第15話 騎士団、入っとく?

 エリスと共に屋敷に入る。

 二人とも今さっきまで動いていたので、流石にそのまま会食という訳にはいかない。


 俺は自室で着替えようとすると、何も言わずエリスもそのまま着いてきた。



「……おい、なんで着いてくるんだ」


「え? だって着替えるんでしょ?」


「……そうだ、着替えるんだ。なのに何故お前は俺に着いてくる。お前は女だ。別の部屋で着替えてくれ」


「別にアレクと一緒でもボクは構わないよ?」


「いい加減大人になった自覚を持ってくれ。もう昔とは違うのだからな」


 エリスは不貞腐れた様な納得のいかない様な顔をしながら、どこか嬉しそうだった。




 自室で服を着替え、軽く体を拭いてから来客用の応接に向かう。

 そこには既にうちの両親とエリスの両親が集まっていて、お茶を飲んでいた。


「おぉ、アレク君! 久しぶりだね。しばらく会わないうちに立派になったもんだ」


「ご無沙汰しております、ミルヒシュトラーセ公爵閣下」


「はは、そんなに畏まらないでくれ。今日は昔の友に会いに来たんだ。君は友達の息子だ。精々親戚のおじさんと付き合う感覚でいて貰わないと、こっちの息が詰まってしまう」



 相変わらずな人だ。この親あってこの子あり。エリスは間違いなく父親の血を色濃く受け継いでいるんだろう。



「お気遣い頂き有難う御座います。では改めて、お久しぶりです、バリス様。お元気そうで何よりです。メルト様もお久しぶりです」


「ちゃんと私の事も覚えていてくれて良かったわ、アレク君。少し見ない間に身長も伸びたし、随分男前になったわね。将来有望ね」


 何の将来が有望か分からないが、二人とも好意的に迎えてくれて良かった。この二人は父の昔からの友人であるし、国内での地位も非常に高い。

 父の顔に泥を塗らない為にも、せめて良い印象は持っていて貰いたい。



「それで、うちのお転婆娘は知らないか? アイツときたら、馬車を飛び出して一人で馬に乗って行ってしまってね。多分先にここに来たのだと思うんだが……」


「ええ、エリスさんなら一足先に着かれた様で、一緒に稽古をしておりました。今は着替えて準備をしてるんだと思います」


 俺がそう告げると同時に、応接の扉がノックされる。


「失礼致します。エリス様がお見えになられております。宜しいでしょうか」


「構わない、入って頂きなさい」


 そう言って扉が開かれる。そこに居たのは、先程の動きやすい格好とは打って変わって、貴族然としたエリスがいた。



 薄い黄色を基調に、煌びやかなレースの刺繍が施され、胸元にはアクセントで透明の宝石が散りばめられてたドレスを身に纏う。髪の毛は先ほどのポニーテールから一転、緩く巻かれたロングヘアーになっていた。エリス自身のレッドブロンドの髪と相俟って、とても華やかな装いとなっていた。



「ご無沙汰しております、フリューゲル侯爵閣下。侯爵夫人閣下。遅くなり申し訳御座いません」


 お腹の前で手を合わせて軽く一礼する姿は、誰が見ても麗しく、深窓の令嬢という言葉がぴったりだった。……中身を知らなければ。


「久しぶりだね、エリスさん。とても綺麗になったね。今バリスも言っていたが、そんなに畏まらなくていい。今日は仲の良い家族同士の昼食会だ。私の事は近所のおじさんだと思ってくれればいいさ」


 先程バリス公爵が俺に言った事と同じような事を父はエリスに告げる。その途端にエリスはいつものエリスに戻った。


「そうですか、なら良かった! こんにちは、おじ様、おば様。久しぶりにお会いできて嬉しいです。今日は呼んで頂きありがとうございました」


 いつものエリスはニコニコ顔でそう言った。これにはうちの両親がどんな反応をするか冷や冷やだったが、意外とすんなり受け入れた様だ。


「いやいや、元気で何より! うちのアレクにも見習って欲しいくらいだ。人間は礼儀も大切だが、それよりも心が重要だ。エリスさんみたいに素直な挨拶をして貰えると私も嬉しいよ」


 こんな事を言っている。普段は礼儀を重んじる癖に、若い女の子には甘いのかも知れない。


「いやいや、そちらこそ! うちの娘は礼儀をまるで知らん様だ。アレク君の様な将来有望な若者が是非息子に欲しいくらいだ。どうだい、アレク君。うちの娘を嫁に……」


「お父様、……チョン切るわよ?」


 バリスは黙った。これはエリスの家ではいつものやり取りなんだろうか。男として恐ろしい事である。


 だがおかげで場が和み、良い雰囲気のまま昼食会を始める事が出来た。


 折角の晴天だという事で、昼食会は中庭にテーブルを出して行う事になった。







 昼食を取りながら取り留めのない会話をする。その中でエリスの剣の腕前の話になった。


「アレク君はうちの娘が多少なりとも剣の心得がある事を知っているかね?」


 ……知っていますとも。先ほど完膚なきまでに叩きのめされました。


「ええ、剣の訓練をしているという事は知っています。それがどうかされましたか?」


「なに、かれこれ10年程うちの娘も剣に打ち込んでいるからね。アレク君から見て娘はどの程度なのかと思って聞いてみたんだよ」


 エリスは人の悪い笑顔を浮かべながら、こっちを見ている。回答次第では先程の俺の失態をバラすとでも言わんばかりだ。


「私の様な若輩では、エリスさんの実力は測りかねます。ただ、長年打ち込んでると聞いてるので、かなりの腕前なのではないでしょうか」


 とりあえず無難に返答をしてみる。ちらっとエリスを見ると、まあ合格点だなという様な表情をしていた。



「そうか、じゃあどうなんだろうか。うーん。なあノイシュ、どう思う」


「そうだなぁ。私が直接確かめても良いが、女性相手に剣を振るうのも……」



 一体何の話をしているのか。剣の腕前を父が確認するなど、一体何の事なのだ。


「あの、そういえば今日は父上がバリス様方をご招待したのでしょうか?」


 それに対してはバリス公爵が答えた。


「違う違う、今日は私が王都で用事があって、それでノイシュを誘ったんだよ。相談もあったしね」


「そうそう。バリスが折り入って相談があるという事でな。アレク、お前にも関係してくる話だと思うぞ?」


 余計に分からない。俺にも関係してくる? エリスの剣の腕前? まさか本当にエリスとの結婚話が出ているのではないだろうか……。俺は額から垂れてくる嫌な汗が止められなかった。


 エリスはワクワクした顔で父親二人を見ている。おい、お前は何か知っているのか。



「あの、一体何の話でしょうか……。私とエリスさんに何か関係が……」


「アレク、何かお前は愉快な勘違いをしていないか?」


「ああ、いいんだノイシュ。私から説明をするよ。アレク君、今王国では深刻な騎士不足という事は知っているかね?」




 突如バリス公爵から振られた話は、俺にとって青天の霹靂だった。

 王国が騎士不足など聞いた事もない。少なくとも王都内ではそんな事は無いように感じる。あちこちに騎士団の人間を見かけるし、治安も悪くない。事あるごとに隊列を組んで行進の訓練をしている姿も見る。それでも人手不足なんだろうか。


「アレク君が驚くのは無理もない。この王都内では確かにそんな事はないだろう。しかし騎士団には辺境に駐在している部隊もある。一括りで辺境騎士団と呼んでいるが、そこの部隊が足りない」


「辺境騎士団の存在については私も知っております。しかし、何故辺境騎士団は人手不足なのでしょうか」


「うむ。これにはいくつか理由がある。まず一番大きな理由が、騎士足り得る強さを持つ人間が少なく、募集をしても合格に至らない。次に、今辺境では魔物が増えている。この討伐任務が忙しく、各街や村に駐在させられる程人手に余裕がなくなって来ている。最後に、これは国が悪いと思うのだが──」


「おい、バリス。そこまで言うのか」


 父からバリス公爵に制止が入る。公爵は悩んだが、それでも告げる事を決めた様だ。


「ああ、彼らには聞いて貰いたい。……実は今王国は、隣の帝国と手を組んで魔界の調査に乗り出している。これから魔界を制圧するのか、友好関係を結ぶのかはまだ決めかねているが、どうやら領土の拡大や新技術の獲得を目指しているみたいだ。その護衛として辺境騎士団が招集されている」


「ま、魔界ですか……!」


 俺は余りの内容に言葉が出ない。騎士不足という話だけでも驚きだったのに、魔界進出を目論んでいるなど想像した事もない。一体この国は何がしたいのか……。



「それで、その騎士不足と私達にどういった関係があるのでしょうか……」


「ああ、そうだな。魔界に行って欲しいとかではないから安心してくれ。さっきも言った通り、現在この国は騎士不足だ。だから、正騎士ではなく騎士見習いの制度を作らないかとノイシュに相談をしていたんだ」


「そう、それで騎士見習いを仮に作ったとして、その騎士見習いは果たして何が出来るのか、どこまでの任務をさせるべきなのか、それを考えていた」


 結局の所、話としては騎士見習い制度を作る前に、仮で見習い騎士を何名か体験入団させ、それが制度として成り立つかどうか検討しようとの事だった。


 その体験入団に選ばれたのが俺とエリスだった。その他にも何名かいるらしいが、皆騎士団と所縁ゆかりのあるものが選ばれたそうだ。


 勿論、体験とは言ってもその間は騎士と同等の内容が要求される。規律・行動・信念等、自分は騎士団の一員である事を自覚を持って過ごさなければならない。

 なので選ばれたと言っても、断る自由も勿論ある。



「私としては願ってもない機会なのですが、それにエリスさんが選ばれたのは何故でしょうか」


「エリスは先ほども言った通り、剣の心得はある。恐らく並の男以上の使い手ではないかと、親馬鹿ながらも思っている。今後、女性でも騎士団入団を望む者も出て来るだろう。その時の先駆けとなり、また導く者としてエリスの様な存在がいたら、今後の騎士団が大きく変わってくるのではないかと思ってな」


 成る程、それでさっきエリスの腕前を聞いてきたのか。

 だが、エリスは冒険者になりたいと言っていた。自分の道は自分で決めたいと言っていた。そんなエリスがこんな話を受けるのだろうか。


 ちらっとエリスを見ると、やはり俺を見てニヤニヤしている。

 そして唐突に言い放つ。


「私、その話を受けたいと思います! 是非宜しくお願いします!」


 俺は愕然とした。まだ何も詳細を聞いていない。いつからなのか、何をするのか、待遇はどうなるのか。

 それでもエリスには、そんな事どうでも良くなるような何かがあったのだろうか。



 ……でも、だからって俺だってエリスに負けてられない。


「俺もやります! やらせて下さい!」



 こうして俺達の見習い騎士団への入団は、なし崩し的に決まった。

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