第7話 薄く鋭い刃

 武具を見に行く前に一度宿に帰り、故郷の村宛に手紙を書く。

 ベンタスの親とキャロルの親へ、ちゃんと二人の事を伝えなくてはならないからだ。


 ペンを手に机に向かうが、二人の家族の事を考えると思うように筆が進まない。元々手紙を書く事は得意ではないが、内容が内容だけに余計に何て書いたらいいのか分からなくなる。


 暫く悶々と悩んだ挙句、とりあえずありのままの事実を書く事にした。それと僕がとある人の助けを得て、王都でこのまま剣士を目指す事も伝えておく。

 そうする事が、亡くなった二人に対する最期の義理に思えたからだ。


 遺品と手紙を一纏めにして街の馬屋に預けに行く。僕の村の近くを通る馬車があれば一緒に届けてくれるだろう。なるべく早く届きますように。


 馬屋へはクラリスも一緒に出てきたので、そのまま武具店へ向かう。


 初めて訪れる武具店は、酒場以上に興奮した。住人街にある武具店の扉は開け放たれており、外からでも中の様子が見える。

 店の広さは酒場とさほど変わらないが、奥にはもう1つ建物があり、工房になっているようだ。


 クラリスに続いて中に入り、商品を見て回る。


「ハクト、君はどんな武器を使いたいんだい?」


「剣士になりたいので、やはり剣がいいですね」


 そう言いながら、二人で剣の売り場を見る。

 ここには各種様々な剣が売っていた。

 サイズの違い、材質の違い、形状の違い。それにより値段もピンキリだった。


「まずは形から選ぼうか。これは騎士団で採用されているロングソード。まぁありきたりな形だけど……」


 クラリスが剣について色々と説明をしてくれた。

 騎士団採用のロングソード、盗賊なんかが好んで使うショートソード、両手持ちの大剣クレイモア。それに東の国で使われている刀と言われる剣。南の国で使われているククリという大きく湾曲したナイフと剣の間のサイズの物もあった。


 次に素材だ。

 通常の剣は鉄で出来ている。鉄の中でも等級があり、大きくは鋳造と鍛造に分かれている。鋳造は溶かした鉄を型に嵌めて造るのに対し、鍛造は鉄の塊を熱して叩きあげて造る。

 鋳造の方が値段は安いが、強度が低くすぐに折れてしまったり切れなくなったりするらしい。


 鉄よりも上の素材だと、鉄に銀等の希少な金属を混ぜて作り上げた合金、所謂ミスリルと言われる素材がある。ミスリルの剣は値段が非常に高価で、正直此処まで来ると僕の持ち金では手が出ない。

 ちなみに、騎士団で使われているロングソードはミスリル製らしい。


 形状、素材、そして出来。それらを総合的に加味して、武器は5段階の評価をされるそうだ。

 通常品質のコモン。高品質のグレート。ここまでが一般的な武器。

 それより上だと、何かしらの付与効果エンチャンターのあるレア品質。そして最上位のエピック装備だそうだ。

 レアやエピックの装備は例えば近衛騎士団や、王侯貴族への贈物等に使われ、実際にその装備で戦う人間はぼぼ居ないみたいだ。


付与効果エンチャンターって、どう言う効果があるんですか?」


「んー。君は魔導具は知っているだろう? アレの逆だ」


「逆?」


「うん。レアの武器は、人間に力を与えてくれる。その武器を持つ事で力が強くなったり、素早く動ける様になる」


なるほど、それは凄い……。でもきっと価格も凄いのだろう。


 最上位の5段階目はレジェンドと言うそうで、名前の通り伝説の武器だ。これは神話の時代から連なるもので、ほぼ実在はしないらしい。



「後は君の剣技や戦闘スタイルで決めるべきだと思うけど、どれがいい? 君は戦う時に盾なんかは使うの?」


「僕は盾は使った事ないですし、これからも使わないつもりです。それが何か関係あるんですか?」


「盾を使って戦うのであれば、両手剣は使えないからね。そうでなければ何でも選べる。好きな物にするといい」


 いざ自分の剣を選ぶとなると本当に悩む。

 とりあえずミスリルは値段の問題で却下だ。それと、両手持ちの大剣クレイモアも僕では使い切れないだろう。

 ショートソードやククリも僕の理想とは違う。

 そうすると、素直にロングソードなのか、もしくは刀か。


「ロングソードと刀の特徴って分かりますか?」


「そうだねぇ……。ロングソードはあくまでも一般的かな。切る、突く、叩く。なんでも使えるし、ちゃんとした物を選べば丈夫だよ。それに対して……」


 クラリスは一振りの刀を僕の手に渡してくる。思ったよりも軽い。


「刀は基本的に切る・突くだけだね。叩く事は出来ないし、手入れを怠ればすぐに切れなくなってしまう」


「それだと刀を選ぶメリットはないですね。じゃあ……」


「話は最後まで聞いて欲しいな。刀の切れ味は、ロングソードの比じゃないよ。腕の立つ人間が使えばロングソードごと甲冑も真っ二つにするらしい。まぁ、それは嘘なのかも知れないけど、きちんと大切に扱えばロングソードよりも頼もしい相棒になるってことみたいだよ」


 そうか、そういう差があるのか。確かにこの国では刀を使っている人はほとんど見かけない。

 今聞いた通り、それだけメンテナンスに手間がかかる武器はこの国では流行らないからだ。


 でも、僕の考えている理想の剣士は、自分の剣を大切に扱うのが当たり前だと思っている。

 それであれば、刀であっても問題ない。


「……一度、刀を使ってみたいです」


 僕の言葉にクラリスは薄く微笑むと、店主に向かって話しかける。どうやら試し切りをさせて貰えるらしい。


 工房の脇の中庭で試し切りが出来るようだ。僕は先程の刀を持って中庭に進む。

 そこに置いてあるものは、大きな果物、飼葉を纏めた物、細めの丸太だ。


「もし試し切りで刀が壊れてしまったら買取しなくてはなりませんか?」


「いえいえお客様、とんでもありません。試し切りで壊れるような武器は戦さ場で使い物にならないでしょう。そんな物を売るわけにはいきません。壊れたら作り直して、ちゃんとした武器になったらまた店頭に並ばせますので、どうぞご遠慮なくやってください」


 店主はえらく腰の低い人間だった。でも、それであれば遠慮なくやらせて貰おう。


 僕は迷いなく丸太の前に立つ。

 刀を上に構えて、勢いよく斜めに斬り下ろす。


 ガッっという音と共に、丸太は見事に両断された。なるほど、確かに切れ味を売りにしているだけはある。ロングソードではこうはいかないかも知れない。


 クラリスは変わらずニコニコとした表情でこちらを見ている。

 そして、そのまま僕に話しかけてきた。


「お見事、ハクト。じゃあ次はこれを切ってみてくれるかな?」


 クラリスはどこから出してきたか分からないが、手には真っ赤な果実、トマティアを持っていた。

 これだと確かに的は小さいが、トマティアなんてナイフで切れる。試し切りの意味はないんじゃないかな。


「ふふん。ハクトが見事にこれを両断出来れば、私がその刀を買ってあげよう」


 クラリスはイタズラそうな笑顔でそう言ってくる。試されていると思い、僕もちょっとだけムキになってトマティアを切ることにした。


「クラリスさん、その言葉、忘れないでくださいねっ!」


 言いながら台の上に置いたトマティアを水平に薙ぎ払う。

 トマティアは見事に両断され…ない。


 切れた事は切れたのだが、半分程刃を食い込ませた後、トマティアは潰れてしまい、そのまま彼方まで飛んで行った。


「……あれ?」


 僕はちゃんと振り切ったはずだ。剣筋も乱れてなかったし、刃こぼれだって当然していない。


「あのね、ああいった柔らかい果実なんかはよっぽど腕が無いと真っ二つにはならないんだよ」


 そう言いながら僕を引き寄せて耳打ちした。


「……後、この店の刀はナマクラだ。ハクトの腕じゃない、刀が悪いんだ。これはコモンの最下位の部類だね、良く覚えておきな。今日は見るだけと言ったのはこういう事さ」


 なるほど、理由は分かった。

 でもそれ以上に、突然触れ合う程の距離で話される事に緊張してしまい、僕は無言で相槌を打つしか出来なかった。


「残念でした、ハクトには刀はまだ早かったね。じゃあ今日は買ってあげなーい。また腕を磨いてから見に来ようね」


 今度は店主にも聞こえる声でそう言うと、軽くお礼を言って店を出て行く。


「ハクト、分かったかい? 武器にも当然品質がある。形が同じでも材質や鍛え方で全然出来が違うんだ。今の店は良くも悪くも、王都では真ん中。普通のお店。今度は王都でちゃんと一番の店に行こうか」


 今日のクラリスは終始ご機嫌だ。いや、僕が知らないだけで元々こう言った明るい性格なのかも知れない。


 武具を見る事に否はないので、僕は足早に歩くクラリスの後をついて再び王都を歩き出す。

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