第6話 酒場再訪
昨晩のクラリスとの食事で、今後の事を一通り相談した。
今日はクラリスと一緒に、採取した薬草を酒場に届けに行く。
植物なので、採取後は早目に持って行かないと状態が悪くなってしまい、買取されなくなってしまう事もあるそうだ。
受け取った薬草を酒場のジルバが計算してくれて、依頼主の代わりお金を払ってくれるらしい。
そして、気は進まないが、出来れば新しい依頼を受ける事を提案された。
表立って公表されてはいないが、やはり難易度の高い依頼を受けるにはランクがあるらしい。
それは酒場の中の秘密情報だそうだ。
誰がどのランクとかは分からないそうだが、ランクを上げる為には実績を沢山作り、ジルバから信用を得る必要がある。
その為にはどんな些細な依頼でも率先して受けて、なるべく日を空けずに受ける事が重要になってくると言う。
「どうして日を空けずに受けるんですか?」
「毎日、とは言わないが、やはり頻繁に来てくれる人の方が仕事を頼みやすい。話し方や仕草である程度実力も見抜けるだろうからね。ジルバはそう言う事を任されて店主をやっているはずだよ」
なるほどと一人納得してしまう。逆に言えば、そんな事も知らずに僕達は依頼を受けようとしていた。そして実際にその依頼の危険度を見誤って、あの惨劇が起きてしまった。
今度は同じ過ちを起こさない様に慎重に準備を進めなくてはならない。
そんな事を考えてる間に、クラリスと共に酒場の前に立つ。
昨日は希望と不安と共に訪れた。今感じるのは恐怖が大きい。
その恐怖は何に対してか僕には分からない。煽ってきたジェドに対してなのか、仕事を紹介してきたジルバなのか。
それとも、深く考えずに依頼を受けてしまった自分自身への後悔なのか。
重厚な扉を押し開けると、先日と同じ様にカウンターとテーブルに男達が座っている。
今日も居た、ジェド。僕を見つけるなりすぐに席を立ち近寄ってくる。
「よぉ坊主。薬草採取で随分時間がかかったな、あ? この間の威勢の良い兄ちゃんとちびっ子嬢ちゃんはどうした? もしかして二人で駆け落ちしてお前は置いてけぼりか?」
下衆な煽りに、周りの男達が汚い笑い声を上げる。
僕は無視して、カウンターにいるジルバに声をかけた。
「ジルバさん、依頼の薬草を取ってきました。査定お願いできますか?」
「おや、ハクトかい。随分遅かったね。査定は構わないけど、後の二人はどうしたんだい?」
ここは本当の事を言うべきなのか否か。僕は暫く悩んだ後に、二人が依頼の最中に死んでしまった事を伝えた。
「えっ! ……そんな、まさか。だって、薬草の採取だよ……」
ジルバは信じられないと言った表情で返事をしたが、次の瞬間には唇を噛み締めて下を向いた。
「おいおいおい! まさか薬草取りに行って死んじまったのか!? うははははっ! そんなの今まで聞いた事もないぜ! すげえな、お前の連れは前代未聞のマヌケ野郎だったんだな!!」
ジェドが大笑いしながら肩をバンバン叩いてくる。僕は怒りを堪え切れなかった。
肩に乗ったジェドの腕を本気で掴み、睨みつける。
「……何がおかしいんだ」
「お? そりゃおかしいだろうよ。新人も新人、ド新人でもこなせる薬草採取の依頼で死んじまうんだからな! 俺様にあんだけ大口叩いておいて、自分だけこの世からおさらばしちまうんだからよ。おかしくて笑いが止まらねえぜ!」
気が付いたら僕は言葉より先に手が出ていた。
大笑いしているジェドの顎に全力で拳を振るい、そのまま打ち抜く。
顎先にクリーンヒットしたジェドは、膝を折りそのまま店の床に倒れ込む。
「お前に、お前なんかに! 僕の友達を馬鹿にする権利なんかない!!」
僕の叫びと同時に、ジェドの取り巻きたちが一斉に飛び掛かってきた。
──店の中で、肉と肉がぶつかり合う音が響き続ける。
どれくらいそうしていたか分からない。振るわれる拳を避ける事もせず、ただひたすらに殴り続けた。そのうちに意識を取り戻したジェドも参戦して、店の中は一対多数の大乱闘になっていた。
元々勝てる見込みのないケンカだったが、やがてその予想通り僕は袋叩きになっていった。
今回は不意打ちとは言えジェドに床を舐めさせている。奴等も手加減をする気はないみたいだ。
その時、突然僕達の周囲に風が舞い起こる。
「
小さな声でクラリスが呟いていた。その呟きは竜巻を起こした。
竜巻は小さいながらも確かな力を持っていて、僕の周りにいた全ての男達を吹き飛ばした。
男達が怯んだ瞬間、すかさずにジルバの怒声も響き渡る。
「あんた達!! いい加減にしなっ!! それ以上やるんだったら出入り禁止にするよ!!」
ジルバが倒れてる男達を一喝するが、今回は男達も引き下がらなかった。
「そのガキが先に手を出してきたんだっ! 俺達が文句言われる筋合いはねえ!!」
「そんな事関係ないね。あたしの言葉に従えないなら今すぐ此処から出ていきな!!」
有無を言わさぬ迫力でジルバは男達を畳み掛ける。今度こそ男達は引き下がり、倒れてる仲間を起こしながら店を出て行く。
店を出る時に『お前は絶対に許さない』というジェドの言葉が耳に残った。
「ハクト……。本当に悪かったね。あたしがもっと気を付けて依頼を選んでれば……」
「ジルバさんのせいじゃないです。僕達の注意力不足だったし、運も悪かった。初めての依頼で舞い上がってもいました。だから魔物の接近に気付けなかった」
「魔物? 魔物が出たのかい!? それなのにあんただけでも良く無事で帰ってこれたね」
ジルバがちらっとクラリスに視線を向ける。ある程度想像はしているのだろうが、本人の口から聞かないと納得出来ないのだろう。
「私がハクトを助けた。たまたまその森に居て、ハクト達の悲鳴で駆け付けた。残念ながら他の二人は手遅れだった」
「……そうかい、あんたが助けてくれたんだね。あたしはハクトの親でもないが、酒場の店主として客を守ってくれて礼を言うよ、ありがとう。それで、どんな魔物だったんだい?」
「魔物はボストロールとアシッドスライム、の亜種だった。通常よりも遥かに強い個体だった。そういう意味では本当にハクト達は運がなかった」
改めてジルバは驚いた表情をする。それは何に対しての驚きだったのか。
「そ、そうかい。そいつらからあんたはハクトを助けたんだね。大したもんだ……。それで、これからどうするんだい?」
ジルバが話を僕に戻してきたので、僕は昨晩クラリスと決めた話を伝える。
これからは一人で依頼を受ける事。クラリスが僕の依頼の補佐をしてくれる事。僕は最終的には剣士を目指し、出来れば騎士団に入団したいと思っている事をジルバに話した。
ジルバは笑う事もせず、しっかりと僕の話を聞いた後に『頑張りな』と応援してくれた。
採取してきた薬草を査定してもらい現金を受け取る。今回の件でジルバは責任を感じているのか、少し色を付けたと言ってくれていたが、後で見るとだいぶ色が付いていたみたいだ。計算すると、掲示されていた単価の倍の金額だ。
そのまま新しい依頼を受けて酒場を出る。次の依頼は王都内にある家の庭の手入れをする仕事にした。
帰り道でクラリスが話しかけてくる。
「ハクト、ジルバに私の事はあまり説明しなかったんだね」
「えっと、説明するかしないか考えたんですけど、あの場ではクラリスさんの実力が分かれば、あえて説明しなくてもいいのかなって」
「それはなんで?」
「だってクラリスさんは酒場で仕事を受けないですよね? それにクラリスさんの身の上の話もあるし……。でも、僕の補佐をしてくれるという事であれば、その補佐たる実力があればジルバさんは納得するはずです。そしてその実力を貴方は示した」
「何処で示したと思うの?」
「まずはジェド達を吹き飛ばした魔術。それと魔物を倒した話。特に魔物の話はジルバさんは驚いていたみたいですし、恐らくそれでクラリスさんの実力は伝わったんだと思います」
「へえ、ハクト、君は意外と周りを見ているんだね。というか人の機微を感じ取るのが上手なんだね。1つ勉強になったよ。それと、褒めてくれてありがとう」
逆に何処で褒めたか教えて欲しかったが、クラリスはご機嫌そうに笑っているので聞かないでおこう。
酒場でそれなりにまとまった金額を手に入れたので、そのまま必要な物を買いに行く。
クラリスからは武器と防具を買うように勧められたが、それより先に僕は文房具店に行く。
「どうしてだい?」
「ベンタスとキャロルの両親へ手紙を送りたいんです。クラリスさんが持ってきてくれた遺品も一緒に」
クラリスはそれ以上何も聞かずに付いてきてくれた。
文房具店での買い物を終え、一度宿に戻ってから武具を買いに行くつもりだ。
「今日は見るだけにした方が良いよ。まずは自分に合った物を考えるところから。見て触って、実際に使ってから買った方がいいね」
クラリスは元宮廷魔術師だけあって、世間の事に色々と詳しいみたいだ。僕の様に気持ちだけ先走っている素人には非常にありがたい。
素直に忠告を受け入れて、今日は一先ず武具の見学だけする事にした。
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