第32話 死の遊戯・Ⅰ
「……な」
【 アソボウ 】
漆黒の律業術がヨスガに手をかざす。
反応が遅れたヨスガは、その場を動くことが出来なかった。
「させないっての!」
漆黒の腕を落とすため、刀を下から斬り上げたアマナ。
「っ、硬ぁ!」
両断とはいかなかったが、アマナの斬撃は狙いを逸らすことに成功した。
手をかざした漆黒の律業術の先、昇降機の壁に大きな黒い染みが広がる。
「ありがとう!」
アマナに短い礼を伝えて、ヨスガは漆黒を睨む。
緋色に染まっていくタチガネの業剣。ヨスガはすぐさま剣を構え、剣先を押し当てようと突進する。
「ぁぁあああアアアアア!」
業剣を当てれば、律業術は消える。だから一撃でも――
「詩天流、離業――」
ヨスガに合わせ、刀を構えたアマナ。
だが漆黒の律業術はヨスガの腕を絡め取り、そのまま向かい合うアマナへと放り投げた。
「……くっ!」
「いった~!」
折り重なる形で倒れ込む二人。
【 アソボウ 】
起き上がろうと膝を立てるヨスガとアマナに対し、漆黒の律業術は再び手をかざした。
「私をお忘れですカ?」
昇降機が、ガクンと大きく揺れる。
操作盤を手に持ったアヴィクトールが、昇降機を急停止させた。
大きく躰が揺れる衝撃、隙をついたアマナが漆黒の律業術に刀を突き刺す。
「こいつ、こいつはあっしが斬りたい!」
漆黒の律業術に両肩を掴まれたアマナは喜々とした表情を浮かべている。
ヨスガは嫌な予感を覚えた。
「一人じゃ危な――」
「フぅーーー♪」
ヨスガの気づかぬ内に斬られていた昇降機の壁。
「アマナ!」
切り裂かれた壁面から漆黒の律業術とアマナが暗闇へ落下していった。駆けつけて手を伸ばすが間に合わない。ヨスガは闇に消えていくアマナの姿を眺めることしかできなかった。
「最下層はアメザイトチョコウの廃棄場です。加工された状態のチョコウなら、緩衝材となるはず。彼女の運を信じましょウ」
「…………」
きっとまた会える。心の中でアマナの無事を信じた。
鈍い駆動音と共に、昇降機が降下し始める。
「……操作盤がいうことを効かない。このままでは制御室に向かう前に、工場入口に辿り着いてしまいまス」
「それでいい。早くレムを助けて、アマナと合流する」
「罠を解除しないと危険ですヨ?」
「今は時間が惜しいから。寄り道する余裕なんてない」
「そうですか、頼もしいですね。……大地の守護神、グランドマルクティアの契約者として自信がついてきましたカ」
それ以上会話が続くことはなく、お互い沈黙したまま、レムが囚われているという工場に辿り着くのを待った。
黒い染みに侵された、歪な鉄の箱が下へ落ちていく。
不気味なほど静かな空間。監獄に囚われているような居心地の悪さを覚えながらも、ヨスガとアヴィクトールは目的の階へ到達する。
昇降機から出ると、子供の姿を模して造られた複数の人形に出迎えられた。
下りた先に広がっていた光景は、ここが工場内とは信じられないほどの遊び心が詰まっている。子供が喜びそうな、可愛らしい見た目の装飾で満ち溢れていた。
しかしそれら全ては、漆黒の染みの影響を受けている。
複数配置された人形は本来なら可愛らしく思えるだろうが、漆黒により不気味さを醸し出していた。
「工場見学へやって来るゲストに向けた、ちょっとした遊び心で作っていたのですが。……台無しですネ」
「どこから中に……」
見る限り入口らしきものは見当たらない。
ヨスガが一歩前へ踏み出すと、どこからともなく音楽が聞こえてくる。
途切れ途切れで聞こえてくる軽快な音楽に合わせて単調な動作を繰り返していく人形。そして子供の笑い声と、時折金属が擦れるような不協和音も耳に届いてくる。
「ほら、もうすぐ見えてきまス」
音楽が鳴り止んだタイミングで、頭上からハリボテの大木がぎこちなく下がってきた。木の幹部分に視線を向けると、小さな窓が取り付けられている。
ヨスガは思わず振り返って、背後に控えていたアヴィクトールに業剣を突きつけた。
「ふふふ、窓を開けてみてください。中にある物を引っ張るんですヨ」
半信半疑で確認すると、懐中時計がぶら下がる形で取り付けられていた。言われた通り時計を引っ張ると、室内が小刻みに振動する。
「部屋が動いてる?」
「えぇ、仕掛けは問題なく作動しました。後は貴方が生き残ればいいだけでス」
「……? どういう――っ!」
部屋全体が斜めにずれながら移動し始める。それと同時に複数の人形が急旋回し、ヨスガに狙いを定めて、口から透明な液体を鋭く噴射した。
「っ! これ、は……」
タチガネの業剣で受け止める。重い衝撃が伝わってすぐ、飛び散った液体が壁や床を綺麗に裂いた。
「気を抜かないでください。まだ続きますヨ」
業剣をかまえ、再び作動するであろう仕掛けに備える。ヨスガが人形に注意を払っていると、床に大きなヒビが入った。
勢いよく床を抉り壊して割り込んできたのは、漆黒の律業術。そして頭部を掴まれた状態のアマナだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます