第2章・前編
第24話 遠い理想
草花が生い茂る大地に、穏やかな風が吹く。
暖かな陽の光に照らされていると、ただ立っているだけでも心地よさを感じた。
この世界には、何の柵もない。
どこの誰が見ても、一目で美しいと思える光景。まるで楽園だった。
「――気に入ってもらえた?――」
気づかぬ内に隣に立っていたミトロスニアに問いかけられる。
「――これが、不肖の私が目指す世界の風景。ヨスガくん達に邪魔されなかったら、訪れていた理想の未来――」
「……綺麗だね」
「――うん♪ クリフォライトが消えれば、幸せな未来が待ってるの。たくさんの子達が、笑顔で生きていける――」
だからミトロスニアは、世界中の業光を消してもいいと思っている。
生命に有害な業光が溢れる世界だ。無理に今を生きる必要はない。
未来に生きる者達のために犠牲になった方が、世界中の人間は幸せに感じるはずだろうと本気で思っているのだ。
だがそれは、幼い少女が思い描く理想の人情。
現実に、そんなに人間はいない。誰もそんな風には割り切れない。
ミトロスニアは純粋すぎて、分かっていないんだ。
ヨスガは余計な言葉を発することなく、広大な草原を歩き始めた。
その後ろを、ミトロスニアがひょこひょこと付いて来る。
「――この辺りは、元々アヴケディアがあったとこ。それで、あっちは――」
しばらく歩いても、誰ともすれ違わない。ここには自分とミトロスニアしか存在していないのかもしれない。
ヨスガがそう思った時、遠くに見知った人影が見えた。
「イェフナだ」
「――声をかけてあげたら? ちょっとなら、許容してあげちゃうよ――」
背を向けて遠ざかっていくイェフナ。ヨスガは駆け足で追いかけていった。
何度も名前を呼びかける。しかし、どれだけ声を大にしても振り向いてくれない。
だから一生懸命に追いかけた。
すると不意に、イェフナが立ちどまる。反射的にヨスガも足を止めると、振り返ることなく声をかけられた。
「ついてくるな」
なぜか不機嫌そうな声をしていた。
「ガチで迷惑だぞ」
「――よかった」
「……なにが」
イェフナを見る限り、怪我をしている様子がない。
それを確認できて、心から漏れた安堵の言葉だった。
「イェフナ、元気そうだ」
そう、こうして出会えたことがよかったのではなく。
元気なイェフナを、この目で確認できたから。
目の前の大事な人を、目に焼き付けておきたい。
そう思い近づこうとすると、背後から両手で顔を掴まれる。
無理やり振り返らされると、ミトロスニアが頬を膨らませていた。
「――はい、そこまで。これ以上は許さない――」
イェフナとうり二つの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
どうしていいか分からず、ヨスガは思わず目を瞑ってしまった。
――………………
「よ……さ……ヨス……さま」
目を開くと、視界がぼんやりと霞んでいた。聞き覚えのある声だけが、はっきりと聞こえる。
「ヨスガ様っ」
「この声……」
広場で聞いた、凛とした雰囲気の少女。
「リー、ゼ?」
「意識が戻って――っ! お待ちくださいませ! お医者様を呼んできますわ!」
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