第9話 〜ハクトとクラリスの修行と日常・上〜

 クラリスと二人で、いつもの様に宿屋で朝食を取る。なんでもないいつもの朝だ。

 食事を取りながらクラリスが僕に話しかける。



「さあ、今日はどんな依頼を受けようか、ご主人様」


「ブホッ!!」


 スープを飲んでいた僕は、クラリスの突然の言葉に思わず吹き出してしまった。


「ゲホッゲホッ……、ちょっとクラリスさん、突然何を言い出すんですか……」


「だって、君がお金を稼いでくれてるんだ。私はそれで養って貰ってる。だから君は私のご主人様だ!」


 いい笑顔で胸を張って答えるクラリス。

 お金を稼ぐのは僕、指導するのはクラリス。これは二人で決めた事だから間違いないのだけど、だからと言ってクラリスのご主人様になった覚えはない。

 それに、実力でも財力でも僕はクラリスの足元にも及ばない。


 なのに突然どうしたのか……。


「……なんで突然そんな事を言い出したんですか?」


「いや、別に……」


 何かを誤魔化そうとしている。そっと視線をそらして床を見ているあたりがとても怪しい。


「まぁいいです、今日も食事を終えたら酒場に行ってみましょう! また手頃な依頼があるといいですね」


 二人で頷き合って食事を再開する。クラリスの誤魔化した内容も気になるが、そんな事よりも今日はどんな仕事があるのかの方が気になる。依頼の内容を妄想して楽しむのがここ最近の日課になっていた。




 ◆◆◆◆◆




 クラリスと並んで酒場に入る。入るとすぐにカウンターからジルバが出てきて、僕らを席に案内してくれた。


「いらっしゃい、毎日ご苦労だね。今日は何にするんだい?」


 これは依頼の確認ではなく注文の確認だ。

 僕らは朝食を食べてきたばかりなので飲み物だけを頼むと、壁に張り出してある依頼票を見て回る。


 この間は迷い猫の捜索、その前は庭の草むしり、その前は……。


 毎日簡単な依頼しか受けていないが、意外な事にこれが結構大変だった。


 猫はまず探すのが大変だったし、見つけた後には捕まえるのに一苦労した。

 草むしりは簡単に受けてみたものの、とてつもなく広大な庭で翌日は足腰が立たなかった。



 だが、そう言った地道な依頼をこなしているお陰でジルバには覚えて貰ったし、ちゃんとお金も貰える。

 さらに言えば、基礎体力の向上にも役立っている。


 二人で張り紙を見ていると、一つ気になる依頼を見つけた。



『王都からブラーゼ迄の護衛。1日5万ギル』



「これって、何で護衛が必要なんですか? ブラーゼまでは確かに遠いですけど、街道もちゃんと整備されてるし、野盗が出るとも聞かないですけど……」


「ああ、それかい。なんだか知らないけどどうしても護衛が必要らしいよ。とにかく人がいればいいって言うもんだから受けてるけど、まだ足りないらしいんだ」


「人ってどれくらい集めてるんですか?」


「20人。そういや後2人足らないって言ってたね。どうだい? あんた達で受けてみるかい?」


 20人で1日5万ギル……。単純計算で1日に100万ギルを支払ってでも護衛を付けたいと言う事だ。ブラーゼまで普通の馬車で4日だから、合計で400万ギル……。

 普通の村人の3年分の年収に匹敵する。それでも守りたい物ってなんなんだろう。





 ……違う、そうじゃない!


 護衛の依頼を受けてみるかと言われたんだ! 僕が憧れてて、いつか受けてみたい依頼の一つだ!


「それって、僕達で受けてもいいんですか!?」


「ああ、いいんじゃないかい? あちらはそもそも自分達で雇った護衛がいるみたいなんだ。それでも更に人を集めてるって話で、それなりに腕が立てば誰でも良いって言ってたからね。どうする?」


「はい! 受けます! 是非やらせて下さい!」



 僕はクラリスに相談する事もなく二つ返事で依頼を受けていた。だって、僕が望んでた依頼の一つだ。しかも身入りも良い。クラリスと二人で1日10万ギルだ。こんな良い話はない。出来れば直ぐにでも参加させて貰いたい。


「そうかい。じゃあこれを読んでおいておくれ。依頼主は出来れば今週あたりにも出発したいって言ってたから、準備しといておくれよ。夕方また依頼主がくるから、あんた達の事は伝えておく。また明日ここへおいで。その時に集合場所とか教えるよ」


 ジルバはカウンターの奥から一枚の紙を渡してきた。これが募集要項みたいだ。ざっと確認すると、今ジルバから言われた事が書いてある。


「あ、そうそう。護衛中の食事なんかは実費だから、自分達で用意しておくんだよ。寝床もね!」


 ジルバはそう言って僕達を送り出してくれた。




 酒場を出た僕達は、早速色々なものの準備をする。

 だがその前に、聞いておきたい事があった。


「クラリスさん、勝手に受けてしまったけど、この依頼は受けて良かったんでしょうか」


「……ん、多分大丈夫だと思うよ。それにもう受けちゃったからね。なんとかなると思うし、いざとなれば私がなんとかしようじゃないか」



 クラリスのその言葉は、なんと頼もしい事だろうか。多分並の男なんかは10人束になっても敵わないだけの実力者だ。

 そのクラリスがこの依頼に反対しないで良かった……。


「じゃあ早速買い物に行く? というか、君は何が必要か分かってるの?」


「えっと……、干し肉とか堅焼きのパン……?」


「ん、大体あってる。でも、それだけじゃ味気ないからもう少し色々買おうか。お金はこの依頼が終わってから返して貰うから、とりあえず私が出しておくよ」


 そう言ってクラリスは食材を買いにスタスタ歩いて行く。




 クラリス曰く、干し肉もパンも出発当日か前日になるべく新鮮な物を買うのがオススメらしいので、今日は他の物を買うそうだ。


「一体何を買うんですか?」


「ん。ついて来れば分かるよ」


 そう言って辿り着いたのは、雑貨屋だった。


「ここじゃ食料は売ってないと思いますけど……」


「いいのいいの。さ、行こ?」


 クラリスは雑貨屋の中に躊躇う事なく入っていく。一体ここで何を買うのか……。


 雑貨屋はその名の通り、日用品から小物までなんでも揃っていた。そこでクラリスがまず手に取ったのは、鍋だった。その鍋の中に小さい瓶を色々と放り込んでいく。


 アレは何なのだろう。旅に慣れていない僕にはクラリスが何を集めているのか想像がつかなかった。




 一通り目当ての物を買ったのか、最後に大きな背嚢を買いその中に全てを入れていた。


「さあ、これでよし。後は出発の日が決まったら前の日に食材を買いに行こう」


 何やら満足そうにしているクラリス。出来れば何を買ったのか教えて貰いたかったが、なんとなくクラリスは隠したがっていたので敢えて聞く事はしなかった。




 ◆◆◆◆◆





 その翌日、酒場に依頼を確認しに行くと出発はさらに翌日と言う事だった。

 なので今日は食材の最終買い出しと、旅と護衛の予行演習をする事になった。護衛なんて初めてだから、何も考えずに行っても邪魔になってしまう。

 そこの所の心構えや、具体的な方法をクラリスから学んだ。



 そうして出発当日。王都の正門前には一台の巨大な馬車が止まっていた。

 恐らくあの馬車が今回の依頼主だろう。

 名前をハワード・タリスと言うそうで、行商人に近いと思うとジルバからは言われていた。


「あの、はじめまして。この度酒場のジルバさんから依頼を頂きました。ハクトと申します。ハワードさんで宜しいでしょうか」


「……ああ、君がそうか。ジルバさんからは話は聞いているよ。短い間だけど、宜しく頼む」


 そう答えたハワードは、ピリッとした貴族の様な服を着て、髪をオールバックに撫でつけ、鼻の下に髭の生えている半白の髪が特徴的な紳士であった。


「僕達はどうしたらいいでしょうか?」


「ああ、そしたらあそこにいる赤い髪の男。イルモと言うんだが、今回の隊の警備隊長をしている。アイツに聞いて言われた通りにしてくれ」


 そう言われて僕とクラリスはイルモと言う男のところまで進む。

 イルモは見るからに傭兵の様な見た目で、赤い髪を背中まで伸ばしており、まるで獅子の様だった。


「すいません、ハワードさんからイルモさんに相談してやる事決めろと言われたんですが……」


「なんだお前ら? もしかしてこの隊の護衛なのか?」


「一応酒場で依頼を受けて来たのですが……」


 イルモは遠慮なく僕とクラリスの事を上から下まで見回す。それから一つ小さく溜息をつき、ぶっきらぼうに告げた。


「まぁ、いい。お前らは馬車の後方からついて来てくれればいい。特に見張りもなし。野営はこちらでやるから、見える場所に居ればいい。ただ、移動の時はこのマントを着る事は忘れるな」


 そう言って渡されたのは、特に変哲のない黒いマントだった。軽く見てみたが、多少生地が厚いくらいで、極々普通のマントだった。


「間もなく出発するから、遅れるなよ。遅れたら置いていくし、はぐれても探す事はない。報酬は無事にブラーゼ迄着いたらまとめて支払われる。他に何かあるか?」


「いえ、ありません!」


 イルモとのやり取りを終え、遂に僕の初警護依頼が始まる!

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