが、デニスの鋭い眼光と言葉で遮られる事になった。
「カール君って言ったっけ? 別に君が何を言おうと勝手だよ。ただ、君が家名を名乗る事によって、その責任は君の家にも出てくる。それだけは忘れないでね。後、騎士団の上司が言った言葉に従えないのは、個人的にどうかと思うよ」
口調は柔らかいが、その内容と雰囲気は決して聞き流す事の出来ない迫力を伴っていた。
一瞬鼻白んだカールとその一味だが、敢えて気にしない事にした様だ。
そのままデニスは俺達に指示を出す。騎士団の正式な訓練着に着替えた後、修練場に来る様にという事だった。
エリスは何も言わずにその場で服を脱ぎ出したので、慌ててやめさせて別の部屋で着替えさせた。はぁ。
◆◆◆◆◆
修練場は屋外の運動場の様な場所で、円形の広場となっていた。
俺達は広場に隣接した準備室に通される。そこには、騎士団の正式装備一式が人数分揃っていた。
騎士団の正式装備とは、プレートアーマー一式と、ミスリルのロングソード、そして緊急用ナイフだ。
俺は先日父と手合せをした時の記憶が蘇る。その時甲冑を着込んだ父に対して何を思ったのかも。
準備室にも相変わらずディートリヒはいなかったが、デニスが引き続き案内を続ける。
「さて、先程言われたと思うけど、これから君達の訓練を始めるよ。その前に全員、そのアーマーを着込んでくれ」
騎士見習いの中でアーマーを着た事がある者は少なかった。俺とエリスは問題なく着る事が出来たが、金髪カールとその一味はデニスに着方を指導されていた。
今回の入団者は、アーマーを着る事が出来て無邪気に喜んでいる様に見える。これで本当に騎士になったんだ、なんて声も聞こえてきた。
だが、俺はアーマーを着た時点で嫌な予感がしていた。エリスも同じだ。二人で目を合わせ少し肩を落とす。
全員が無事アーマーを着られた事を確認すると、デニスは爽やかな笑顔で指示を出す。
「よし、皆アーマーは着られたね。じゃあそのまま修練場を10周走って来てくれ」
その言葉に愕然とする一同。中には言葉の意味を理解しない者もいた。俺は嫌な予感が当たった事に少しだけ溜息をつきながら従う。だが、金髪カールはそうはいかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その走り込みに何の意味があるんだ! 私は無駄な事はしたくない。意味があるならまず説明をして欲しい」
「はぁ……。カール君、これで最後にしよう。君が今着たそのアーマー。それは25キロあるんだ。これを着て走る、これが出来ない人間に騎士団にいる資格はないと思ってる。もし君がそれ以上何かを言いたいのであれば、この走り込みを終わらせてからにしてくれ。私も一緒に走るから、私よりも早く走り終わったら君の話を聞こうじゃないか」
デニスは有無を言わさぬ迫力でカールに言葉を返す。カールはその言葉に歯噛みをして悔しがるだけだ。
そのままデニスを先頭に俺達一同は走り始める。
──ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ。やはり重い。
全身を覆うフルプレートアーマーは、走る度に体力をどんどん削っていく。
修練場の外周は、恐らく1周1キロ程度。10周走るだけなら普段は特に問題ない。だが、このアーマーを着込んで走るとなると、その難易度は桁違いに跳ね上がる。
まず重さ、そして動きの制限、最後に暑さだ。
重さと動きについては予想していたが、暑さについては予想外だった。
走れば当然体は熱を発する。その熱がプレートアーマーのせいで外に発散されず、内側に籠ってしまう。
籠った熱は更に体力を奪う。この悪循環で騎士見習い達は既にヘロヘロだった。
俺も例外ではない。感覚で言うといつもの倍は疲れている。ただ、このまま行けば走りきる事は出来そうだ。
ふと気になってエリスを見ると、アーマーなんて着ていないかの様に軽やかに走っている。
もしかしてエリスのアーマーだけ軽い素材なのか、なんて穿った見方をしてしまう程にはエリスは疲れていない様子だった。
これには一緒に走っていたデニスも驚いていたみたいで、エリスのアーマーが偽物ではない事が分かる。
俺は意地を見せてエリスに置いて行かれない様に喰らいついて走った。
息も絶え絶え、俺達はなんとか10周を走り終わる。エリスはさらっと走りきったみたいだがな。
走り終わって
「お疲れ様。少しだけ休憩していいよ。君達は中々見込みがあるね。初めてアーマーを着た人達は、この距離はまず走れないよ」
そうなのか、そういうものなのか。じゃあなんでこんな距離を走らせるんだ、とは思いつつも俺は黙っておく事にする。
そして残りのメンバーを見ると、確かにあのペースでは完走は難しそうだ。果たして完走出来なければどうするつもりなのか。
突然、デニスが聞いたこともない様な大声で怒鳴る。
「お前らぁー!! そんな事も出来ないで騎士団にいられると思うなよ!! 出来なかった奴は俺が特別に個人レッスンしてやるからなっ!!」
良く通る声で怒鳴りつけられ、騎士見習い達はびくっと体を竦ませる。そして慌てて態勢を整えて走り始める。へろへろの体に鞭を打ち、なんとか全員完走出来た。
「よし、皆体はほぐれたかな? じゃあこれから訓練を始めようか」
デニスは非常に爽やかな笑顔で訓練の開始を告げる。
まるで今の走り込みは無かったかの様だ。
あの煩いカールも何も言えず、苦々しげに睨みつけるだけだった。
俺もエリスもげんなりしながら訓練を始めるべく準備をする。
どうやら、騎士団と言うのは色々な意味で厳しいのかも知れない。
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