第31話 地下工場

「律業の系譜もアヴィス・メイカーを……アナタを危険だと思ってるんですね」

「じゃあなに? あっしらは襲撃に巻き込まれたの!?」


「はい。勝手にやって来たのは貴方達なので、私に責任はありませんガ」


 アヴィクトールは満面の笑みで言った。


「この襲撃は、おそらくマリステラの独断です。我が社はマルクティア復興のため、アヴケディアを支援している。復興も済んでいない状況で、私を切り捨てるメリットがなイ」


 落ち着いて状況を整理し、冷静に語るアヴィクトール。今まさに命の危機に晒されている立場とは思えない態度だ。


「そう、目下私達の敵は一人。律業の系譜が相手だとしても、サンケテル・ラウンズの剣客士とヨスガ、そして私の支援があれば十分に打倒できるはズ」

「お偉いさんの支援ってなによ」


「主に応援と道案内ですネ」

「ほぼ役立たずじゃん」


「……役立たズ」


 言われ慣れていない台詞なのか、アヴィクトールは片手で頭を抱えた。


「さっきの話」


 そんな落ち込んだ状態のアヴィクトールにヨスガは話しかける。


「本当に、レムを助けられるのか」

「……そうですね、話を続けましょウ」


 咳払いをして佇まいを正したアヴィクトール。同時に背後の扉から轟音と衝撃が伝わってきた。


「ひとまず、ここを離れた方がよさそうです。移動しながら教えまス」

「レムがまだ――」


「ご安心を。貴方の大事な所有物は、もう扉の先にはいませんヨ。既に工場へ連れ去られていル」

「さぁ、こちらでス」とアヴィクトールは先に進んでいく。ヨスガとアマナと顔を合わせ、警戒しながらも後をついて行った。


「どこに行くつもりだ」

「言ったでしょう。ヨスガの所有物であるレムは、我が社自慢の人気商品、その製造工場に囚われている。本社と隣接した工場へは、この社員専用の通路から迎えまス」


「グラチョコの……。どうして工場にいるって分かる」

「我が社の社員も、全員そこへ拉致されました。私は一度工場に立ち寄って、この目で確認しています。なので、間違いありませン」


「そン時に助けられなかったの?」


 アマナの問いかけに、アヴィクトールは口を閉ざす。再び口を開くまで、廊下を歩く三人の足音だけが通路に響いた。


「えぇ、私だけでは無理だった。先ほどまで私は、この状況を一人でどう打開するか……それだけを考えていましたタ」


 アヴィクトールがヨスガに、ヨスガの右腕に軽く視線を向ける。


「だが今はこうして、突破口を開く鍵を手に入れた。全ての柵を解き放つ力、タチガネの業剣」


 ヨスガの右腕に宿る力。

 業光の集合体として顕現したミトロスニアさえ求める、業光を昇華する特別な剣。


「この剣が必要なら使えばいい。レムを救い出せるなら手を貸す」

「交換条件、呑んでいただけるのですネ?」


 掴んだタチガネの業剣を握り込みながら、ヨスガは頷いた。


「律業の系譜と敵対する気はない。アレがアナタを襲ったとき、守るだけだ」

「よかった、これで契約成立でス」


「契約もしないよ。ただここを生きて抜け出した後は、ボクが知りたいことを話してもらう」

「もちろん。それが交換条件ですからね」


「まぁヨスガっちがいいなら仕方ないね。このお偉いさんの運、斬って試してみたかったけど」


 三人が昇降機に辿り着くと、乗り込むようアヴィクトールに促される。


「下へ降りれば、すぐに工場の入口へ辿り着けます」

「早く行こう」


 アヴィクトールが操作し、昇降機が鈍い機械音と共に動き始めた。


「あぁ、そうでした……。工場へ侵入する前に、一か所だけ寄り道をする必要があります」

「寄り道?」


 再び軽く操作を始めながら、アヴィクトールが説明してくる。


「我が社には、侵入者を排除する罠が至る箇所に仕掛けられている。その罠を管理する制御室に向かわねば……――?」


 三人は同時に異変に気付く、昇降機に取り付けられていた、業光を利用した灯り。その光が消えた。

 狭い空間が漆黒に呑み込まれる。肉眼で相手の顔を視認できないほどの暗闇。

目元を覆う兜越しでも、ヨスガの視界には蠢く漆黒が広がっている。


「第3罪徒の律業術……っ!」

「またうじゃうじゃキモイのがいる感じ?!」


 消えていた業光の灯りが戻る。

 昇降機の中央に、頑強な体格をした人型の漆黒が物言わずに現れていた。

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