第11話 〜ハクトとクラリスの修行と日常・下〜

 ハワードの隣で警戒を続ける。しばらくすると、クラリスが浮かない表情で戻って来た。


「どうだった!?」


「……ダメだったよ。息のある者には治癒術を使ったけど、みんな助からなかった。役に立てなくてすまない」


「それは……。クラリスのせいではないから気にしない方がいいよ。じゃあ、残ったのは僕達だけか……」


 総勢30人近い隊が、一瞬で僅か3人になってしまった。何故こんな事になってしまったのか、何の為の護衛だったのか。


 やるせない気持ちは抑えられないが、だがこのままここにいるのも危険だ。夜道に馬車を走らせるのは気が進まないが、少しでも危険からは離れたい。

 幸いここは比較的栄えた街道だ。轍やぬかるみなんかもほとんどないから、ゆっくりであれば進む事も出来るだろう。


「ではハワードさん、これから夜通し進んでいきます。ハワードさんは馬車の中で休んで頂いて構いません。何かあれば声をかけさせて貰いますね」


 ハワードは力なく頷き、後は任せると言い残して馬車の中に籠ってしまった。

 僕達はゆっくりと馬車を進めて行く。周囲を警戒し、足元を確認しながら馬車を走らせるのは、酷く大変だった。





 ◆◆◆◆◆





 やがて夜が明けると、少しずつ馬車の速度も上がる。

 途中いくつかの休憩所や村もあったが、今は少しでも目的地に急ぎたい。最低限の休憩だけを挟み、馬車は一路ブラーゼへと進んでゆく。


「クラリス、昨日の野盗はなんだったんだろう。守り切れたとは思えないけど、なんだか酷くあっさりしてた気がする」


「そうだね。普通の野盗とは違うのは間違いないね。連携もそうだし、個人の手腕も中々だった。何か組織だった動きをしてる集団に思えるね」


 組織だった集団……。それは野盗が連合でも組んで、それぞれ訓練でもしているという事なんだろうか。

 そんな物騒な話は聞いた事がない。野盗は最低限の集団行動しか出来ないからこそ野盗なのであって、それが規律を守って行動をしているのであれば恐ろしい武力集団だ。

 そうなると、対抗するには騎士団にでも討伐依頼をするしかなくなる。





 色々とクラリスと話をしているうちに、今日の夜営が出来そうな場所を見つけた。本当は近隣の村に泊まりたかったのだが、ハワードがそれを固辞した為、今日も野宿をする事になった。


「君達、今日は大丈夫なんだろうか」


「それは私達ではなく、盗賊達に聞いて下さい。ハワードさんが運んでる荷物が魅力的だからこそ彼らも襲ってくるのでしょうからね。私達は依頼された任務を全力で遂行するだけです。身の危険を感じた場合、私達はハワードさんの命を第一で行動しますので」


 なんとなくつっけんどんに言い放つクラリス。それを聞いてハワードもしかめっ面をする。


「ふん! では私は馬車で寝るので、夜営をお願いするよ!」


 バタンっと大きな音を立てて馬車の扉を閉めてしまった。



「……ねぇ、クラリス。あんなにハワードさんを挑発する様な言い方をしなくても良かったんじゃない?」


「いや、あれでいいんだよ。いざとなった時、荷物か命か選択して貰わなくてはならないからね。彼にもその覚悟だけはして欲しい」


 なる程、そう言う事か。今のあの人なら即荷物を選びそうだ。命を捨ててまで守りたいとするならば、果たしてそれはどんな荷物なのか。



「今日も奴らは来るかな」


「さあ、どうかな。私は来ないと思うけどね」


 意外な事に、クラリスは可能性を否定する。だが彼女が来ないと言うのであれば、妙な説得力があり僕は安心する事が出来た。


 その晩、クラリスの言った通り野盗は現れず、僕らは体だけは休める事が出来た。







 翌朝、上手くいけば今日中にもブラーゼに辿り着く。果たして無事に道中を過ごす事は出来るのだろうか。


 僕のそんな思いとは裏腹に、ブラーゼに辿り着くまでは何もなく、その日の午後には街の外壁が見えてきた。



「ハワードさん、ブラーゼの街が見えて来ましたよ!」


 馬車の扉越しに声をかけると、小窓が開いてハワードが顔を覗かせる。


「後どれくらいだ?」


「15分くらいですね」


「分かった、じゃあ北の正門でなく西側の門へ向かってくれ」


 理由は分からないが、指示された通り西門へ向かう。西門では普通の検問所の脇に小さな門があり、そこを通る様指示される。

 通る際にはハワードから渡された通行証を見せると、荷物を検められる事なく通る事が出来た。



「……すごいですね。街の検問を素通りなんて」


「彼がそれだけの権力者なのか、もしくはそれだけの事が出来る権力者に繋がっているんだろう。私にはそんな事出来ないな」


 この間の野盗の襲撃から、ハワードの事になるとクラリスの言葉に妙なトゲを感じる。何か僕の知らない所で確執でもあったのだろうか。



 街に入ると、一つの屋敷へ向かう様に指示された。辿り着いた屋敷は貴族の様な立派な豪邸で、ハワードの巨大な馬車も余裕で受け入れる事が出来た。


 門を潜り屋敷の扉までゆっくりと馬車をすすめる。するとハワードの方から声をかけてくる。


「ああ、君達はここまででいい。護衛ご苦労だったな。これが今回の代金だ。色々世話になったから弾ませてもらったよ」


 そう言ってハワードは大きめの革袋を取り出し、そのまま有無を言わさず僕に渡してくる。革袋は硬貨がパンパンに詰まっており、ズッシリと重たかった。


「あ、ありがとうございます! また何かありましたら、是非宜しくお願いします!」



 僕達は依頼の代金を貰い、無事に任務を遂行する事が出来た。これもほとんどがクラリスのおかげだ。最後はなんだか拍子抜けしたが、無事に辿り着く事が出来て本当に良かった。





 ◆◆◆◆◆





 依頼金も手に入り、懐が温かくなった。久々に大きな街に来れたので、楽しみになるのは食事と寝床だ。


 それなりの場所に宿を取り、街中で料理屋を探す。手頃な料理屋があったので、その店の隅に座り食事を注文した。



「はあ、何とか無事に依頼が片付いたね。これもクラリスのおかげだね。ありがとう、クラリス」


「一緒に依頼を受けたんだ。二人で役割分担は当たり前だよ。そんな事気にしなくていい。それよりも、依頼の代金は確認したの?」


 クラリスに言われてハッとした。慌てて貰った革袋を机に出す。その口を開いてみると……、無事に金貨が入っているのは確認できた。


「1枚1万ギル。1日5万ギルで、4日間。掛ける二人だから40万ギル……」


「全部出してごらん」


 僕は机の上で袋をひっくり返す。すると……。


 金貨だったのは上辺だけで、その下には銀貨や銅貨が詰まっていた。


「ひぃーふぅーみぃーよぉーいつむぅー……。うん、ギリギリ10万ギルあるね。二人の依頼料としては充分だ。……さて、ハクト君。君はこれでどうするかな」


 確かに僕らにとっては充分な金額だ。……だけど、命を懸けて護衛をしていたのは僕達だけじゃない。その人達の気持ちを簡単に裏切った事に、僕はどうしても納得がいかなかった。


「交渉だけでもしてみたいと思う。どうかな」


「まぁ、話すだけはタダだからね。行ってみようか」


 二人で頷き、食事を早々に切り上げて先ほどの豪邸を目指して歩き出す。







 豪邸についた時にはすっかり日が沈んでしまった。夜に他家を訪ねるのは気が退けるが、今ここで問い詰めておかないと後で白を切られる可能性が高いので、行動はなるべく迅速に起こしたい。


 大きな門をくぐり、扉に付いているノッカーを鳴らす。暫くすると、陰鬱そうな顔をしたメイドがゆっくりと扉を開ける。


「夜分にすいません。ハクトと申します。ハワード氏は御在宅でしょうか」


「……少々お待ち下さい」


 それだけを言い残し、メイドは再び扉を閉める。

 そしてまた暫くすると、扉が開かれ今度は屋敷内に招き入れられた。


「当主がお待ちです。どうぞこちらへ」



 メイドの後について屋敷に入る。外見に違わず立派な装飾の施された室内だが、何処となく居心地の悪さを感じる。

 そうして通された場所は、やはり豪華な応接室の様なところだった。



 僕らがソファーに腰掛けて、すぐにハワードは出てきた。


「やぁ、二人とも。先程別れたばかりなのにどうしたのかね? 何か忘れ物でもしたのかな?」


 ハワードは嫌味な笑顔を浮かべながら自身もソファーに身を沈める。


「夜分にすいません。ええ、大きな忘れ物をしまして。実は、先程頂いた依頼金の額が足りなくて慌てて戻って参りました」


 僕は単刀直入に問いかける。ハワードは分かっているだろうに、殊更大袈裟な身振りで驚いてみせる。


「ええっ!? そんなはずはないんだが、それは本当かい? すまなかったね。それで、いくら足りないんだい?」


「酒場の依頼票の金額から計算すると、30万ギルほど足りません。慌てて入れ間違えたのでしょうか」


「30万!? そんなバカな。私はしっかりと40万ギルを入れて渡したよ。君達は二人して私を騙そうとしているのかね」


「そんなはずはありません! 先程僕達二人で頂いたお金を数えました。革袋には、上は金貨が入っていましたが、下の方は銀貨や銅貨ばかりでした。数えたら10万ギルしか入ってませんでした」


「そんなはずはないとは此方の言葉だね。私はしっかりとお金を入れた。それを君達は受け取った。君の言葉が本当であれば、それを示す証拠を見せて欲しいね」



 ……そういう事か。ハワードは元々ちゃんとした金額なんて払う気はなかったのだ。依頼完了のサインも、貰った金額の確認も、全てその場でしなかった。これは僕の責任だ。自分のうかつさを呪いたくなる。


 でも、だからって……。僕達もそうだし、酒場で依頼を受けた他の人だってそれを信じて依頼を受けたのに酷過ぎる!

 どうやってハワードの言葉を切り崩そうかと悩んでいると、横合いからクラリスが話に参加してくる。


「ハワードさん、依頼金の件は示せる証拠はありません。私達としてハワードさんの善意に訴えかけるしか出来ません。ところで……。運んだ荷物は本当に無事に渡せましたか?」


 クラリスの言葉にハワードはピクッと反応して、眉毛を上げる。


「な、なんの事かな。勿論無事に荷物は運べたのだから、その先は必要とする人に渡せたよ」


「そうですか、それは良かった。道中あんな奴らに狙われるくらいの荷物ですからね、てっきり受け取る側も襲われてるのではないかと心配になりまして」


 その言葉にハワードの顔が更に引き攣る。メイドを呼び寄せ何やら耳打ちをする。耳打ちされたメイドは直ぐさま部屋を出て行った。


「……君達が何の事を言っているか分からないが、荷物は無事だし依頼金もちゃんと支払った。これ以上私から話をする事はない。お引取り願おうか」


 強硬な態度で僕達を下がらせようとするハワード。その時、クラリスは黙って杖を取り出す。それは魔術を使う時の杖だ。この場で魔術を使おうと言うのか。僕もハワードも一瞬固まる。


「そ、そんな物を出して何をするんだ! まさか……っ!」


「何を慌てているのですか? 私はただちょっとした手品を見せてあげようかと思いまして」


 クラリスはニッコリと笑うと、杖に魔力を込めはじめる。杖が光り輝き、その光が収まるとそこには拳大の水晶の様な物が浮かんでいた。


「これが何かわかりますか?」


 無言で首を横に振るハワード。


「実は私は少し魔術をかじってましてね。これはその中で覚えた遠見の魔術です。この球体は遠くと繋がってましてね。遠くの出来事をこの水晶に映して私に伝えてくれます。誰がどこにいったのか。誰が誰と会ったのか。さっきのメイドが果たしてどこに向かって走って行ってるのか……」


 クラリスの言葉にどんどんと顔色が悪くなっていくハワード。指先がプルプルと震え、今にも倒れそうなくらいだ。


「ハワードさん、私達はまだちゃんと代金を頂いてない。ただそれだけを言いにきたのです。言っている意味、分かりますよね?」


 留めでクラリスが最高の笑顔を見せる。何も知らない人からしたら思わず籠絡されそうな笑顔だ。

 だが今のハワードからすれば悪魔が微笑んでいる様にしか見えないだろう。詳しい事は分からないが、クラリスは何かハワードの秘密を握っているようだった。


「あ、ああ、もちろんだとも! すまないね、どうも私は目が悪いみたいで金貨を数え間違っていたみたいだ! そうに違いない! 今すぐ用意するから少し待っていてくれ」


 暑くもないのに沢山の汗を拭いながらハワードは部屋を出ていく。そうして間もなく先程とは別のメイドが大きな革袋を持って現れた。


「当主よりお渡しする様に言われております。どうぞお受け取り下さい」


 渡された袋は、先程までと比べ物にならないくらいの比重で、手にずっしりとその重さを伝えてくる。


「確認をしても?」


「構いません」


 了承を取り、テーブルの上に袋の中身を出す。するとそこには、一面に輝く金貨の山が出来上がっていた。


「えっ!? こんなに!? これじゃ貰い過ぎですよ!」


「いえ、当主よりそのまま受け取って貰う様にと申し付かっております。どうぞお受け取り下さい」


 このメイドは鉄仮面でも被っているかの様に、表情を変えずに淡々と告げる。これではおそらく何を言っても無駄だろう。僕達は出した金貨を再び袋に詰め直し、そのまま屋敷を後にする。







 屋敷を出てから宿までの帰り道。僕は疑問に思っていた事をクラリスに聞く。


「ねえ、クラリス。さっきの話は本当なの?」


「何のことだい?」


「遠見の魔術とか……。分からない事がいっぱいあったんだけど、クラリスは何を知ってるの?」


 んーっと可愛らしく首を捻りながらクラリスは考えている。そして本当の事を教えてくれた。


「まずね、遠見の魔術。アレは嘘だ。さっき出した水晶みたいな球も、アレはただの水を圧縮しただけのものだよ」


「えっ!? でもハワードさんはだいぶ慌ててたみたいだけど」


「自分にやましい事があるから慌てたのさ。何もなければ堂々としてればいい。そういう意味では彼は小物だね。大物はきっと別にいる」


「それは何の事なの……?」


「私は本当に何も知らない。ただ、推測出来た事から鎌をかけたら勝手にボロを出したんだよ」


「クラリスは一体何を推測してたの? 僕には全然分からないや……」


 そう言った僕にクラリスがざっと説明してくれた。


 まずは襲ってきた野盗達。彼らは恐らく野盗ではないという事。そう思ったきっかけは、集団戦闘の方法と武器だそうだ。


「あの集団戦闘の方法は、王都の騎士団が使う方法だ。それに持っていた武器。野盗ならショートソードを使う事の方が多いだろう。仮にロングソードを使っている人間がいても、全員が全員ロングソードを使うとは考えにくい。恐らくあの集団は、王都の憲兵隊か何かじゃないかな」


 王都の憲兵隊……。詳しくは知らないが、治安を守る騎士団の他に、組織的な犯罪等だけを重点的に取り締まる部隊だと聞いた事がある。そんな人達が何故ハワードの隊商を狙ってきたのか。


「それは恐らくハワードが運んでいた荷物が関係してるのだろう。何かは知らないが、憲兵隊が狙ってくる程の物だ。大量の麻薬か、破壊兵器か……」


「破壊兵器!? そんなの一体何に使うのさ!?」


「ハクト、落ち着いてくれ。私はあくまでも推測を話しているだけだよ。それで決定ではないし、そうじゃないかも知れない」


「……ごめん。でも、それならなんで酒場になんて依頼を出したんだろう。自分達だけで運べば目立たなかったんじゃないのかな」


「私は、だからこそ酒場に依頼をしたんだと思ってる。目立ちたくはないけど、目を付けられたら自分達だけでは逃げ切れない。いざ取締にあってしまったら、酒場で雇った人間を囮に自分達だけでも逃げるか、最悪人質も有り得たんだろうね」


 なんて事だ……。そんな恐ろしい事を平気で考えて、実行してしまうなんて。確かにあの時もクラリスがいなければ全滅していただろう。野盗と思われた憲兵隊は、最小限の攻撃で確実に致命傷を負わせてきていた。



「そして最後に、ブラーゼの街への入り方だね。西門から検問を受ける事なく入っている。あれは本当に位の高い貴族か権力者しか出来ない方法だ。でもハワードは自分で馬車に乗ってきている。だから権力者ではないだろう。じゃあそれをさせているのは誰だ? 貴族お抱えの商人であれば門に入ってすぐ自分の家には行かないだろう。じゃあ何故ハワードは自分の家に行ったのか」


「時間の調整とか、相手との待ち合わせ場所が自分の家だったとか?」


「時間調整の可能性はある。ただ、待ち合わせ場所がハワードの家という事は、相手はハワードより格下という事になってしまう。それだと検問を突破出来ない。でも、ハワードより各上の相手が自分の家に来る場合もある。それは……」


「密談、とか?」


「……そうだね。その可能性が高いんじゃないかな。まぁどちらにしても全ては推測の域を出ない。あくまでも可能性の話さ。そして上手く相手はそれに乗ってくれた。だから私達はこうして大金を手に入れた。どうだい、悪い話じゃないだろう?」


 クラリスの頭の中には色んな引出しがあるみたいだ。僕には考えもつかない事を考える。でも今みたいにいたずらっ子の様にウィンクして舌を出してくる事もある。


 はぁ、この人には到底敵わないな。……戦うつもりもないんだけどね。


「さあ、予想以上の大金を手に入れたんだ。今日はこの後どんな所に連れていってくれるんだい? もちろんハクトのおごりだろう? 今夜は私を寝かせないでおくれよ?」


 そう言って僕の手を強く引っ張るクラリス。僕も覚悟を決めて一緒に街の喧騒に消えていった。




 その後に刺客やら何やらと戦ったのは、また別のお話。

 僕とクラリスの修行と日常は、まだまだ始まったばかりだ。



───────

【あとがき】


ここまでお読み頂き誠に有難うございます。

ハクト編はこれにて一旦おしまいとなります。


この後、二人目の主人公登場となりますので乞うご期待下さい。


執筆の励みとなりますので、⭐︎や♡、コメントなどで応援頂けるととても嬉しいです!


今後も宜しくお願いします。

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