第1話 王都へ


 今日、僕達は故郷を旅立った。




 目指すはこの国、シャルマン王国の王都フライハイトだ。僕達はそれぞれの目的で王都へ向かう。


 僕は剣士になる為、幼馴染のベンタスは鍛冶屋になる為、もう一人、女の幼馴染のキャロルは薬師になる為だ。



「あー、ドキドキするなぁ! 王都はどんなとこなんだろうなぁ! 美味い物、食べれるかなぁ!」


「ベンタスは食い物の事ばっかだな。せっかくこの日が来たんだ。もっと考える事ないのか?」


「だってよぉ、初めてなんだぜ? 王都に行くの。そりゃ色んなものが楽しみにもなるだろ! でもよ、ハクト。本当に良かったのか?」


「何が?」


「ハクトのおふくろさん、一人っきりだろ? やっぱりお前は村に残ってた方が良かったんじゃないのか?」


「んー、僕も悩んだんだけど、やっぱり夢は諦められなかったよ。母さんにもちゃんと相談したよ。それで王都に行って、立派な剣士になったら迎えに来るって約束した

んだ」


「それならいいんだけどよ。まぁ何かあればウチの親父やおふくろもいるしな! じゃあさっさと立派な剣士になって村に凱旋しようぜ! なぁ、キャロル!」


「そうね、それがいいわね。ハクトのお母さんも心配だけど、私だって村に弟や妹達を残して来てるんだもん。薬師として独り立ちして、早く家族に良い暮らしをさせてあげたいわ」




 僕達は馬車に揺られながら、三人で夢の話で盛り上がる。





 僕達の国では15歳で成人とされる。そして僕達の村では16歳になるまでの1年間で自分の将来を決めなければならない。


 大抵の人達は一生を村で過ごす。そして何年かに一度、大きな街に向かって特別な職に付く人間が出る。


 それが今年は、成人を迎えた僕達3人全員が村を出て行く事になった。


 その理由は簡単だ。3人が3人とも『村を守りたい』そう思ったからだ。


 僕達の村は、3年前のあの日大きく様変わりしてしまった。人々からは活気がなくなり、子供達も家に引き籠る様になってしまった。


 そんな村を守りたい。昔の様に、田舎だけど人々が明るく元気な村にしたい。僕達はそんな願いを込めて、村を出て一流の技術を身に着け、そしてもう一度あの時の村を取り戻そうと、そう思っている。




 ベンタスは体が大きく力が強い。性格も豪放で、村の子供達から兄貴分として慕われていた。ベンタスは昔、傭兵を目指していた。だが、そのうちに武器に興味を持ち、目標は傭兵から鍛治師へと変わっていった。そしていつかは自分の工房を持ち、家族と共に王都で暮らしたいと言っていた。




 キャロルは活発で可愛らしい顔をしていて、村の中で一番人気の女の子だ。そして母親の後を着いて良く山菜や薬草を採ってまわっていた。それが功を奏し、今では村で一番薬草に精通している。


 王都でしっかりと勉強し、製薬の腕を磨き、しっかり稼げる様になったら兄妹達にちゃんとした暮らしをさせるのが夢だ。




 そして、僕は剣士になる為に王都へ向かう。それは父さんの夢でもあるからだ。


 父さんは村で一番の狩人だった。弓の扱いが上手く、狩りに出れば大物を仕留めてくる事なんか当たり前だった。それと、村で一番剣が得意だった。狩りに出ても半分は剣で仕留める程だ。



 ──なのにあっけなく死んでしまった。



 2年前のある日、いつもの様に皆で狩りに出て、父さんだけ帰って来なかった。




 狩りの途中で魔物に出くわし、村の皆を守る為に父さんは囮になったらしい。そのおかげで村の皆は助かったが、父さんだけは死んでしまった。


 そんな父さんは、小さい頃から僕に剣士になれと言ってくれていた。この国では、強ければそれで生きていける。だから剣士になって、いつか王国の騎士団に入れと。それは父さんの小さな頃の憧れであり、夢だった。



 だから僕は、死んだ父さんの為にも、そしてあの時、自分で決めた道の為にも剣士を目指す事にした。




「ねえ、ベンタス。その手甲、どうしたの?」


「おっ、やっと気付いたかよ! へへ、いいだろ。親父とおふくろが旅立ちのお祝いにって、くれたんだよ」


「へぇ! 凄いね! そんな立派な手甲は初めて見たよ。高かったんじゃないのかな」


「値段までは分かんねえけどよ、これすげぇんだよ。鉄をこれだけ平たく加工してるから凄い軽い。なのに丈夫さは折り紙付きだ。その上拡張する為の繋ぎ金具もあちこちに付いてるから、これなら俺がレベルアップしてもずっと使ってられるぜ」


「そっかぁ、凄い物をベンタスは貰ったんだね! キャロルは? 何か貰ったりしてきたの?」


「私は貰ったというか、借りてきたのよ。ほら、これ」



 キャロルが見せて来たのは、薬草の本だった。でも、いつも持っている本とはちょっと違う。表紙が革で加工された物で、縁には金具の装飾がある。


 一目で価値があると分かる物だ。



「それって……」


「母様のなの。王都に行って薬師になるって言ったら、これを持って行けって。うちの家にずっと伝わる薬草の本で、これだけで家が買えるって言われたわ」


「そ、そんなに高級な本なんだ……。でも、それをなんでキャロルに?」


「やるなら本気でやれ、中途半端は許さない。知識も勿論一流の物を身に付ける事。だからうちにある本で、一番詳細に書かれているものを渡されたの。でも貰ってないわ、借りただけ」


「そっか、キャロルのお父さんお母さんは流石だね。じゃあ早く一人前になって、その本を返さなきゃね」


「そうね、そうしたいわ。それで、ハクトは何か貰ってきたの?」


「僕は、そんな大した物じゃないけど、これ」



 僕が母さんから貰った物、それは短剣だった。


 父さんの居なくなった今、うちには金銭的な余裕はなかった。それでも、父さんの使ってたこの短剣だけは売る事はなく、母さんがずっと大切に取っておいてくれたんだ。



「そうか、じゃあその短剣は金に換えられないすげえ価値があるな! それでよ、ハクト。まずは王都に行って何するんだっけ」


「おいおい、またかよ。えーっと、まずは……何だっけ?」


「何であんたもわかんないのよ! もう。何度も言うけどまずは宿屋を取るわ。それから、酒場に行くの」


「うん、そうそう、多分そうなると思う。行商人の人がそう言ってたもんね。酒場に行けば仕事があるって。そこで色々仕事を見てれば、剣士や鍛冶屋の手がかりがあるかも知れない」



 村に定期的に来る行商人は、子供達からすればちょっとしたヒーローだった。


 世界を旅して廻って、その時の冒険譚や面白い話を聞かせてくれる。今となっては子供向けに大げさに言っていたと分かるけど、それでもやっぱり娯楽の少ない村にとっては行商人の話は楽しみだった。






 その行商人から聞いた話では、酒場が仕事の斡旋所になっているとの事だった。

 酒場の亭主が見合った仕事を見繕ってくれて、そこで日銭を稼ぐ者達がごまんといるそうだ。


 話半分だとしても、やはり王都で生きていく為にはまずは酒場に行くしかないと思う。


 そこで上手く自分の希望に繋がるような仕事に出会えればいいけど……



「キャロルはどうするの? 一緒に酒場に行くの?」


「正直、私は酒場に行かなくてもいいんだけど、手持ちが少ないからしばらくは簡単な仕事でお金を稼ぐわ。母さんの知り合いからも一度は酒場に行った方が良いって言われているし」


 僕達は小さな頃から王都に憧れていた。娯楽の少ない村では、いつも話題は王都の事ばかり。そのうちに具体的な夢を持つ様になると、どうやって王都に行けばいいのか考える。


 その時に、キャロルが色々と計画を立ててくれた。僕等の夢を叶える為に必要な事を、親に、親戚に少なくない手間を掛けて確認し、実現の為の道筋を教えてくれた。


 その人からも酒場を薦められたのであれば、行く事は間違いではないのだろう。




「お前が剣士で俺が鍛治師で。いつかお前が立派になったら、俺が作った剣を持たせて。そんで沢山武勇を立ててよ、いっぱい俺の武器を宣伝してくれよな!」


「じゃあベンタスはそれに見合う剣を作れる様になってくれよな!」


「二人とも、怪我したら私の薬で治療するといいわよ。友達として特別価格で卸してあげる」


「そこはむしろ無料ただで治してくれるんじゃないのかよ!?」






 未だ見ぬ未来の話は盛り上がり続け、馬車の中は熱気に包まれたままだった。








 ◆◆◆◆◆◆






 馬車に揺られて3日目、ようやく王都の城壁が見えてきた。




 初めて見る城壁は、まるで山の様だった。真っ白な壁が見渡す限り広がっていて、この中にどんな街並みが広がっているかなんて想像もつかない。


 城門の前で馬車は止まる。これより先に入るには入城税がかかる為、ここから先は人だけで入る事になる。馬車は門の外にいる乗客を乗せると、またどこか違う場所へと旅立っていった。



「ここが王都か……。やっぱり凄えんだな。ついに……。ついに俺達もここまで来たんだな!」


「うん、そうだね。近い様で遠い様で。でもやっとここまで来たね」


「二人とも、感傷に浸るのはいいんだけどここからがスタートよ? あんまり手前でつまずかないでね」



 キャロルに促されて、感傷に浸っていた僕らは慌てて足を進める。


 入城待ちの列を抜け、やっと辿り着いた王都は僕達の想像以上だった。




 門を潜ると、まずそこには大きな噴水があった。真っ白な石で出来ており、豊かな水量を誇っている。そしてその周りには食べ物やら飲み物、土産物など沢山の露店が

並んでいた。



「な、なんだこれ? こ、これって、今日はお祭りかなんかなのか……?」


「さ、さぁ……。どうなんだろう。なんか賑やかだし、凄い人だかりだね!」


「はぁ……。二人とも、本当に大丈夫? 王都はこれが普通なの。ここは王都の出入り口。これから帰る人や逆に王都に来る人が沢山集まる場所なの。だからお土産屋さんと食べ物屋さんが沢山あるの。今日はお祭りでもなんでもなくて普通の日のはず

よ」



 キャロルはここでも冷静だった。というか王都は初めてなはずなのに、まるで来た事があるみたいだ。


 お母さんの知り合いに聞いたとは言うが、実は来た事があるんじゃないのか?




 僕達は人混みに揉まれながら、当初の予定通り宿屋を探す。道行く人に道を尋ねながら、日が暮れる前にはなんとか宿を確保する事が出来た。


 僕とベンタスは二人部屋、キャロルは一人部屋を借りた。一人部屋の方が当然割高になるが、その分は割り勘にする事にした。



 荷物を整理し、食事をする為再び街に出る。


 街は夜でも賑わっており、あちこちで焚かれた篝火かがりびで昼間の様な明るさだった。



「うわぁ、本当にすごいね! 夜でもこんなに人がいて、お店もいっぱいあるよ!」


「興奮するのは分かるけど、恥ずかしいからやめて。せめて小さい声にして。……でも、確かに凄いわ。せっかくだからみんなで美味しい物を食べましょう!」



 なんだかんだ言ってもキャロルも年頃の女の子だった。最後の方は興奮して声が大きくなってるじゃん。


 一番うるさいはずのベンタスが珍しく一言も発しない。


 顔を覗き込んで見ると、どうやら町の様子に圧倒されて声も出ないようだ。


「おい、ベンタス。大丈夫か? キャロルが美味しい物食べたいってよ」


「お、おうっ! そうだな!! 俺もうまい物が食べたいっ!!」



 やはりベンタスはベンタスだった。誰よりも大きい声で自分の希望を伝えると、キャロルと二人でニコニコしながら街の中に向かって歩いていく。


 二人を追いかけながら、僕も街の雰囲気にわくわくしていた。

 これからこの街でどんな事が起きるんだろう。どんな仕事に出会えて、どんな冒険が出来るんだろう。期待で胸が膨らみ、自然と口元が緩み笑顔になる。



 街中を歩いて見つけたのは、なんてことない一軒の料理屋だ。小汚い壁や欠けた食器が目についたが、それでも僕達には素晴らしい最高の店に感じる。



 僕達はこれからの活躍を祈って乾杯をした。

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