第14話 エリスの憧れ
「ぼ、冒険者だと……!? なんでだ?」
「んー、色々考えたんだけど、ボクは冒険者になりたいんだなって思ったんだ」
「冒険者なんて……。決して彼らを馬鹿にする訳ではないが、彼らは社会的にも身分を保証されている訳でもない。依頼をこなし金銭を得る、謂わば日雇い労働者だ。どうしてそんな者になりたいんだ」
「アレク、言葉の端々に本音が見えてるよ。馬鹿にしてるじゃん。でも、アレクの言いたい事もわかるよ。それでも、ボクは冒険者になりたいんだ」
「……一体どうして」
「ちゃんと最後まで聞いてね? あのね──」
そう言うと、エリスは今まで自分がどう考えていたかを語り始めた。
◆◆◆◆◆
エリスが言うには、きっかけは俺が剣を振るっていた事にあるという。
エリスとは、お互い5歳の頃に貴族の屋敷で開かれた晩餐会で初めて出会った。
その頃は大人しかいない晩餐会で子供がいるなんて珍しいくらいにしか思わなかったが、エリスはそうでなかった様だ。
その晩餐会では俺にしきりに話しかけてきた。俺は普通に相手をしていたつもりだが、どうやらそれがエリスにとっては嬉しかったようだ。
その後、我が家とエリスの家は家族ぐるみで交流がある事がを知り、家族で会う時には俺もエリスも参加する様になった。
その当時、ミルヒシュトラーセ家は王都内の本邸で生活をしており、エリスはことあるごとに我が家へ遊びに来ていた。そんな時、父に稽古をつけて貰っている俺を見かけたらしい。
そしてエリスは剣に興味を持った。
その後は、それは大変だったそうだ。
エリスは俺が使っていた木剣を欲しがり、ミルヒシュトラーセ卿を大いに困らせた。
娘の懇願に負け渋々木剣を渡すと、エリスは毎日嬉々として木剣を振り続けたそうだ。
そんな娘に
怪我をしない様に肘当てや膝当てを用意したり、動き易い服装でもなるべくお洒落な物を用意したりしていたそうだ。
そして、どういう風の吹き回しか、その頃から折を見てミルヒシュトラーセ卿はエリスに様々な事を教え始めたらしい。
山の登り方、火の起こし方、湖の泳ぎ方、魚の取り方。端から聞いていると、まるでエリスが一人でも生きて行けるようにその術を教えていたかの様だ。
エリスはその全てを吸収し、剣術だけでなく、生きていくという事が全て修行になったようだ。
そういう生活を10年程続け、エリスは今年で16歳になる。これからの人生を決める大切な時に、今後の事をエリスなりに考えたらしい。
通常、貴族の子弟は自家を繁栄させるために国の要職に就いたり、領地を豊かにさせるよう努力する。しかし、エリスには自分がそういう事をしている姿が想像つかなかったそうだ。
自分自身で、何をしたい? どういう風に生きていきたい? という自問自答を繰り返し、出てきた答えが、冒険者になりたいという事だった。
エリスは、このまま何もしなくても、多分生きて行ける。ミルヒシュトラーセ家は腐っても公爵の爵位を持っている。財産を処分すれば3回くらい生まれ変わっても生きて行けるだけの資産はあるだろう。
だが、エリスはそんな生き方はしたくなかった。自分で行動をした結果、何かを得て何かを失う。
小さくても、慎ましくても、自分で物事を決めて生きていきたいと思ったそうだ。
「……その結果が冒険者か」
「そう! 自分の力で生きていく。ボクがいっぱい考えて出した結論だよ」
エリスは俺なんかよりよっぽど真面目に自分の将来を考えていた。
冒険者と言う職業は、自称でいい。自分で仕事を探して金を稼げばいい。だから冒険者になると言えば必ずなれる。
……じゃあ俺は騎士になれなければどうするんだ?
我が家も貴族としては栄えてる部類に入る。父親は大変に名誉のある近衛騎士団長だ。
だが俺は別だ。今の所は近衛騎士団長の息子でしかない。近衛どころか、普通の騎士団にすら入れなければ、俺の将来はどうしたらいいのか。
エリスの言葉に、自分の未来の見てこなかった部分、つまり負の部分を直視する事になり愕然とする。
そんな俺の様子を見て、エリスが近付いてきた。そして、俺の肩にそっと手を乗せる。
「アレク、アレクが何を考えてるか分かる。だからね、大丈夫だよ。アレクはきっと騎士になれる。そして誰よりも立派で強い騎士になる。ボクが保証するよ。だから一緒に頑張ろうね」
そっと微笑むエリス。
エリスの言葉と笑顔に俺の心は落ち着きを取り戻していった。
苦手だと思っていた女性だが、その触れられた手からは優しい温もりが伝わってきて、ささくれた心を包み込んでくれた。
「……ああ、そうだな。そう信じて頑張ろう。エリスの事も応援している」
それが、今の俺なりの精一杯の言葉だった。
立合いが終わり、俺とエリスは中庭で暫く話をする。
俺はエリスの剣術が気になっていた。……悔しいが、俺よりも強いからな。
なので、恥を忍んでエリスに問う。
「エリスがずっと剣の修行をしてきたのは分かった。だが、どうやってそこまでの力を付けたのだ」
「ふふーん、アレクはボクに負けたのが悔しいんだね。わかる、わかるよーその気持ち」
エリスの返答に、俺は聞かなければ良かったと後悔した。
「ボクがしている事は特別な事じゃないよ。時間はかかるかも知れないけど、きっと誰でも出来る事だと思う」
「どういう事だ?」
「ボクはね、この10年間剣を振ってただけじゃない。さっきも言ったけど、山登りや湖で泳いだり、魚も取った。それに、獣とも戦ったりしてた」
さらっと告げるエリスに、俺は驚愕の視線を向ける。
獣と戦う? 何故だ、何故そんな事をしている。獣の種類にもよるが、下手したら怪我では済まない事になる。
「驚いた? ボクもね、最初は怖かった。初めての時は父様や護衛がいたよ。それでも怖かったなー」
「……どうしてそんな事をしたんだ」
「それがさっきの話に繋がるんだけど、ボクがしていた訓練。それは『眼』を鍛える事だよ」
「眼?」
「そう、眼。アレクも分かってると思うけど、ボクはか弱い女の子だ。力じゃアレクには敵わないし、速さも敵わない。だからボクは眼を鍛えた。筋肉の動き、次の動作の初動、それを見逃さない眼。そして体の動きから次の行動を予測する眼。究極で言えば力の流れを可視化するって言うところまであるみたいだけど、まぁそこまでは出来ないけどね」
こいつは何を言っているんだ。
筋肉の動き? 次の動作の初動? そんなのは分かる。
剣術だけでなく、武術の心得がある者であれば初めに習う事だ。だが、相手の行動を予測する? それは当てずっぽうではないのか?
ただ、確かに先程の立合いでは俺の行動を読んでいたエリスに、いとも簡単に負けてしまった。
だがしかし……
「あ! その顔は信じてない顔だねー。別に良いけどね。眼を鍛える訓練で、獣と対峙したんだよ。獣は動きが読みやすいんだって。本能でしか生きてないから、自分の持てる最善で戦う。だから動きが読める。まぁいくら動きが読めても、その力が自分より上回っていれば勝てないんだけどね」
さらっと怖い事を言いやがる。
仮に俺が剣を持って甲冑を着込んでの重装備で戦っても、獣単体で勝てるのは狼ぐらいが良いところだろう。例えば熊なんかだったら、多分勝てない。恐らく死ぬだろう。
こいつはそんな事をしていたのか……。
今日、何度目か分からない驚きを感じている所にメイドがやって来る。
「アレク様。ご主人様がお呼びです。お客様が到着されたとの事です。どうぞお屋敷迄お戻り下さい」
「……どうやらエリスのご両親が到着した様だ。行こうか」
「うんっ! あっ、それでねアレク。さっきの冒険者の話はまだ父様と母様にはしないでくれる? まだボクからは言ってないんだ。だからね、お願い」
エリスはわざとらしくウインクをして俺に頼み込んでくる。
果たして、自分の娘が冒険者になりたいと言ったら、あのご両親はどんな反応をするのだろうか。
なんだか意外とあっさり了承してしまう気がしないでもない。
もしかしたら、いつかエリスと共に、騎士と冒険者として肩を並べて歩く日が来るかも知れないな。
……いや、今の実力だとエリスが騎士で俺が冒険者かも知れない。
俺はエリスを勘違いしていた。天賦の才に物を言わせて努力もせずに実力のある者だと思っていた。
だが、実は相当の覚悟と努力をしていた様だ。俺なんかが足元にも及ばない程の。
今日エリスに散々驚かされた俺は、エリスの実力と努力になんとも言えない気持ちになり、トボトボと屋敷に向かって行った。
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