第30話 取り引き
「レムを助ける! 早く戻らないと」
「この扉は開けられません。社員専用の通路で、部外者は通れないように仕組まれている。そもそも、開けるわけにはいきませんけどネ」
「――っ、ボク一人だけでも行かせてください」
「……そこまで大事な方だったのですカ」
長髪を後ろで結び、紺色の背広で身なりを整えている男。
「力になれなくて残念でス」
ヨスガの要求を呑む気はないと、哀しそうな表情で言い切った。
だが、ヨスガも引き下がれない。
「なら無理やり――」
「ていうか」
アマナが、会話の間に割り込んでくる。
「何者なわけ? あっしらを助けてくれた理由も、まだ聞いてないけど」
「……失礼。私はアヴィクトール・カロス。アヴィス・メイカーの代表を務めていまス。貴方達を助けたのは、お客様を見捨てるわけにいなかったから……それが理由ですネ」
「代表、ってことは……一番偉い人じゃん! こんなイケメンが!? もっと悪そうで、偉そうなじーさんじゃなくて!?」
アマナの失礼な言動を、アヴィクトールは微笑みで受け止める。
「私も一つお伺いしたいのですが……貴方達は、どのようなご用件で我が社に?」
ガイアナークの司教オリィヴを唆し、律業の楔を手渡したというアヴィス・メイカー。偶然にも、その企業の代表が目の前にいる。
ヨスガもアマナと同じく、もっと分かりやすい悪人を想像していた。しかし実際は拍子抜けするほど穏やかで、落ち着いた風貌の人物だった。
「おや、どうかしましたカ?」
呆気ない遭遇に、ヨスガは言葉を出せずにいる。
その様子に気が付いたアヴィクトールに、怪訝そうな顔を向けられた。
「アヴィクトール……カロス……」
「えぇ、そうですが……私がなにカ?」
ゴウレムの暴走を止められなかった男と同様、ミトロスニア暴走を仕向けてマルクティアに被害をもたらした人間。
そんな悪人が、純粋に問いかけてくる。自分が清廉潔白で、誰にも咎められる謂れがないような、落ち着き払った態度で。
アヴィクトールという男に、ヨスガは強い憤りを覚えた。
「アナタが――アナタのせいで、たくさんの人が……イェフナまで巻き込んだ」
右腕から現れたタチガネの業剣。それをアヴィクトールに突きかざした。
「……あぁ、そういうことですか。やはり私の運は尽きていなかったみたいですネ」
余裕の笑みを浮かべるアヴィクトールが、ヨスガを見据える。
「ならば、我が社を訪れた目的も察しが付きまス」
「ボクは律業の巫女……ミトロスニアを止める。ここにいるのは分かってるんだ。だから、知ってることは全部話してもらうぞ!」
「ふふ、構いませんヨ」
アヴィクトールは胸に手を当てて告げる。
「その代わり、私の命を守っていただきたい。交換条件でス」
「……どういう神経なんだ」
「貴方はミトロスニアの居場所と、私が彼女の協力者であることを確かめに来た。どちらも教えて差し上げまス」
アヴィクトールは、自らに向けられたタチガネの業剣に一歩近づく。
「私を、無事に脱出させることができれば……ですがネ」
「はぁ? 何であっしらが護衛しなきゃなんないの? 別に、ここで無理やり吐かせて終わりじゃん」
「……では、もう少し丁寧にお伝えします。私が死ねば情報は手に入らない。仮初の契約者、ヨスガは目的を果たすことができません。予め断言しますが、私は拷問で口を割る事はないので、結果殺すことになれば同じこと。ここまで言えば理解していただけましたカ?」
「ボク達は、オマエを守るしかない……。そう言いたいのか」
隣で腕を組み、頭を傾げるアマナの代わりに言った。
「まさしくその通りでス!」
アヴィクトールは軽やかな声でヨスガを称賛する。
「聡明なヨスガに敬意を評して、オマケにもう一つ。私を守ることで、得られるものがありますヨ」
固く閉ざされた隠し扉の前に移動し、アヴィクトールが手を置く。
「彼女の正体がもし、私が知る情報と一致するならば……救い出せる可能性がありまス」
「……レムを、助けられる?」
「はい」
「ちょい待って! そもそもクラウディープって、アヴィス・メイカーの手下なんじゃないの!? どして一番のお偉いさんがヤバい状況になってるわけ?」
「そうですね……。この場で一つだけ教えておきましょうか。確かにクラウディープは、我々の技術によって生み出された作品でス」
アヴィス・メイカーの代表は、あっさりと自らを黒だと言い放つ。
「しかし、あの漆黒はクラウディープではありませン」
「だったら、アレは何だ」
「私達を襲った漆黒、あれは律業術です。我が社は律業の系譜第3罪徒、
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