第29話 漆黒

 薄暗くなった空を、大きな建造物から漏れる光が僅かに照らしている。

 マルクティア内に建設されているアヴィス・メイカーの本社。グランドマルクティアを模したチョコウ、グラチョコの銅像が手を振る形で建ち、来訪者を歓迎している。


 ヨスガとレムは、アマナに先導されて本社前まで辿り着いていた。


「さて、ヨスガっち。今から何するわけ?」

「まずは見学する。中を見て回れば、何か掴めるかもしれない」


「えっ、暴れないの?!」

「手荒なことはしたくない。……なるべくだけど」


「――ですが建物の中に感じる、このルーラハは……」

「分かってる。だから、なるべくだ」


 レムの言葉を最後まで聞かなくても分かる。ヨスガ自身も感じていた。

 間違いなく律業の巫女……ミトロスニアの気配だ。


 ヨスガはゆっくりとアヴィス・メイカー本社の入口へと向かう。少し遅れてレム、そしてアマナが続いた。

 受付には誰もいない。見渡す限り、ヨスガ達以外に人はいなかった。


「気をつけてください……」


 警戒しながらも、辺りを慎重に探っていく。すると、突然室内が暗くなった。

 上を見上げると、漆黒の業光がヨスガ達を覆っている。


「これは――」


【 ツカマエタ 】


 ヨスガは背後から、ナニかに抱きしめられた。声を出さず、静かに目線だけを後ろへ向ける。

 そこには漆黒に染まる、小さな人型のナニかがいて、ヨスガを拘束していた。


【 コレデ、イッショ―― 】


「切り捨てごめーん!」


 鋭い斬撃を受け、漆黒のナニかはヨスガから離れた。だが、傷を負っている様子はない。


「ったく、あっしがついて来て正解じゃん」

「アマナさん、上だ!」


 よく見ると、真っ黒な業光に覆われているわけではなかった。

 漆黒のナニかが一体ずつ放つ業光が密集して、巨大な塊に視えただけ。つまり――


「アレが、全部……」


 アマナも頭上を見上げる。

 そこには正体不明の漆黒が、うじゃうじゃと蠢いていた。


「うっわぁ」


 ヨスガとアマナが気づいた時、ソレらは見計らったように降り注いてきた。


「ちょっ! マジで――」

「王国の残骸――ガントレム・ブラスト」


 レムは手甲を纏う拳を頭上に掲げ、最大出力で業光を放出した。


「さすがレム!」

「マジすっごいじゃん!」


「……いえ、この程度で、何を……」


 綺麗さっぱり消えた漆黒。少しだけ得意げな微笑みを見せるレム。


「よし、ひとまずは……――ッ!」


 安堵を覚えたのは束の間。消えたはずの漆黒の蠢きは、瞬く間に元通りの状態になる。


「やっぱすごくな~い」

「――う」


 隙間なく天井を這いずっている漆黒。ヨスガ達が、再びその存在を認識した時、ソレらもこちらを覗き見た。


「レム、もう一度ガントレム・ブラストで」

「……ワタシとしたことが――」


「レム……?」

「最大出力で放ってしまった分、ガントレム・ブラストの発動には時間がかかるのです」


「じゃあ、さっきの使えない感じなん!?」

「…………」


「無視すんなし!」


 話し合っても、回避する手段が思いつかない。アレがまとめて落ちてくれば、問答無用で呑み込まれてしまうだけだ。

 タチガネの業剣でどこまで対処できるか分からないが、やってみるしかない。


 ヨスガが右腕に神経を集中させようとした、その時。


「こちらでス!」


 突然、見知らぬ声が聞こえる。

 室内に設置されていた、大きく口を開けたグラチョコの像。隠し扉になっていた口内から現れた一人の男がヨスガ達に呼びかける。


「さぁ、急いデ!」


 疑う余裕もなく、紺色の背広姿の男に従って、ヨスガとアマナは隠し扉へ向かって駆ける。


「レムも早く!」


 しかし、レムだけは瞬時に警戒を解けなかった。

 一瞬の判断の迷い。この状況では、命取りになってしまう行為だ。


「ダメです、彼女は間に合いませン」


 背広の男は無常にも隠し扉を閉めようとする。


「間に合う! ボクが連れてくる!」

「無駄死にするつもりですカ?」


 唯一の脱出口を閉じようとする男。その行動を制止するため、ヨスガは抵抗する。

 そんなヨスガを、アマナが取り押さえる。


「ヨスガっち……。このイケメンの言う通り、もう間に合わないっぽい」

「キャストール、どうか先に――」


 無常にも閉じられる扉。ヨスガが目撃したのは漆黒に呑まれ、全身を蹂躙されていくレムの姿だった。

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