第26話 アヴィス・メイカー
客間に案内されたヨスガとレム。
リーゼは擬制の柱に巻き込まれた当時のマルクティア内の様子と、現在の状況を語り始めた。
「血の海が街中に溢れていった時は、さすがに恐ろしかったですわ。血を浴びて狂気に堕ちる者、そのまま亡くなる方も多く見られました。既に血の海は跡形もなく消えて、民達も正気に戻っておりますので、この二日間は比較的に平穏な日々でしたけど……」
使用人がリーゼの元に紅茶を運ぶ。
「マルクティアに平和が戻ったわけではありません。この街……いえ、この国は危機に瀕しております」
「それって……」
「人の姿を模した怪物が、フォルフヨーゼに住む人々を襲っているのですわ」
「泥の怪物か……」
「そう、的確な表現ですわね。フォルネリウス王は怪物の名をクラウディープと公表し、律業の系譜達に各都市の守りを命じました。マルクティアはアレクセイによって守護されておりますが、それでも被害は増え続けていますの」
「聖霊を操る律業の系譜。あの人間が後手に回るとは、信じられません」
アレクセイに対してのレムの評価は、意外にも高いようだ。
「圧倒的にクラウディープの数が多いのですわ。対処が間に合っておりませんの」
クラウディープ。泥人形に与えられた名称を、ヨスガは頭の中で反芻して記憶した。
「グランドマルクティアの暴走、そして血の海による被害により、マルクティアの復興もままならない。そんな状況でも民達が不自由ない生活を送れるようにと、今はアヴィス・メイカーが全面的に支援してくださっていますの」
「……アヴィス・メイカーを信じるのは危険だ」
その名前を聞いて、ヨスガは忠告せずにはいられなくなる。
「彼らは今、アヴケディアと協力し合ってこの街を支えていますわ。そんな方々が危険なわけ――」
「ガイアナークを利用して、街に混乱を招いたのはアヴィス・メイカーだ。実際に行動したのは司教だったけど……そうするように仕向けた相手は――」
「ちょっとお待ちになって。彼らは食糧難の地域にチョコウを配布し続ける慈善活動を行っております。そんな素晴らしい方々が、そんな……。ヨスガ様は、何か勘違いをされていますわ」
話を信じてもらうには、決定的な証拠が必要だ。ヨスガ自身が動いて証明するしか、手段はないだろう。
「……困惑させてごめん。ただ、気を付けておいてほしい」
ヨスガはゆっくりとソファから立ち上がる。
「色々助けてくれてありがとう。ボク達は戻ります」
「傷はまだ癒えてないでしょう? しばらくは、わたくしのお屋敷でお休みください。目も不自由で、歩くのだって大変ではありませんか」
立ちながら傍らに控えていたレムが、ヨスガの目元を手で覆う。
ぼやけた視界が暗く染まっていることで、レムに両目を覆われていることは何となく分かった。
「王国の残骸――プトレーム・ブラスト。キャストールの目元を覆う兜の一部。これで疑似的に相手の業光を探知して、認識することが可能です」
視界が明るくなると同時に、レムやリーゼの姿が光の塊となり、徐々に人の姿に視えるようになる。
違和感は多いが、ぼやけた視界よりはるかにマシだった。
「この躯体に十分なルーラハが補給された状態ならば、プトレーム・ブラストを維持し続けられるのです」
リーゼは納得したようにうなずく。
「律業術……。レム様は、新たな律業の系譜ということ……」
「じゃあ、ボク達はこれで――」
紅茶のカップを置いて、リーゼが勢いよく立ち上がる。
「ダメよ」
リーゼは真面目な表情でヨスガを見つめる。
「ヨスガ様は、アヴィス・メイカーの元へ行くつもりですわよね?」
「……うん」
「もしヨスガ様のお話が事実だとしたら、危険な行為です。黙って見過ごせません!」
ヨスガの身を案じて、リーゼは怒りながら止めてくれる。
「それでも、確かめないといけない」
意志を曲げないヨスガに、リーゼが折れた。
「……分かりましたわ。そこまで仰るのなら、わたくし専属の護衛人を連れて行ってください。その子と一緒ならば、お屋敷を出る許可を差し上げます」
「ありがたいけど、遠慮するよ」
「なら、力づくでもここにいてもらうから」
「これ以上、リーゼに迷惑をかけたくないんだ」
「迷惑かどうかは、わたくしが決めることよ」
平行線な会話。リーゼに妥協するつもりはないらしい。
「こう見えてもわたくし、お母様を守れるように、多少武道の心得があるんだから」
「分かった……。紹介してくれ」
ヨスガもリーゼの言葉に甘えることを決めた。
「はい、良いお返事です♪ そろそろ、あの子も戻ってきますわ」
リーゼの護衛人を待つヨスガは、不意に前方から迫る何者かの気配を感じ取った。
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