第27話 サンケテル・ラウンズ

 反応が間に合わず、突如現れた人物によってリーゼから引き離されると、そのまま地面に抑え込まれてしまった。


「あんた何者だし? 馴れ馴れしくお嬢に近づくとか……斬られたいワケ?」


 短めの着物を羽織り、胸元にサラシを巻いた女剣士に問われる。ヨスガは首を横に振って否定した。


「や、やめなさい!? アメツチ! その人は大事なお客様、わたくしの命を救ってくれたヨスガ様です!」

「へ? ……あぁ~、あの! あはは、御免~。つい賊か何かだと。ほら、変な仮面で顔見えなかったし」


「キャストールから離れるのです。さもなくば、叩き潰します」

「は? 喧嘩売ってる? 斬っちゃうぞ?」


「いいから、おどきなさい。いつまで馬乗りでいるつもりです」

「んぅ~、お嬢が言うなら仕方ないか」


 一触即発なレムと女剣士を、リーゼが仲裁する。


「ほら、立って」


 馬乗りにされていた下腹部から重みが消える。ヨスガは女剣士に手を掴まれて、引き上げられた。


「あっしはアマナ。サンケテル・ラウンズの剣客士けんかしだよ♪」


 サンケテル・ラウンズ。マルクティア内に存在する地名であり、独立国家としても認知されている特別地域だ。


 サンケテル・ラウンズの人々は自らを剣客士と名乗り、各都市の重要人物を護衛する任務を生業にしているという。


「はぁ~、申し訳ありません。アメツチの無礼は、わたくしが責任をもってお詫びいたします」

「この人が護衛人……?」


「ちょい、なんかすごく嫌そう!」

「う、腕は確かですので」


 できるだけ感情を殺して言ったつもりだが、本心を見抜かれてしまった。


「そうそう♪ あっしは優秀な護衛人だって」

「優秀……という言葉の意味、知っているのですか?」


 レムの返答に、深いため息をつくリーゼ。今にもレムに襲いかかりそうなアマナを片手で制しながら口を開く。


「アメツチ、先ほどの非礼のお詫びに、ヨスガ様達とアヴィス・メイカーへ向かいなさい。護衛任務ですわ」

「もち! それがお嬢の望みなら従っちゃうよ~。……ただ、一つだけ我儘きいてくんない?」


 女剣士アマナはヨスガに対し、甘えた声で協力する条件を告げる。


「この変な仮面の男ぉ、あっしに斬らせてぇ♪」

「は? ……?」


 確認のため、ヨスガは自分に対して指をさす。

 アマナは笑顔で頷いた。


「嫌だよ!」

「一回斬るだけ! お願い!」


「そんな気軽に願われても!」


 アマナに服を掴まれ懇願されるが、いいよ、とは頷けない。


「アメツチ……その悪癖は早く治しなさいと……」

「大丈夫! ただ運試しがしたいだけだから~♪ ね? ねっ!?」


「何が大丈夫なんだ……」


 ヨスガに縋り付いたまま目を輝かせているアマナ。

 そんな女剣士を見る周りの目は生暖かいものになっていく。


「とにかく、どんな理由でも断るよ!」

「あー、もう。そんなごちゃごちゃ言うなら分かった」


 アマナは刀を手に持つと、柄の先端をヨスガに向ける。


「じゃあ、こうしちゃうから――」


 そのまま勢いよく柄の先端を押し当てられ、ヨスガは客間から屋敷の庭に突き飛ばされる。その場の誰もが、アマナの速さに反応できなかった。


 アマナは自らも庭へ飛び出してくると、ヨスガと向き合う形で対峙する。


「ごほッ……、無茶苦茶すぎる」

「ん、んぅうん。あ、あっしはサンケテル・ラウンズの剣客士。詩天流のアメツチ・アマナ。汝の運、試させてもらおう」


「な、何か言った?」

「別に、ただの流儀だから! 気にしない感じでよろしく!」


 さぁ、と短く声を発し、アマナが刀を構えて目を閉じる。


「あの、当然ワタシが止め――」

「……もう無理ですわ」


 リーゼは顔面蒼白で、小さく諦めの言葉を漏らす。その言葉に嘘偽りはない。レムは不思議とそう感じ取れた。


「好きに抵抗していいからねぇ……――」

「アメツチの剣技は、相手の運を斬ると呼ばれるもの。運を味方につけた者だけが、生を得ることが出来る。もはや、わたくし達は祈るしかありません……」


 ヨスガもアマナと対峙して、身をもって体感している。レムやリーゼの助力は、刀を構えられた時点でもう間に合わない。


「詩天流――の、離業はなれわざ

「――っ!?」


 凄まじい悪寒。物理的な斬撃では、業欣の鍍金は傷つかない。それでも咄嗟に両腕を交差させ、アマナの斬り込みから身を護る体勢を取る。


「生き残る確率は九分の一……。その運を、ヨスガ様は掴まねばなりません」


 ゆっくりと目を見開いていくアマナ。


九死一生きゅうしいっせい――掴んでみせて!」


 そして、超高速の斬撃が放たれる。


 防御など何の意味もない。肉体を傷つける攻撃ではないのだから。


 目元を覆う兜越しに視て、業光そのものを斬っているのだと理解できた。ヨスガがその事実に気づいた時には、既に九つの死が襲いかかっていた。

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