第33話 死の遊戯・Ⅱ

「このっ、放せっての……――うっ、ぐぁ……」

 強烈な拳の一撃を腹部に見舞われ、アマナの身体が力なく揺れる。

 ヨスガはアマナを助けるため、漆黒の律業術に立ち向かった。


 ヨスガの存在に気づいていなかったのか、難なく業剣を叩き付けられた。


「これで、律業術は消える……!」


 緋色の剣先を当てた後頭部から漆黒が消滅していく。


「何だ、これ……?」


 偽りの視界に映りこむ空白。しかしただの空白ではない、剣先に何かが当たっている感触がある。


「なるほど、これが第3罪徒の律業術……死体を使うのですネ」


 死体。アヴィクトールは確かにそう言った。つまりヨスガ達が相手にしている目の前の漆黒も、アヴィス・メイカーに侵入して真っ先に襲ってきた大量の蠢きも全て、人間の亡骸を媒介にした律業術だった。


「この漆黒は膜で……死体を包み込んで動かせる」

「っ、ぁあ……だからかぁ……そりゃぁ、そもそも運なんてないよねぇ……」


 消滅した膜がすぐさま元に戻り、晒された死体の後頭部を包みこむ。


【 アソボウ 】


 直後反転した漆黒の律業術に、ヨスガは躰を思いきり蹴り上げられた。

 無様に転がり、ゆっくりと顔を上げた先で、アマナの頭部が漆黒の膜に覆われていく。


「やめろ!」


 漆黒の律業術に掴まれていた頭部から、アマナの全身が染まっていった。

戦闘不能になったアマナは、そのまま無造作に放り投げられる。


【 アソボウ 】


 手をかざしてくる漆黒の死体。狙われたヨスガは横に転がって回避した。


「そろそろ、仕掛けが再始動しまス」


 アヴィクトールの呼びかけを受け、ヨスガは業剣を盾代わりに防御の体勢をとった。

 そんな状態のヨスガに対し、容赦なく漆黒の死体が迫って来る。


 距離を詰められ、


「ぐっ――ぁッ!」


 がら空きの背中に拳を見舞われる。

 ヨスガは人形が取り付けられたステージに吹き飛び、その衝撃で仕掛けの一部が瓦解した。


「ッ……ごほっ……いっ、た……」


 漆黒の死体は佇んでヨスガの動向をうかがっている。所々漆黒の膜が裂けていることから、ヨスガに代わって罠の洗礼を受けたことが分かった。

 そしてすぐに膜に覆われ元通りになる死体を見て、ヨスガはあることに気が付く。


 漆黒の膜で包まれた死体は、強固な頑丈さと再生力が備わっている。

 それはまるで――


「ボクと、そっくりだ……」


 業欣の鍍金で包まれた自分。その在り方と目の前の律業術は似ている。

 偶然類似点が多いだけ、その可能性もあったが、ヨスガには何故かそう思えなかった。


「状況は絶望的ですが……どうでしょう、諦めて降伏でもしてみますカ?」

「……その場合、アナタはどうなるんだ」


 ヨスガは全身に気合いを入れて立ち上がった。


「第3罪徒、マリステラに消されてしまいますネ」

「それじゃあ意味がない。この律業術は、ここで倒す……」


 レムもアマナも、ミトロスニアを止めてイェフナも助け出す。


「今のボクなら出来る……今、ボクにしか出来ない!」


 ヨスガは業剣をかまえ直し、漆黒の死体と対峙する。

 雄々しい咆哮で自らを奮い立たせながら、漆黒へと駆けて行く。


【 アソボウ 】

「嫌だ!」


 ヨスガに狙いを定めて手をかざす漆黒の死体。

 何度も見てきた動作だ。さすがに気づく。


 この律業術は俊敏で力も強い。一見手ごわく思えるが、実のところワンパターンな動きしかしていない。

 まず最初に必ず狙いを定める。そこから一定時間動き、止まる。その繰り返しだ。律業術の特性か、漆黒の業を扱う第3罪徒の癖なのかは分からないが規則性があった。


 一度狙いをつけられたら、その後の苛烈な猛攻を対処するのは難しい。

 ならばと、ヨスガは何度も振り下ろされる拳を受け止め続けた。


 ただ耐える。動きが止まるまで、ひたすら耐え続けた。


――絶対に、耐えきる


 鍍金によって守られている頑丈なヨスガでさえ、意識が朦朧としかける重い拳の嵐。


――耐えろ……!


 修復が間に合わず、削られた鍍金から中身ごと抉られつつも、意識を保って反撃の機会を待った。


――耐え、ろ……っ!


 そして、漆黒の死体が動きを止める。


「っ……はぁ……はぁ……ごほっ! 耐えた……ッ!」


 一際美しい輝き放つ緋色の炎。


「根気比べなら――」


 タチガネの業剣を正面から振り下ろし、押し付けた。


「負けない!」


 業光によって世界の法則ルールを侵す律業術は無力化され、消滅する。漆黒の膜は死体から全て消え去り、物言わぬ亡骸だけが崩れ落ちるように倒れた。

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